龍谷 2005 No.60

(左から)司会:若原道昭 出席者:萬井隆令、村井敏邦、本多滝夫
(左から)司会:若原道昭 出席者:萬井隆令、村井敏邦、本多滝夫

05年4月、いよいよ法科大学院が開講した。
注目を集めるのは、「市民のために働く法律家」を養成するという理念、
そして特色ある教育内容である。
市民のために働くとは何か、龍谷大学が目指すものとは――
法科大学院を率いる教授陣が熱く語る。


人権感覚にあふれた
法律家の養成を目指す
萬井隆令(よろい・たかよし) 法科大学院長(労働法)
萬井隆令
(よろい・たかよし)
法科大学院長(労働法)
市民のために働くとは…

若原 待ちに待った龍谷大学法科大学院がスタートしました。7月にあった開設記念シンポジウムも大盛況でしたね。その時のテーマが「法科大学院教育と目指すべき法曹像―市民のために働く法律家とは何か―」。龍大法科大学院の理念がまさに「市民のために働く法律家の養成」ですが、「市民のために働く」とは何か、先生方のお考えを教えてください。
萬井 シンポジウムでは、実際に市民のために働いておられる法律家の方々が具体的な実践を話され、龍大法科大学院への期待を語ってくださった。その上で我々も「市民のために働く」とは何かをさらに膨らませていきたいと考えています。
村井 市民という言葉自体が難しい概念を含んでいます。昔のヨーロッパでは町の周囲に巡らした壁の内側にいる人が市民、外側にいる人は動物と同じと見なした差別があった。しかし、我々の理念は古い市民概念ではありません。高みに立ったり、上から見てものを言うのではなく、どんな人とも同じ目線で相談に乗ろうということなのです。つまり、権力におもねらず、むしろ権力に虐げられた人の力になろうということ。シンポジウムでは、ハンセン病国家賠償請求訴訟に尽力されている徳田靖之弁護士のお話が皆さんの心に響いたと思います。損得勘定抜きで全力を尽くす、ああいう方が市民のための法律家なのだと思いますよ。
萬井 人権感覚にあふれた法律家ということでしょうか。最初は国民のための司法制度改革を進めるための法科大学院ですから、「国民のために」としようという意見もありました。しかし、「国民」だと外国人の方々が概念から抜け落ちてしまう。より広い意味の“人間”という意味で「市民」という言葉を選びました。
村井 法律家には市民的感覚が必要なのです。法律用語そのものが分かりにくいので、自分の言葉で話せることが大事。学生には「それ、日本語に直して!」なんて言うこともしばしば(笑)。
萬井 昔から「災いなるかな法律家」とか、「悪しき隣人は法律家」という困った言葉があります。口先だけでややこしいことを言う人間の代表格みたいに言われていますからね。
村井 教育する我々も直さないといけない。自分で考えて、自分の言葉で分かりやすく話せる法律家になってほしいですね。基本はコミュニケーション力ですよ。


3年間、学費払って
良かったと思える
教育をする
村井敏邦(むらい・としくに) 法科大学院教授(刑事法)、矯正・保護研究センター長
村井敏邦
(むらい・としくに)
法科大学院教授(刑事法)
矯正・保護研究センター長
生きとし生けるものを対象に

若原 ただ「市民のための」という言葉が、なにか革新的すぎるのではないかと受け取られたとも聞いています。設置申請の初年度は残念ながら不認可になった。大学内の議論では、申請2年目は「市民のための」という理念をうたわずにおいてはどうかという意見があったようですが。
本多 特別なイデオロギーだとの誤解があったかも知れませんね。しかし、理念そのものを変えるのはおかしいし、変えてはいけないでしょう。
萬井 市民のための法律家というと、弁護士だけと誤解される危惧があったからでしょう。本来、裁判官も検察官も市民のために働いてもらわないといけない。
村井 刑務所改革のなかで、刑務官にもサービスという感覚が出てきています。市民のためにサービスを提供するシビルサーバント、公僕という概念がやっと日本でも出てきた。弁護士も裁判官も検察官も、人と人との関係の中で、市民のために働くことが求められる。この理念は先端的な意味ではなく、当たり前のことなんです。
本多 「革新的すぎる」ように受け止められるのは、実際の世の中がまだまだそうではないからでしょう。
若原 龍大をアピールできる言葉ですね。建学の精神とも重なるように思います。
本多 そうです。まさに「共生(ともいき)」の考え方です。市民社会では異質の人たちが共に暮らしていくことが大切だとの考え方が受け入れられつつあります。建学の精神はそういう意味で最先端でしょう。競争社会が進み、勝ち組とか負け組とかいう言葉がもてはやされている。こういう社会でいいのだろうか、力のある者によって力のない者が抑圧されていいのだろうか、それぞれの生き方を認め、共に生きる社会をつくっていく、そういう理想があります。
若原 では「市民の」というフレーズは最初から建学の精神を意識したものだったのですね。
村井 そのとおりです。「共生」の思想は龍大ならではのもの。
若原 生きとし生けるもの、すべての命を尊ぶ、ですね。
萬井 仏教は人間だけでなく、あらゆる生き物を対象にしていますが、実際に法律相談に来るのは人間です。しかし、最近では、ペットの遺産相続権も問われてきたし、樹の生存権など環境権が大きな問題になっています。市民とは、場合によっては動物も環境も含まれますね。他の生き物を守るのが人間、人間が代弁していかないといけない。


