龍谷 2006 No.62
座談会 アフラシア平和開発研究センター開設1周年を迎えて

紛争解決の新しい方法論をアジアから世界に発信することで、現代社会に貢献 座談会 アフラシア平和開発研究センター開設1周年を迎えて

2005年度文部科学省学術研究高度化推進事業「学術フロンティア推進事業」に
採択された「アフラシア平和開発研究センター」。
今後、智光館を拠点に国際社会に寄与する研究を展開していくにあたり、
センター設立目的や取り組みなどについて語ってもらった。

瀬田学舎 智光館前にて
【出席者】(右から)
佐藤千鶴子 センター博士研究員、濱下 武志 国際文化学部教授(学長補佐)、神子上惠群 学長/司会・進行、長崎 暢子 国際文化学部教授(センター長)、ブラドリー・ウィリアム 国際文化学部教授、清水 耕介 国際文化学部助教授(センター事務局長)


神子上 アフラシア平和開発研究センターの開設から1年3カ月がたちました。研究プロジェクトの名は「紛争解決と秩序・制度の構築に関する総合研究〜アジア・アフリカ研究の地平から〜」とあります。その研究組織がこのセンターです。まずセンターの名称の意味、なぜ平和研究でなく平和開発研究になったのかという点から、お聞かせいただけますか。

紛争があることによって
お互いが学び合えるように…


長崎 紛争解決をプロジェクトの名前とした一つの理由は、無論現代世界に紛争が頻発しているからです。人間は問題が起こった時に、なぜある時は協力的な行為をとらないで対決的な行為をするのか、あるいは逆に競争的な行為をしないで、協力的な行為ができるのか。それを対個人だけではなくて、集団間、国家間、民族間にまで拡大して考えています。現代の社会にあっては、協力的な行為よりは、競争的・対立的な行為が目立っています。信頼を醸成していくというよりは、争いとか摩擦を醸成する行為が顕著に見えていて、生きる意味を失ったり、自殺者が増えたり、様々な紛争の頻発が見られます。 そこで、紛争の解決という点に焦点を当てて研究をしていくことで、現代社会に貢献できないだろうかと考えたんです。人間社会の紛争をそのまま破壊的なものとは考えません。紛争というものがあることによってお互いの隠れていた問題が見えてきたり、紛争解決の過程の中で、お互いが学び合うことによって、逆によりよい段階に上っていけると考え、紛争をはらんだ社会を正常なものと考えようというジンメル的な理解で始めたわけです。本学は宗教研究の資産を持っているので、宗教というものが一方では対立の原因となり、他方では紛争解決にとってどういう役割を果たしているのかという問題に資産を活用できるのではないかと思っています。
 研究チームは4班に分けました。国家や民族など紛争の主体に関する研究が1班。経済学部の中村尚司先生や清水先生、私も入っています。2班は環境と石油などの資源を巡っての紛争が起こっているのではないかということで、エネルギーの専門家である国際文化学部の松井賢一先生と経済学部の河村能夫先生を中心に研究しています。3班は、国家をまたいだ地域という形で、紛争を解決する希望が持てるようなネットワーク的な組織を研究する班です。濱下先生が班長でブラドリー先生も入っておられます。4班は、紛争には貧困が関係するということから貧困と開発というテーマでやっています。開発には経済開発だけではなく社会開発、人間開発も含まれます。社会学部の加藤剛先生、法学部の川端正久先生、落合雄彦先生などが入っておられます。
濱下 私の場合は東アジアですから、中国、朝鮮、日本、ベトナムなどです。その地域はそれぞれが数千年の歴史を持っている特徴のある地域です。そこでは、紛争という形より、調停、交渉、妥協とか調整で地域のコミュニティから国の関係まで含んできた地域です。様々な歴史的背景もありましたが、そういう中で私たちは「ネットワークとアイデンティティ」という観点から考えています。
 ネットワークは今までの制度や組織に固定化されない、様々な結び付き、人のつながり、コミュニケーション、あるいは交渉の在り方を考えることです。アイデンティティは帰属意識ですが、ネットワークとして結び付くことで、多様性の中で共存・共生していくことができる。歴史の知恵として考えられてきた東アジアにおける地域関係、広い地域の中での人の移動や、物の移動、情報の移動という問題を社会や文化の側面から考えることで、アジアや東洋の文化的な蓄積が、もっとこれから前面に出るのではないかと思います。
ブラドリー 東アジアではたくさんの紛争が続いていますが、その中から文化をどういうふうにツールとして紛争解決に使えるかということを考えています。濱下先生も言われたように、ネットワークをつくってリスクを減らしていきたいですね。

