平尾×記虎 熱血対談 「ラグビーを語り、日本スポーツの未来を語る」

平尾 誠二氏(ひらお せいじ)
平尾 誠二氏(ひらお せいじ)
  記虎 敏和氏(きとら かずとし)
記虎 敏和氏(きとら かずとし)

司会 龍谷大学トレーニングセンター副センター長 村田 健三郎
 

村田 今日は平尾誠二さんをお迎えし、記虎敏和監督とともに「ラグビーを語り、日本スポーツの未来を語る」と題したお話をしていただきたいと思います。まず、選手時代を振り返って、苦労したこと、やめたいと思ったことはありますか。また、そうした経験を指導者としてどう生かしたかを教えてください。

平尾 中学時代に「面白そう」とラグビーを始めたのですが、嫌なことはあまりなかったですね。ただ、高校に入ってすぐ急に練習が厳しくなった。「やりたいこと」より「やらなければならないこと」が完全に上回って、モチベーションが下がるのを感じました。その時の経験から「やりたいことを増やすこと」が重要だということが分かりました。自分自身で楽しくやろうという気持ちに転換できたのが良かったと思っています。

記虎 平尾さんと違って私は弱いチームでやっていましたが、高校時代はしんどいことをやれば強くなるという錯覚がありましたね。指導者になってからも、そういう練習方法を続けていたことで反省があります。

平尾 私はたまたま指導者になったけれど、なりたかったわけではありません。ですから専任コーチというのをほとんどしたことがなくて、プレーイングコーチばかりです。指導をして思ったのは、とらまえ方や感じ方が人それぞれだということ。ですから指導者は手法やアプローチの方法をいっぱい持っていないと対応できないですね。

記虎 おっしゃるとおりです。一人ひとりの個性を認めて力を発掘することが指導者の役割です。若い頃は上から押し付けてばかりで、選手に考えさせることをしなかった。自己満足だったと思います。スポーツを楽しむために、指導者が環境を整えてやる気にさせる、そこから始まると思いますね。

村田 神戸製鋼では非常に練習時間が短いと聞いていますが。

平尾 多い時でも週に6時間しかしませんでした。真夏は週に1回、2時間だけ。というのも、ラグビーのような競技は判断力が重要だからです。日本のスポーツは反復練習が主で、例えば、「正確に、早く、長く」パスを出すための練習をする。しかし、一番大切なのは「いつ」パスを出すかです。これはサッカー、バスケット、ホッケーなどボール型競技に共通しています。日本人はパスがうまいというけれど、僕はすごく下手だと思っています。
 パスを出すタイミングは、いろいろなケースをイメージして考えさせながら練習しないと向上しません。いかに難しい状況をシミュレーションして、練習の時に失敗させ、学ばせるかが大事です。練習時間は短くても、練習の中身を考えるのに2時間以上練っています。

記虎 啓光学園の教え子たちが神戸製鋼にお世話になっていますが、彼らがいうには練習は短いけれど、本当にしんどいと。練習中に考えさせられることが多いので精神的に疲れるそうです。自分が最高のパフォーマンスでグラウンドに出ないと置いていかれる、と言っています。

平尾 練習はいいパフォーマンスをゲームでするためのもの、これ以外にはないのです。ゲームでは「いつでもできる」ようにステージに上がることが肝心で、「時々できる」ではいけない。人間の集中力は2、3時間が限度。5、6時間も練習できるなんてありえないと思いますよ。それにラグビーはたいてい2時間までで終わる。常にゲームを想定して2時間で燃焼し尽くしてしまう習慣をつくることも大切。長くやるのはマイナスだと私自身は思っています。

記虎 しかし社会人と違って、中高生や大学生は基本が大事。状況判断は基本ができていてこそ。基本の積み重ねが一つのゲームをつくっていると私は思います。ただ外国では子どもの時から、いつ、どこで、どのようにというコーチングが徹底していますね。日本との違いを感じます。

平尾 そうですね。日本と外国のプレーヤーは質が違いますね。ですから日本チームが勝つためには、日本の強みを生かし、維持できるゲーム構造にしていく必要があります。ところが、ルール改正などでだんだん日本の強みがなくなっているのが実情です。日本のプレーヤーの特徴は繊細さ。例えば、ちょっと前に出てと言うと、日本人は10センチぐらい、外国人は1メートル出てくる。時間的、空間的な体内の目盛が外国人の10分の1ぐらいです。これは我々のDNAなんです。
 日本の製造業等が優れているのは、そういった関係もあるのではないでしょうか。スポーツでも細かいことが要求されるものは強い。ところがラグビーの中では有利に働いていないのですね。個人がどんどん判断し、ゲームをつくり直していかなければならない時に、細かい目盛が邪魔になる。繊細さを戦略として考えていく必要がありますね。