それぞれの生き方を認め、
共に生きる社会を
本多滝夫(ほんだ・たきお) 法科大学院教授(行政法)、教務主任
本多滝夫
(ほんだ・たきお)
法科大学院教授(行政法)
教務主任
総合的に学べる教育内容に自信

若原 理念はよく分かりました。では龍大法科大学院の教育の特徴とは。
萬井 カリキュラムに関しては、専門職大学院であり、新司法試験に向けてという大前提がありますから、その中身の8〜9割は変えようがありません。しかし、教育の方法について大きな特徴があります。「公法系」「民事法系」「刑事法系」の3つを柱に、「演習」「総合演習」「実務総合演習」と系統的、段階的に学んでいく方法をとっています。特に、実際に法律事務所や企業の法務部等で学ぶエクスターンシップ(法務研修)を必修(4単位)としているのは特徴的です。しかも研修先に預けっぱなしではなく、事前、事後の演習をしっかり行ないます。
村井 理想とする市民のための法律家を養成するのがコンセプトですから、キャッチフレーズだけでなく、こういう法律家になりたいという学生のイメージに合わせたプログラムなのです。しかし、新司法試験突破と学生の理想を両立させるということは、学生にとっても教員にとってもヘビーなんですよ(笑)。
若原 設置申請書に述べられている「法務総合プロジェクト」の一環でもあるわけですね。
萬井 すでに法曹界で活躍している人のリカレント教育の場も提供するというプロジェクトです。実務で問題となっていることや法務研修で得たものを、研究会で発表し、相互に議論しながら進めるというシステムも組み込んでいます。他の大学の話を聞くと、「実務なんて司法試験に合格してからでいいじゃないか」と言うところもある。それを我々はしっかりとやろう、と言っている。
村井 学力をアップするために、プラスになるための法務総合プロジェクトですから、研究会発表やレポート提出、模擬裁判なども採点の対象にしています。
萬井 先日、法務研修の受け入れ先である弁護士や企業の方々と打ち合わせをしました。受け入れ先があってこその試みで、60カ所ほどの受け入れ先がすでに決まっています。先日行なわれた模擬テストの出題傾向を見ると、総合的に学んでいないと正解できない問題が多かった。その意味でも我々の方向性は間違っていないと確信しています。
村井 司法改革の理念に合致した非常にまじめなプロジェクトだと自負していますよ。裁判官で他大学の法科大学院の教員をしている人が「こういうことは龍大でしかできない、龍大に行きたい」と言っていました。法律のサービスをしたいと思う人ならみんな持っている理念であり、教育内容だと思うのです。そういう面では成功だったのかなと思います。民事などは、この実務総合演習をやるとばっちりできるはずです。
本多 学生がエクスターンシップを負担だと思わないようになることが大事ですね。試験の解答の技法だけに照準を置く予備校と異なって、総合的に学べるエクスターンシップを通じてこそ、短答や論文試験の両方に合格できる力がつきます。


「市民のために」は
まさに龍大を
アピールする言葉
若原道昭(わかはら・どうしょう) 副学長、広報委員長、短期大学部教授
若原道昭
(わかはら・どうしょう)
副学長、広報委員長、
短期大学部教授
学生と教員が共につくり上げる