アジア・アフリカの知識を、広く世界へ向けて伝えたい

清水 私は、国際関係の中で理論をを研究しているのですが、理論を学ぶというのはヨーロッパの伝統を勉強するのと同義語なんです。暴力と非暴力という問題を追いかけていると、紛争という言葉は、直接的に暴力とつながることもあるけれど、紛争があるから対話をしていくという、二面性があるような気がします。ある場面では圧倒的な暴力が出てきてまさに戦争をすることもあれば、もう一方でそれが非常に非暴力的な運動として出てくる場合もある。最終的には宗教という問題にぶち当たりました。
 そんなある時、ドイツの政治哲学者のハンナ・アレントの理論に行き着きました。それは政治(対話)と暴力の断絶、どこかで対話に断絶があって、暴力に変化していくというものです。これは、戦争(暴力)は政治の延長上にあるという説を完全に否定した理論です。対話と政治の間には絶対的な断絶があって、対話がなくなるから暴力になるという理論になるのです。それを論文に書いたところ、濱下先生から「その考え方は、アジアには以前からあった考え方で、必ずしも新しいものではない」という指摘を受けました。つまり、ここの面白い点は、これまでは紛争が起きると西洋にたまってきた知識を使いながら、紛争を解決していくという考え方が実は逆なのではないかということです。アジア・アフリカにも実はものすごい蓄積があるのに、西洋を中心にしたグローバリゼーションがその知識を軽く見てきた部分がある。私たちは日本に住んでいて、日本は西洋か東洋かといわれると微妙な位置にいますが、非西洋に蓄積された知識を取り込んで、逆に知識のないところに伝えていくということも必要です。アフラシアというのは、非常に面白い命名で、これまでの知識の構造を完全にひっくり返すような可能性を持っていると思いますね。
佐藤 ここではいろいろと多様でフレッシュな知識が得られます。イギリスではアフリカに限定して知識が狭くなっていましたが、ここでは、学生たちも新しい研究をしています。そんないろいろな人間関係のネットワークが広がって、大きな財産になっています。
長崎 このセンターの特色はアジア、アフリカから世界を見る視点です。実はこれまで濱下先生のような中国研究者と私のようなインド研究者が相互の研究交流をするのは、意外と少なかったんです。アジアは欧米との関係が深くて、インドならイギリス、ベトナムならフランス、インドネシアならオランダ・・・というように文化、政治、経済的にもつながりが深いです。反対にアジア同志がつながったり、相互に勉強することは少なく、近代日本も欧米からは学ぶけれどアジアからはあまり学ばなかった。今後楽しみなのは、ここで、アジアの研究者同志が本当の意味で交流し、学び合い、欧米に向けて、アジアから新しい何かを提示できるのではないかということです。

