龍谷 2008 No.66

「持続可能な社会の実現に向けた環境人材教育とは」

地球温暖化に伴う気候変動や、エネルギー資源の獲得を巡る原油価格の高騰、
バイオエタノールなど食物のエネルギー化による食料不足など、
各国の思惑や経済偏重、合理主義と極端な人間中心主義がもたらす弊害が、世界的な問題となっています。
そこで、環境問題に造詣が深く、長年最先端の化学計測の現場に従事された
池田昌彦株式会社堀場製作所元分析センター長をお招きし、
若原道昭学長、理工学部物質化学科主任大柳満之教授とともに鼎談を実施。
池田元分析センター長にキャリアある企業人としての立場から率直なお話を伺いながら、
環境問題に関する世界的課題を解決し、持続可能な社会を実現するために必要な人材の在り方、
環境人材教育について語り合いました。

「持続可能な社会の実現に向けた環境人材教育とは」

若原 道昭(わかはら  どうしょう)
龍谷大学学長。
京都大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。
1982年、龍谷大学短期大学部講師に就任。
助教授を経て92年から教授。短期大学部長や副学長を務める。
2007年4月から学長。専門は教育哲学。

  大柳 満之(おおやなぎ  まんし)
龍谷大学理工学部教授、物質化学科主任。
早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了。
1989年、龍谷大学理工学部物質化学科助手に就任。
講師、助教授を経て2001年より教授。学長補佐、RECセンター長を務める。
平成19年度 大学院教育改革支援プログラム 「東洋の倫理観に根ざした
国際的技術者養成」取り組み実施代表者。専門は無機材料化学。

  池田 昌彦(いけだ  まさひこ)
株式会社堀場製作所元分析センター長。
立命館大学理工学部卒業。
日本ジャーレル・アッシュ株式会社
(現サーモフィシャーサイエンティフィック株式会社)を経て、
1985年、株式会社堀場製作所入社。分析センター長を歴任。
2004年、同社定年退職後、シニアアドバイザーを務める。
龍谷大学非常勤講師。立命館大学非常勤講師。


合理主義、ヒューマニズムだけで
環境問題は解決できない


合理主義、ヒューマニズムだけで環境問題は解決できない

若原お忙しいなか、皆様お集まりいただきありがとうございます。本日は、「持続可能な社会の実現に向けた環境人材教育とは何か」について話し合いたいと思います。

池田この夏に洞爺湖サミットが終わり、環境問題は現在、各種課題の解決が図られています。ついこの間も、鈴木恒夫文部科学大臣が「環境」を教科とすることに意欲を示し、地球の未来のために主導権を発揮できる日本人を育成したい旨をコメントしていました。まさに、龍谷大学がめざしていらっしゃることと合致します。

若原日本で環境教育が始まったのは1970年代、高度経済成長の後のことです。経済成長に伴う歪みが公害という言葉で語られ、行き過ぎを反省しようという気運が芽生えて環境教育が始まりました。

大柳今日の環境問題で切実なのは、経済成長による競争のグローバル化。経済効率が先行し、自然環境だけでなく、人間性までも破壊しようとしています。

池田最近の新聞に「越境汚染」の問題が取り上げられていました。酸性雨や黄砂などが、今や国境を越えて起こっています。そこで、日本政府は人工衛星を使って監視しようとしているということです。
  越境汚染はヨーロッパでも問題になっています。川上の国から川下の国へ、産業廃棄物などが流され、汚染される。また、有害物質の使用も問題になっています。
  これらの課題には政治家も、技術者も、グローバルな見地から解決策を考えなければなりません。世界中の地域格差、文化に対するモノの見方や価値基準の違いを認識したうえで、産業主義から脱却していかないといけません。

大柳越境汚染に代表されるように、環境問題は一国だけの問題ではなくなっています。環境を守り、持続可能な社会をつくるためには、各国が我慢しなければなりません。そこで、「規制」ということが語られます。ところが、現状で取り組まれているグローバルな規制は、その多くが自国の利益のため、あるいは企業の利益のためにおこなっているものです。結局、その根底にあるのは産業主義でしかないように思います。