若原 教育に携わっての感想はいかがですか。
村井 実際、教員にとってはかなり負担です。提供するものを全部やろうとすると大変な努力が必要で、それはつまり学生が大変ということになる。しかし、教員が一生懸命やれば、学生は徹夜しながらもついてくる。まじめに基本的なことをきちんとやろうとする学生、社会人で柔軟なものの考え方をする人は、はっきりと伸びてきている。かなりきつい教育プログラムですから、こなしていけば必ず成果につながります。
萬井 学生たちは本当によく勉強しますね。先日、夜の9時ごろ、廊下に座っている学生が3人いた。「どうしたの」と聞いたら、「先生に質問があるので、演習が終わるのを待っています」と。ああ、先生はまだまだ帰れないなと思いましたね(笑)。
本多 自習スペースを24時間開放としたので、学生たちは喜んでいます。講義に関しては、アンケートを実施して、それを反映させる形で工夫していきたいと思っています。
村井 かなりタイトなスケジュールですが、幸い学生からの不満はないですね。他大学では、学生の不満が大きくて、講義ができないところもあるらしい。学生からの要望には機敏に対応していきます。
本多 学生たちと協議を持ちました。どうやって教育を良くしていくかは、教員と学生がパートナーシップでもって進めるべきで、実際にその方向で進んでいます。学生の中に自治会のような組織ができれば、と思っています。
若原 特に開設初年度というのは、教職員と学生が一緒につくり上げていこうという気概がありますね。
本多 しかし、先生方の負担は大きいです。
萬井 法学部出身の学生でない場合、レポートの書き方から教えないといけないので、まさに手取り、足取りの状態です。
村井 一方で法律をかなり勉強した学生もいるので、どこに照準をあてるかが大変。とにかく学部とはまるで違いますね。自分で学費を払って、仕事を投げ打って来ている人もいる。本当の大人相手ですから、あだやおろそかに対応してはいけない。


理念に共鳴する学生集まれ!

若原 新司法試験の合格率を上げるという目標はありますが、今後の課題はどうでしょう。
村井 ホップ・ステップ・ジャンプのように積み上げていく教育を考えていますから「1年目から焦るな」と学生には言っています。確実に1歩ずつ進むことが大事なことを学生の意識に植え付けていくことも必要。先日、ある学生が「3年で合格する自信はないけど、こんな勉強ができて満足しています」と言ってくれた。極論ですが、法律家にならなくてもいい。ここで学べばいろいろな仕事に役立つ。3年間、学費を払って良かったと思える教育をしていきたい。
萬井 いやいや新司法試験の合格も大事です。今、来年の願書受付中なのですが、どういう法律家になりたいかという「自己推薦書」を採点の対象にしていますから、それを書くのに時間がかかるのか、出足が悪く心配しました。しかし、昨年とほぼ同数の志願者があってホッとしています。
村井 説明会で、龍大の理念に共鳴したと言ってくれる学生がいてうれしかった。そういう学生が集ってくれるのが理想です。
萬井 一期生に薦められたという学生もいた。こういうのが一番のアピールになりますね。
若原 これからはさらに真価が問われますね。では、最後に一言お願いします。
村井 焦らず、我々の目指すものをやるしかない!
本多 愚直に頑固一徹!
萬井 法律の勉強に近道はない!



法科大学院開設記念シンポジウムを開催
開設記念シンポジウムの会場。開会の挨拶をする神子上惠群学長
開設記念シンポジウムの会場。開会の挨拶をする神子上惠群学長
 龍谷大学法科大学院の開設を記念して「法科大学院教育と目指すべき法曹像―市民のために働く法律家とは何か」と題したシンポジウムが7月23日、深草学舎で開かれ、会場に集まった法曹界、法科大学院関係者や大学院生ら約100名が熱心に聞き入った。
 第1部は、広渡清吾・東京大学教授が「法科大学院の役割と法学教育・法学研究の将来像」をテーマに基調講演を行ない、「法科大学院で法曹養成教育を成功させ、安定させるために、法学教育者と研究者が力を尽くして法学教育全体の再構築を目指す必要がある」と述べた。
 第2部のパネルディスカッションでは、村井敏邦教授がコーディネーターを務め、宮澤節生・大宮法科大学院大学副学長、松岡久和・京都大学大学院法学研究科教授、徳田靖之・ハンセン病国家賠償請求訴訟西日本訴訟弁護団代表、吉田容子・法科大学院共生社会プロジェクト担当弁護士、本多滝夫教授がそれぞれの専門的視点から法科大学院の将来像を語ると、会場からは法科大学院での実務者の再教育の要望も寄せられるなど、龍谷大学法科大学院への期待の高さがうかがわれた。


←トップページへ戻る