お互いの対話には「仏教的な非暴力」が重要

神子上 本学は共生をめざす大学ですが、異なったものが共生するには相互理解が前提になりますね。
長崎 対話する時に仏教やジャイナ教などの「非暴力」という思想が非常に大事になります。なぜか。インドのガンディーによると、利害が対立した時に、相手を打ち負かすのではなく、厳しく対立していても「自分の分からない一片の真理が相手の中にもあるかもしれない」と認めることが必要だからです。「絶対的な真理は人間には分からない」と。今は自分が正しいと思うけど、それは相対的な真理で、相手にも一片の真理の可能性がある。だから相手を抑圧したり、殺したりしてしまうことは真理への道を閉ざすことになります。
神子上 センターのこれまでの取り組みについて紹介いただけますか。
長崎 昨年は多くの研究会、研究業績を発表し、国際シンポジウムの場合はロンドン大学、ハーバード大学、イランなどからも研究者をお呼びして国際的な広いネットワークを構築し始めたことが実績ですね。昨年は、中東地域の紛争を取りあげ、日本からは元国連事務次長の明石康さんにもお話しいただきました。
神子上 国際シンポジウムは、今まで開催したことのない本当の意味での国際シンポジウムだと、あちこちから評価が聞こえてきましたね。
長崎 とても面白かったと感想をいただきました。明石さんのスリランカ内戦解決の御努力の話の時に、解決の方法が国境を分けるか、主権を分けることしかないとすれば、我々はこれまでは国境を分けることで解決してきたけれど、むしろ主権を分ける考えで解決できるのではないかというハーバード大学のスガタ・ボース先生の問題提起があり、清水先生などが参加して、かなり熱い議論が展開されました。あれは今までの日本にはない、いい議論だったと思います。
清水 今後は、国境を越える動きに焦点を当てていこうと考えています。ただ、国境を中心とした考え方というのは西洋を中心にした紛争解決の方法です。相互不干渉でお互いまったく口を出さない、それで無理やり平和を保ってきたんです。国内で強い抑圧がある人はどこかに動いて、形式上戦争は起きてませんが、個人にとっては非常にきつい状態なんです。その現れとして人がどんどん動いていく。今年はオーストラリアでシンポジウムを開催する予定ですが、国境を越える人たちを学ぶために自分たちも国境を越える(笑)。この方向で、どんどん議論して、研究を進めて行きたいと思います。
濱下 今までアジアの文化というと静的でヨーロッパの方が動的であると考えられてきましたが、アジアの文化という概念は文明より大きいんです。アジアにおける文化の在り方がダイナミックなものであるということを考えていきたいと思います。
ブラドリー 私たちも多くの研究者のネットワークを作りたいし、それも共同で研究するのが非常に大切です。それがこのセンターの目的だと思います。
佐藤 私は、センターの研究成果や活動を外に発信していく作業、特にホームページの内容充実をめざしたいです。個人の研究では、学術雑誌にも書きたいですし、博士論文の出版にもつなげていきたいですね。
長崎 紛争の解決はこちらが正しくてこちらが正しくないということはありえないし、こっちが勝った、負けたという形でも終わらない。いかにそうでない、より高次の解決をするかという事が大事です。例えばインドの独立というのは、イギリスの側から見ると「インドも大人になり自分で統治できるようになったから権力を移譲してあげた」となり、インド側からは「我々は権力を勝ち取った」となる。両方が自分は勝ったと思っているんです。この解決法はある種永続するし、どちらにも恨みを残さない。こういう方法が今後の紛争解決のめざしていく方向ではないかと思います。相手にも真理があることを認めて、自分も学んでいく姿勢で、このプロジェクトが続くことを願っています。
神子上 本日は貴重なお話をありがとうございました。
神子上惠群
神子上惠群
(みこがみえぐん)
学長/司会・進行 

長崎 暢子
長崎 暢子 
(ながさきのぶこ)

国際文化学部教授(センター長) 

濱下 武志
濱下 武志  
(はましたたけし)

国際文化学部教授(学長補佐)

ブラドリー・ウィリアム
ブラドリー・ウィリアム 
国際文化学部教授

佐藤千鶴子
佐藤千鶴子   
(さとうちづこ)
センター博士研究員

清水 耕介
清水 耕介    
(しみずこうすけ)
国際文化学部助教授(センター事務局長)


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