龍谷 2006 No.62
古都・湖都歩く 「現代」を映した仏像をめざして 「平安仏所」

 京都の平安神宮近くにある「平安佛所」。仏所とは「仏像制作工房」のこと。ここは仏師として海外にもその名を知られる江里康慧さんと、妻の截金師・佐代子さんの工房だ。
 仏像は、釈尊の入滅後500年頃に、北西インドのガンダーラ、中インドのマトゥーラを起源とするといわれている。わが国には聖徳太子の時代に、渡来人によって初めて仏像が造られた。その後、遣唐使の往来によって仏像彫刻の新しい技法が次々に伝えられ、世界的に水準の高い仏像が生み出されてきた。
 「仏教は、もともと偶像崇拝の宗教ではないはずです。仏像が造られるようになったのは大乗仏教が興ったことによります」と語る江里さん。日本では木製の仏像が大半を占める。そして中国や朝鮮半島には、廃仏や焼失によってほとんど古い仏像は残っていないのだそうだ。
 「わが国は外国からの文化を受け入れてさらに独自に発展させていく面がありますが、仏像にもその一面が見られます」
 日本では、かつて仏像の造立のために官営の仏所が設けられた。そこでは仏師をはじめ截金師、彩色師、木地師などの職人たちが技を磨いた。そして、弟子たちに技法を伝える形で、仏像彫刻は現代まで受け継がれてきたといえる。
 現在も京都を中心に仏師は約100人を数える。「私たちは千年前と変わることのない技術と精神を、師弟関係を通して伝承されてきたということになります」と江里さんは話す。
阿弥陀如来立像
阿弥陀如来立像
山口の浄土真宗寺院に納めるために江里さんが制作した阿弥陀如来立像

仏師で龍大文学部客員教授の江里康慧氏
仏師で龍大文学部客員教授の江里康慧氏

佐代子さんが金箔を貼り付けた截金。
佐代子さんが金箔を貼り付けた截金。
すべて手作業で丁寧に仕上げられる
宗派は違ってもめざすところは同じ
 江里さんの工房では、浄土真宗やそれ以外の宗派に至るまで実に多様な仏像が造られている。
 「信仰の心は、お寺にお参りして仏像を礼拝することからも生まれます。つまり仏像は『経典』と同じなんですね。そのあたりが美術工芸の世界とは違うところです。仏教の場合、宗派は違っても、めざすところは『お釈迦様の悟りの境地』に導く教え。ただ時代によって民衆により理解しやすい、時代にかなった表現方法が取られてきたのだと思います。例えば、末法の世には極楽浄土を願う気持ちを、まばゆい金色の仏像によって表わしました」
 工房にある作品の中には、意外なことにマリア像の姿も見受けられる。「キリスト教も仏教も表現は違いますが『真理』を表わそうとしたのではないかと思うのです」という一つの宗教にこだわらない柔軟な考え方に驚かされる。
 江里さんは、京都の仏師・江里宗平氏の長男として生まれた。一時、仏師になることを迷っていた時期があったという。
 「当時は、現代美術を志していて、ギリシャ・ローマ時代の具象彫刻の力強さ、生命感に魅かれていましたね。結果的にはこちらの道に進むことになりましたが…」
 また、平成14年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された、截金師の佐代子さんとは共同で作業を行なうことも多い。截金とは、極薄の金箔を焼きあわせて厚みを持たせて竹刀で細く切り、器物の表面に貼っていく工芸技法。平安時代から仏像や仏画の衣紋など、仏教美術の加飾荘厳として施され発展してきた。
 「妻とは24時間一緒ですので金婚式以上の年月がたっているような気がします」と笑う江里さん。今年の秋には、5年ぶりに二人で個展を開催する予定だ。
 お二人は4年前から、龍大文学部の客員教授として教壇に立っている。
 「難解な仏教を、仏像を通して、ものつくりの立場からお話しさせていただいています。学生さんたちは非常に熱心に聴いてくれてますよ」

インドの仏教遺跡に魅せられて…
 こんな多忙な江里さんだが、どんなに忙しくても、年一回は海外に出かける。
 「目をつぶって、えいっと入院したつもりで行くんです(笑)。昔はエジプトやギリシャ、ルネッサンス期の彫刻に魅力を感じ、自分の作品に反映できたらという思いで出かけていましたが、ここ10年はインドに行くことが多くなりました」
 仏像を誕生させた古代インドの人々の心の背景を探るためインドの仏教遺跡を訪ねて回るのだ。
 「インドの仏跡に立つとブッダに対する敬虔な心情が感じとれるんです。ガンダーラの仏像は、ギリシャやローマの彫刻の影響を受けています。日本でも平安時代には、創意にあふれた仏像が多く造られていました。私は古典作品を守っていくことだけが伝統ではなく、そこには常に時代を映した創造的なものが加わっていかないといけないと思っています。これからも、移り変わる時代を表現した、現代の仏像を造っていきたいですね」
仏伝図「降魔成道」のレリーフを製作している江里さん。
仏伝図「降魔成道」のレリーフを製作している江里さん。
降魔成道とは、魔物が現れて悟りを邪魔するのをお釈迦様が取り払われるという意味

たくさんの彫刻刀。彫る場所によって使い分ける
たくさんの彫刻刀。彫る場所によって使い分ける

平安佛所
京都市左京区岡崎北御所町46-15
電  話 :075-771-1354
FAX :075-752-9543
就業時間 :午前9時〜午後6時
定休日 :なし
交通●京都市営地下鉄東山駅から
徒歩約15分
HP: http://www.heian-bussho.com
 
平安佛所
岡崎公園の近く、閑静な住宅街にある






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