若原私の育った鳥取県の海岸も、子どものころは、ハングルや漢字入りの漂着物に、見知らぬ国へのあこがれを抱いたものです。しかし、現在はそれどころではありません。自国だけでなく海外からの廃棄物などが流れ着いてゴミの山です。
  龍谷大学の立場から、このような現状がもたらされた要因として、いくつか指摘することができます。その一つは「人間中心主義の行き過ぎ」です。仏教では、生物も非生物も縁起的関係のなかにある。あらゆるものとつながっていると教えています。にもかかわらず、人間だけを特別扱いしていることの結果といえます。
  また、二つ目として、人間の欲望・煩悩には際限がないということを忘れてはいけません。ところが、近代は個人主義、自由主義という名目で、そのあくなき所有と消費への欲望を認めてきました。

大柳その結果として、地球環境は確実に汚染され、破壊されようとしています。そこであわてて先進国は「どの国も制限せよ」と言い、開発途上国は「先進国並みに経済発展したい」と主張する。自由であることと規制すること。この両者のバランスをいかにとるか。世界が頭を悩ませています。

池田分析化学の立場から考え、おこなわなければならないことは、製品に有害物質が含まれていないか、含まれていたとしてもどこまで抑えるかという取り組みをすることです。そして、水質汚染など、環境に負荷がかかったときの経時変化の数値を明確にして、回避への取り組みを促すこと。この二つがあります。
  企業でも、ISO14000Sだけでなく、地域社会も含めて環境問題を考えるCSR(企業の社会的責任)活動が注目を集めています。数値や法令による規制つまり法令遵守の精神、あるいは積極的な情報開示は必要だとは思います。
  しかし、私は環境問題を数値や法令だけで語るのは正しいことだとは思いません。環境問題の解決には、専門的な技術が大きくかかわりますが、環境問題の根本にあるのは、その人の人間性ではないでしょうか。

大柳近代科学の進歩は産業革命以降に始まります。ヨーロッパでルネサンスにより人間解放が叫ばれ、ヒューマニズム、合理主義が主流になっていきました。これが近代科学、現代科学につながる大きなきっかけになりました。
  ところが近年は、ヒューマニズム、合理主義だけでは環境問題は解決できなくなっています。各国の思惑が複雑に絡み合うグローバル時代に、まったくブレない真理というのが必要になってきているように思います。


東洋の倫理観に根ざした
教養教育が環境人材をつくる


池田 昌彦

大柳 満之

若原それを解決するための拠り所は、東洋思想、仏教思想のなかにあるのではないかと、私は感じています。持続可能な社会を実現するためには、確固たる思想が必要であり、それは「人材」教育においても言えることだと考えています。
  龍谷大学は浄土真宗の精神を建学の精神としており、21世紀の大学像として、「共生(ともいき)をめざすグローカル大学」を標榜しております。共生とは、人と自然との共生、多文化・多民族の共生、障がいのある人との共生など幅広い概念であり、環境との共生も非常に重要なテーマです。
  この仏教の共生観や考え方を基に、グローカルに貢献し得る専門知識・応用能力を身に付けた人材の養成により、社会に貢献できる人材教育の実質化のモデルとなることが、現在の目標とするところです。

大柳本学はまた、わが国の仏教系総合大学のなかで、理工系大学院を擁する唯一の大学です。私の所属する物質化学科でも、仏教をベースにした建学の精神、東洋の倫理観を行動規範としながら、廃棄物を出さない、環境を汚染しないなど、環境に負荷がかからない方策を考える教育をおこない、ものづくりやエネルギー・環境課題に従事する科学技術者を養成しています。

