龍谷 2005 No.60

平山郁夫シルクロード美術館/山梨県北杜市長坂町小荒間2000-6

夕日と朝日の中を行くキャラバン隊を描いた3部作など、新作が展示されている。
夕日と朝日の中を行くキャラバン隊を描いた3部作など、新作が展示されている。


平山画伯の“新作”と
シルクロードコレクションに出会う
高原の美術館


入場者を出迎える大きなラクダの像。
入場者を出迎える大きなラクダの像。
 JR中央本線の小淵沢駅から、2両編成の小さな電車に乗り換えて1駅。目の前にモダンな建物が現れた。2005年4月にオープンした「平山郁夫シルクロード美術館」である。
 ここでは日本画壇を代表する平山郁夫画伯の作品のみならず、画伯がシルクロードで蒐集(しゅうしゅう)した美術品を観覧できるとあって、平山ファン、シルクロードファンには憧れの美術館。八ヶ岳の南麓に位置し、南アルプスや富士山をも望むことができる高原の地に、遠方のナンバーを付けた車が駐車場に並ぶ。
 シルクロード、そして仏教をテーマに多くの作品をもつ平山画伯は、約35年間、130回以上もスケッチ取材にシルクロードの国々を訪れている。仏教東漸の道、玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)が歩いた苦難の足跡をたどりながら……。 シルクロードをこよなく愛した画伯の集大成がこの美術館だと言えよう。夫人の美知子さんが館長を務めていることでも、画伯の深い思いが込められていることが分かる。
 入場者を出迎えるのは、どこかとぼけた大きなラクダの像。そう、交易に重要な役割を果たしたシルクロードのシンボルである。
 平山郁夫作品室にも、ラクダを描いた絵が展示されている。今年3月に完成したばかりのシルクロードを行くキャラバン3部作だ。全国に平山作品をメインにした美術館は数多いが、いち早く新作を見ることができるのもここならでは。新しい作品が展示されたら電話をしてください、とスタッフに頼んで帰るファンもいるとか。
 「この展示室にはラクダの絵ばかりを掲げたいね」と、平山画伯はこの美術館のために精力的に制作を続けておられるという。
館内仏像群
 そして順次、公開されていく約9000点にものぼるシルクロードコレクションは圧巻。その中でも素晴らしいのは仏教美術で、特に仏像は、日本の仏像のふっくらとした印象とは異なり、ギリシャ彫刻のような精悍(せいかん)なお顔なのが印象的。まさにシルクロードが東西文化の行き交う場所であったことが実感できるはずだ。
 平山画伯と龍谷大学は少なからずご縁がある。深草キャンパスの顕真館に掲げられている陶板画は、画伯の描いた釈尊説法図「祇園精舎」を原画に製作されたもの。過去2回、この広報誌にもインタビューや学長対談でご登場いただいた。
 龍大とシルクロードの関係も深い。大谷探検隊が蒐集したシルクロード資料を数多く保有し、龍大の最先端プロジェクト・古典籍デジタルアーカイブ研究センターでは、NHKスペシャル『新シルクロード』において仏教壁画のデジタル復元に協力するなど、シルクロード研究の分野でも高い評価を得ている。


平山郁夫(ひらやま・いくお)

 1930年広島県に生まれる。1945年原爆により被爆。東京美術学校(現・東京芸術大学)日本画科卒業。1953年後遺症に苦しみながら、第44回院展に「仏教伝来」を出品。1966年からシルクロード各地を踏査取材しながら、仏伝シリーズやシルクロードシリーズを描き続ける。東京芸術大学美術学部教授・学部長を歴任、現在は学長。ユネスコ親善大使を務める一方で、創作活動に従事。


パキスタン(ガンダーラ)から出土した仏陀坐像
パキスタン(ガンダーラ)から出土した仏陀坐像。結跏趺坐(けっかふざ)した脚上に禅定印(ぜんじょういん)を結び、瞑想する姿を表している。かつては彩色されていたことが、唇や頭髪に残る顔料から推察される。高さ83cm、3〜4世紀頃のもの。美術館収蔵品。
タリバンにより破壊されたバーミヤンの大仏 破壊前のバーミヤンの大仏
タリバンにより破壊されたバーミヤンの大仏。右は破壊前のもの。

シルクロードの色彩豊かな民芸品やオリジナルグッズを販売するミュージアムショップ
シルクロードの色彩豊かな民芸品やオリジナルグッズを販売するミュージアムショップ。お茶のサービスがあり、ゆっくり休憩も。

昨年7月、竣工した本館
昨年7月、竣工した本館。平山郁夫シルクロード美術館は、財団法人としてシルクロード研究や文化振興に寄与することを目的に開館された。

美術館別館と「亜絲花(あしはな)」
左が美術館別館。最初は平山画伯のコレクションの保管庫として建設されたそうだ。この地は画伯が若い頃からよく訪れていたお気に入りの場所。並んで建つのが、「亜絲花(あしはな)」。木の香漂うログハウスで、喫茶・軽食のほか、地元の食材を使ったランチ(1000円)とスタッフの温かい応対が好評。営業時間は11時〜16時。火曜定休。





