龍谷 2008 No.65

古都・湖都 歩く 仏の教えを支えに、天秤棒一本から身を起こした 近江商人魂にふれる

本学大宮学舎の近くには、レトロな洋館がたくさん立ち並んでいる。今回の古都湖都を歩くでは、大宮学舎近辺の洋館を取り上げ、文明開化の香りをかいでみよう。

生命保険会社の本社だった本願寺伝道院

創建当時の写真。『東京生命百年史』より
創建当時の写真。『東京生命百年史』より
 本願寺から堀川通りをはさんで東に進むと、周りに仏壇、佛具のお店をしたがえ、ひと際目立つドーム屋根が特徴の建物がある。これこそ、京都市の指定有形文化財に指定された本願寺伝道院である。この建物は、1912(明治45)年に本願寺門信徒が中心となって設立した真宗信徒生命保険(現 T&Dフィナンシャル生命)本社として建てられたものだ。真宗信徒生命保険は、仏教系生命保険会社の中でも最大規模を誇り、前号で取り上げた伊藤忠兵衛が監査役を務めた会社である。
  伝道院は、本願寺築地別院や阪急梅田駅壁画などを設計したことで知られ、東京帝国大学教授も務めた伊東忠太の作品である。外から見ると総レンガ造りの2階建てに見えるが、実は、外から見えるドームの中も部屋となる3階建ての建物である。創建当初は、本館、附属屋、倉庫、人力車置場、屋根付伝ひ廊下があったが、現在は本館のみが残る。当時の建築は、文明開化の影響を受けて外観は洋風、中は和風建築という擬洋風建築のものが多かったが、忠太の作品は、彼自身のアジア留学の経験から洋風一辺倒ではなく、洋風にユーラシアを融合させていることが特徴であり、この伝道院も例外ではない。
  現在は、改装工事前で非公開であるが、中に入ると、広くて天井が高い開放感あふれるエントランスがある。日本生命、帝国生命(現在の朝日生命)、明治生命に次ぐ規模の生命保険会社として、賑わっていたであろう当時の様子が窺える。そのことは、この建物の新築披露の様子からも窺える。当時の「保険銀行時報」から拾い読むと、新築披露は2日間にわたって行なわれた。初日は、京都市長、東西両本願寺法主、師団長、大学、裁判所、各社社長など来賓300余名を集めて、建物内で立食パーティが行なわれ、落語や浪花節、手品なども披露された。また、翌日には、午前8時から嵐山での桜狩、その後、岡崎公園、動物園などを見学、祇園の中村楼での祝宴、祇園舞踊場で都踊りを見物して午後11時に散会している。なお、新築披露中は一般市民にも開放しており、一風変わったこの建物は、市民の関心も惹きつけていたようである。
  忠太の設計には、動物や妖怪が随所に登場するが、伝道院も道路との境に立っている石造柵柱の上に鎮座していた。

道路との境に立つ柵柱の上に鎮座する動物や妖怪。
道路との境に立つ柵柱の上に鎮座する動物や妖怪。
門の右奥が、現在改装中の本願寺伝道院。
門の右奥が、現在改装中の本願寺伝道院。

かって銀行だったセカンドハウス七条西洞院店

創建当時の写真。『東京生命百年史』より

 七条堀川を東に進んだ所に見える重厚な建物。それが、旧村井銀行七条店(現 セカンドハウス七条西洞院店)である。村井銀行は、京都出身の「たばこ王」村井吉兵衛が設立した銀行である。
  村井吉兵衛を「たばこ王」というのは、もともと吉兵衛はたばこ商で、1890(明治23)年、日本最初の紙巻き両切りタバコを販売し、名前のハイカラさ(「ヒーロー」、「サンライズ」)と珍しさも手伝い、人気を呼んでいた。吉兵衛の名を世に知らしめたのは、宣伝方法のユニークさであった。当時の宣伝と言えば、ちんどん屋を使ったものが主であったが、吉兵衛はちんどん屋ではなく、音楽隊を先頭に馬車数台のパレード、大文字山や四条大橋に、1文字1.8メートル四方のカンバンを使って商品名を広告するなど奇抜なアイディアを駆使した宣伝を行なっていた。また、当時としては斬新なポスターや美術裸体画をおまけとしてパッケージに入れるなど、その宣伝、販売手法は今でも用いられているものがある。

当時の銀行の金庫の様子がうかがえる
当時の銀行の金庫の様子がうかがえる

  日本専売公社にタバコ事業を譲渡した後、吉兵衛は村井銀行を核とした村井財閥を形成する。村井銀行は、たちまち全国展開する中堅銀行となる。京都には、祇園、五条、七条に店舗があり、全ての建物が今も残っている。今回取り上げた七条支店は、1914(大正3)年に建築されたものであり、外観は、レンガの上から石貼りやモルタル塗りがされ、重厚な石造りの建築物となっている。
店内に入ると、高い天井とモダンな店内は広々としており、銀行として使われていた当時のままで階段室や金庫室、応接室が残っている。特に圧巻なのが分厚い扉をもつ金庫室である。入口には、「金庫」と書かれたプレートがそのまま残っていて、当時の銀行の金庫の様子が窺える。現在この建物は、セカンドハウス七条西洞院店として使われており、ケーキやパスタがお手軽な価格で楽しめ、陶芸教室も行なわれている。

なお、3月15日と29日には、本学経済学部 井口富夫教授が中心となった京都市ニューツーリズム創出事業「西本願寺の桃山文化に触れる 非公開書院見学と歴史文化を訪ねる旅」として、西本願寺一帯のツアーが組まれている。

 大宮学舎周辺には、今回取り上げた建物以外にも、富士ラビット、鴻池銀行七条支店(現 グランヴェルジュ京都七条倶楽部)、村瀬本店、梅小路蒸気機関車館などたくさんの歴史的建造物がある。気候のよくなるこれからの季節、休みの日に少し散策してみるのもいいのではないだろうか。


セカンドハウスの原点・パウンドケーキ

 このパウンドケーキは,セカンドハウスが Jazz喫茶として営業を始めた30年前から販売されている。販売のきっかけは,あるアメリカ人女性から、「自分の作ったケーキを売ってほしい」と言われたことだそうだ。
  その後、その女性から作り方を教わり、社長の奥様が毎日手作りされたことが、現在のパスタとケーキのお店になった原点となる。一見普通のパウンドケーキかもしれないが、その中には創業者夫妻の夢と真心がこもっている。
セカンドハウスの原点・パウンドケーキ


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