記虎 難しいですね。日本人は言われたことをとらえて、自分のものにしていく。外国人は自分のやり方を通すというスタイルですから。

村田 つまり、発想の転換が大切だということでしょうか。サッカーでは中田英寿選手のパスを日本代表が受けられなかった時代があるそうです。

平尾 そう、発想の転換が大事なんです。中田のパスはものすごく速くて、それをトラップする技術が日本の選手にはなかった。ところが選手たちは中田が悪いといわずに、それを受け入れた。その時から日本サッカーのレベルが急激に上がった。どこに基準を持つか、非常に大事なところです。
 大学を含めて学校のスポーツはまた異なる“質”が求められています。教育的価値といわれる文化的、社会的価値ですね。しかし、スポーツの持つ価値は分かっているようで分かっていない。勝つことの喜び、苦しいことに耐える、それだけのためにすごい時間とエネルギーを費やしている。私が社会人になった時に痛感したのは、どこででも通用するポータブルスキルでないと、価値がないということです。

村田 記虎監督は今年度から龍大に着任されました。今季は残念ながら成績としては飛躍がかないませんでしたが、今年があってこそ必ず来年につながると思っています。高校生と大学生の違いのようなものは感じられましたか。
記虎 中高生は指導者にいわゆるカリスマ性があれば、素直に聞き入れてくれるのですが、大学生には大人として認めてほしいという思いがあって難しいことがありますね。高校生と比べると大学生には純粋さが少し足りないように感じます。聞き入れることが大切だと思いますから、聞き上手な学生を育てていくことが課題でしょう。

平尾 今の若い人は全体的に傾聴力が低下しているように思いますね。入った情報を頭で編集して、グラウンドでどう出していくかということが下手になっています。私はよく損か得かで考えろというのです。記虎さんがグラウンドでの自分の経験を話されている、ちゃんと聞く方が得に決まっていますよ。
記虎 指導者はいいことを伝えるのが当たり前。選択するのは学生です。どんどん吸収していってほしいですね。分かったふりをされるのが一番つらい。

平尾 分からないのは恥ずかしいことではない。分かっていてできないよりも、分かっていてやらないのが最低です。

村田 ところでラグビーの魅力ってどんなところでしょう。

平尾 自由度が高いところですね。ボールを持って走ってもいい、蹴ってもいい、ルールで拘束される度合いが少ない。ただし、パスは後ろにしなければならないといった難しい目標達成度も織り込まれている。

記虎 そうですね。自分たちでゲームをつくり上げていける、創造性が発揮できるスポーツというところが魅力ですね。

平尾 試合になると監督はベンチにも入れない。ジタバタしても無駄なんです。「好きにやれ!」といっても普段からやっていないとできない。記虎さんの苦労はしばらく続くと思いますが、質が変わればあるところから先は、強くなるスピードは速い。質が変わるのは10年のプロジェクトが必要です。急に強くなるなんてウソ臭いですよ。それは根付いた強さではない。強くなるということは成熟することなんです。個人の総合的な成熟度が高まった時に強くなれる。

村田 未来についても語っていただきたいのですが、ラグビーのプロ化はありますか。

平尾 部分的なプロ化は効果が上がると思いますが、全面的なプロ化はどうか疑問です。プロの定義をお金をもらって生計を立てることだとすると、ラグビーのマーケットでは無理でしょう。サッカーよりかなり遅れていますし、現状ではプロ化に耐えられないと思いますよ。あくまで企業スポーツの方がいいと思っています。

記虎 僕も同じ意見です。企業という形をとった方が発展するでしょうね。お金をもらうからには個人がもっと成長しないといけない。日本のラガーはまだ成長度が低いように感じます。

平尾 もちろん、社会の中でマーケットやニーズが育っていけばプロ化は可能ですよ。ただ、選手生命が野球より短いので、そのあたりまで手当てをしていかないと。これからは企業という枠組みだけでなく、もっと違う価値や方向も見いだすべきだと考えています。例えば地域との連動によって、地域の架け橋的なものを目指していく必要があります。大学も地域に貢献していくことが、その価値を高めていく時代です。地域との連携によって得たポータブルスキルとしてのコミュニケーション能力は、社会人になっても生かせると思いますよ。

村田 2011年のラグビーワールドカップを日本で開くために、平尾さんは招致委員としても活動されています。その意気込みをお聞かせください。

平尾 日本のラグビーは世界で15位〜20位を行ったり来たりしています。しかし、上位8カ国とそれ以下の国の差が開いてきたのは事実。強化の構造に手をつけていかないとその差は縮まらないのですが、企業が選手を出したがらない。日本代表を集めることも大変なのが現状です。
 ワールドカップ開催には莫大な費用がかかり、また3万人の人を競技場に集められるかというのも問題です。開催に立候補しているニュージーランドや南アフリカは強豪ですが、日本は資金を集められるという利点があります。ラグビーが飛躍するには、ワールドカップ開催という道しかないと私は思っています。ただし、目標ではなくビッグステップです。起爆剤としてワールドカップに賭けて、活性化していきたいですね。


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