アフガニスタンの流出文化財99点を一堂に
「平山郁夫の絵画とアフガニスタンの至宝〜流出文化財を守れ〜」


 現在、美術館では企画展「平山郁夫の絵画とアフガニスタンの至宝〜流出文化財を守れ〜」が開催されている(※)。
 タリバン政権下、バーミヤンの大仏をはじめ大量の文化財の破壊や、遺跡・博物館の略奪が行なわれ、アフガニスタンの貴重な遺物が日本にも流出した。平山画伯はこれらの文化遺産を「文化財難民」として保護することをユネスコに提案。本格的な救済活動を開始し、一昨年から展示会や返還キャンペーンを全国各地で行なってきた。
 今回の企画展では、回収された137点のうち99点を展示。東西文化の十字路と呼ばれるアフガニスタンの素晴らしい文化遺産に触れる絶好の機会である。なお、カブール国立博物館再建の後は、これらの多くは返還されることになっている。

※企画展は12月11日(日)まで。
 10月5日(水)からは「平山郁夫欧州写生絵巻〜イタリア・ローマ編〜」をコーナー展示している。



3〜5世紀頃の仏陀像
アフガニスタンでは仏陀像の周囲に、人物像が配されていることが多い。中でも在家の人々を写した像は、仏たちに比べて表情が豊かで親しみやすく、多様な民族性が感じられる。この女性像も仏教に帰依した人だろう。装身具などから裕福な人であったことが想像できる。3〜5世紀頃のもの。
ゼウス神像左足
ゼウス神像左足。アイ・ハヌム遺跡の中心部にある神殿址から発掘された。サンダルの外側部分にある稲妻紋様から、ゼウス神の足であることが分かった。足の大きさは約50cm、全体像は4mを超えると推察されている。紀元前3世紀頃のもの。

カーシャバ兄弟の仏礼拝図
カーシャバ兄弟の仏礼拝図。インドの火神を祀るバラモンであったカーシャバ(迦葉)3兄弟と千人の弟子は、仏陀の神通力を目の当たりにして帰依したといわれる。中央に仏陀、中段にいるのは仏陀を称えて散華する天人たち、上段には天人たちに囲まれた弥勒菩薩(みろくぼさつ)が表されている。2〜3世紀頃のもの。


経営学部・入澤崇教授(仏教文化学)
文明の十字路アフガニスタン

経営学部・入澤崇教授(仏教文化学)

 かつてアフガニスタンは東西交易の中継点として栄えた。さまざまな文化、さまざまな宗教、そして多くの民族が交錯した。まさに「文明の十字路」というにふさわしい。文明の十字路には独自の美が生み出された。仏像や菩薩像の美しさは比類がない。そうした文化遺産がいま危機に瀕している。
 超大国の独善は貧しき国をつくりあげ、貧しき民はいくばくかの金を得るために文化財を売りさばく。盗掘、略奪、流出。全て人間の営みである。人間の愚かな営みをいぶりだし、人間にとって何が大切かを問いかけた仏教が、アフガニスタンの文化遺産であることを知る人は少ない。
 無知や偏見が憎悪をかきたて争いを生む。近代文明の暴走はアフガニスタンに紛争をもたらし、人々の心に絶望を招いた。19世紀以来、大英帝国、ロシア、アメリカに蹂躙され続けたアフガニスタンは、いまやっと復興の兆しが見える。
 情熱が武力による制圧ではなく、美の創造に向けられた時代に思いをはせたい。異文化が遭遇したときに、衝突ではなく、新たな文化の創造がなされたことは、アフガニスタンが世界に誇るべき偉業である。考古遺物は異文化交流のまぎれもない証しであり、多様な文化の出合いこそが美をつくりあげることを示す。アフガン復興は、自国の人々のみならず、世界がアフガニスタンの歴史や文化を見つめ、人間の営みを問い直すところから始まる。




日本一高いところを走る「小海線」ぶらり旅
 今回、小淵沢駅から乗った小海線(JR東日本)は、八ヶ岳東麓の野辺山高原から千曲川の上流に沿って佐久盆地を走り、長野県の小諸駅まで通じる高原鉄道である。
 美術館のある甲斐小泉駅から先は、標高1000mを超える高所を走り、車窓を開けるとさわやかな風が吹き抜ける。若い人に人気の避暑地、清里〜野辺山間には、標高1375mの「JR鉄道最高地点」があり、野辺山駅は標高1345mの「JR線最高駅」として名高い。
野辺山駅
「宇宙に一番近い駅」と言われる「野辺山駅」。すぐ横で味わえるソフトクリームは絶品。
国立天文台野辺山観測所
野辺山駅から徒歩約20分のところにある国立天文台野辺山観測所。世界最大級の直径45mの電波望遠鏡(中央奥の斜めのアンテナ)と、直径10mのミリ波干渉計6基などを擁する。壮大な宇宙のロマンが展開する地だ。





 
平山郁夫シルクロード美術館
山梨県北杜市長坂町小荒間2000-6
平山郁夫シルクロード美術館アクセス地図

●開館時間 10時〜17時(入館は16時半まで)
●休館日 火曜日(祝日の場合は開館・展覧会によっては無休)
冬季閉館(2005年12月12日〜2006年3月中旬まで)
●入館料 一般1000円 高・大学生700円
小・中学生500円(小・中学生は日曜無料)
※団体、高齢者等の割引あり
●交  通 JR中央本線「小淵沢」駅乗り換え、
小海線「甲斐小泉」駅下車すぐ。
車の場合は、中央自動車道・
小淵沢ICから約20分、長坂ICから約15分
●問い合せ TEL. 0551-32-0225
http://www.silkroad-museum.jp/
 


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