若原人材教育をするという立場から、そのほかにも本学では様々な取り組みをおこなっています。理工学部の環境ソリューション工学科は、環境の課題にどう答えを出していくかを教育しています。深草学舎でも、経済、経営、法学の3学部共通コースとして環境サイエンスコースを設けています。
 また、研究センターとして里山学・地域共生学オープン・リサーチ・センターを設け、文理両面から環境人材教育をおこなっています。人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センターでも、仏教の立場から環境問題にアプローチする研究をおこなっています。

大柳第1期、第2期ともに、文部科学省から高い評価をいただいたハイテク・リサーチ・センターの第3期事業として、脱化石資源・省エネルギーをめざすための研究開発を目的とした革新的材料・プロセス研究センターを設立しました。環境に負荷のかからないものづくりの研究にも、積極的に取り組んでいます。

池田産業廃棄物、エネルギー問題などの負の状況をどうするか。そういう視点からアプローチされているところに、私も共感しています。このような龍谷大学の姿勢に対して、社会的評価も上がってきています。

若原現在、芝浦工業大学学長である柘植綾夫先生が内閣府総合科学技術会議常勤議員であったとき、本学に視察に来られ、「龍谷大学は理工学の人材養成の分野でも、専門教育の前に仏教に基づく人間教育、人格教育をしておられる。そこに期待しています」と言っていただいた。私はこれを聞いて意を強くしました。
  世界に通用する人材教育とは、専門分野も重要ですが、教養教育も大切です。創造性のある人材を育てるには、専門の基礎力だけでなく、豊かな教養、幅広い視野、人間教育などが従来以上に強く求められるのではないでしょうか。

大柳環境問題を解決するという気持ちを持った人材を育成するには、スキルを積むことだけでは果たせません。企業にお役に立てる人材を育てるには、専門教育は大事です。しかし、環境を総合的、鳥瞰図的に見るためには、幅広い教養が不可欠です。大学は、幅広い教養教育をしなければなりません。

池田まったく同感です。専門知識はあればあるほどいいのかもしれませんが、企業人としては、むしろ応用力がほしい。商品開発には、幅広い知識とその知識を使えるつまり知恵を絞れるかということです。
  企業に入れば、専門分野のことは365日やるわけですから、誰でも専門家になれる。その上でほしいのは広い見識です。それには、大学で広い教養、例えば、技術者であっても歴史を学び、解析する。そういう力を養っていただきたい。

大柳教養教育がすべての基礎になるということでしょうね。環境問題に取り組むには、マインドの教育が大事。人文・社会科学など、幅広く、そして刺激的で心を揺さぶるような教養教育でこそ、マインドが磨かれ、いざというときに知恵を出すことのできる人材が育つのではないでしょうか。

若原企業が求めておられるのは、人間としての基本的姿勢ができている学生です。人とコミュニケーションができる。文章で自分の思いが表現できる。論理的に考えられ、発表できる。勉強の習慣がついている。何事にも意欲的である。そういうことなのかなと思います。
  しかしながら、私としては、同時に、企業にとって使いものになる、社会に通用する、そういう人間を育成するだけでいいのかという思いが常に頭の片隅にあるのです。仏教をベースにする大学としては、遠心的に自己を拡大していくだけでなく、もう一つ、求心的に自己凝縮していくという方向に、内側に向かって、自分の生きる意味を極めていこうとする力を育てる教育、自分とは何かを追求する人間教育を、龍谷大学はやらないといけない。

池田そのあたりが企業の専門教育ではできないし、企業も大学でそういう教育が必要と考えていると思います。そういう教育を受けた人間こそ、環境課題を解決するための専門家として大いに働いてくれることでしょう。


龍谷大学ならではの視点をもった
世界水準の人材教育を


龍谷大学ならではの視点をもった世界水準の人材教育を

若原 道昭

若原ところで、昔と今とでは学生の学びの形が変わってきているように思います。私が学生の頃は、将来に役に立つかどうかわからないけれど、興味があるから勉強するという感じでした。今は、どこの大学でも単位を取るためにとか、必修科目だから仕方なく、という考え方が先行している感があります。
  しかし、大学は単なる物知りをつくる場所ではありません。学生に学ぶ楽しさを教え、学び心を刺激しないといけない。そのうえで、4年間でどれだけ力をつけて伸ばしてあげられるか。それが大学に求められています。

大柳したがって本学では、 大学におけるさらなる教育活動の充実を図ることを目的に、大学教育開発センターを設置し、個々の教員の授業改善にとどまらず、組織的に教育活動の向上に取り組み、魅力ある教育を学部・大学院において展開していきたいと考えています。
  物質化学科を例にとるなら、教養教育は重要とはいうものの、専門分野におけるある程度の水準は必要ということで、環境にやさしい化学を追求する「グリーンケミストリー21」を推進し、学生の学び心を刺激しています。ちなみにグリーンケミストリー21は、20003年より、教育プログラムとして本当に世界水準になっているかを審査する「日本技術者教育認定機構(JABEE)」から認定されました。
  さらに、昨年には物質化学専攻の大学院の教育プログラムもJABEEからの認定を取得。学部と大学院の両方がこの認定を受けたのは、全国の大学・大学院のなかで本学が最初です。

池田龍谷大学の物質化学科の教育が世界に通用するレベルであることを外部評価機関が認めている。着実に実績をあげられている。そのことは、学内学外にもっとアピールされてもいいのではありませんか。

若原本学の環境問題への取り組みは、文部科学省の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(GP)」にも採択されています。それらは、地域社会や国際社会に通用する環境人材教育の一環でもあります。

大柳理工学部でも、社会に貢献できる専門家の養成のために、世界をめざして活動しています。国際性を身につけるために、カリフォルニア大学デイビス校と提携して学生の交換プログラムを実施し、大学院生が留学できるメニューを用意しています。

若原世界的に活躍する人材を輩出するのは、私達がめざすものです。しかし、基本的スタンスは、仏教をベースに自分を語れる世界水準の教養をもった学生たちが、地域の企業、国際的に活躍したいという企業に入って実力を発揮できるということです。人間中心主義という意味でのヒューマニズム、合理主義だけではない、龍谷大学ならではの精神をもった学生が、地域社会に出ていくことです。

池田龍谷大学は理工学部においても、東洋の倫理観に根ざした教育を貫かれており、大学の文化のベースとなっています。それこそがJABEEやGPなど、外部機関から高い評価を得ている大きな要素なのではないでしょうか。この教育方針を継続され、根付かせ、スパイラルアップ(螺旋のように回りながらレベルがあがっていく)していく、これが龍谷大学の未来像であるような気がいたします。
  どんな知識でも実践に移すことは難しいことです。それには先達が必要です。その背中を見ることによって、人材が育っていきます。どうか、皆さんがお手本を示してください。龍谷大学の今後の活躍に大いに期待しています。

若原そのご期待にお応えするためにも、龍谷大学は本学独自の教育を展開し、持続可能な社会を実現するための環境人材教育に、より一層努めていきたいと思います。

大柳理工学部物質化学科では、これからも建学の精神を具現化させるために、仏教とグリーンケミストリーのマインドをもった世界水準の科学技術者を育ててまいりたいと思います。

若原建学の精神をベースに龍谷大学は今後どういう役割を果たすべきか。一方、ヒューマニズム、合理主義の立場をとり、世界スタンダードといわれているアメリカは、地球の未来をどう考えているのか。来る10月29日(水)に、本学創立370周年と瀬田学舎開学20周年の記念行事として、カリフォルニア大学デイビス校の学長などをお招きしての討論会を文部科学省大学院教育改革支援プログラム採択事業の一環として開催します。持続可能な社会をどうしたら実現できるかについて、日米双方の立場からアプローチするこの討論会に、多くの方々にお越しいただきたいと思います。
  本日は長時間にわたって、ありがとうございました。

 





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