滋賀県甲賀市にある児童養護施設「鹿深(かふか)の家」。ここには家庭で虐待や育児放棄を受けた53名の子ども達が入所し、職員と生活をともにしている。短期大学部社会福祉科卒業生の打田絹子さんは今年4月よりこの施設の施設長に着任した。
打田さんの人生は児童福祉とともにあった。短大を卒業して勤めた重症心身障害児施設を最初に、主婦子育て13年間の後、再び児童自立支援施設、児童相談所と定年退職するその日まで、子ども達の支援に捧げてきた。
「短大を卒業してからずっと児童福祉の仕事に携わってきて、目の回るような忙しさのなかで『定年になったら、もう一度大学へ行って好きな文学の勉強をするんだ』と思う事が日々の原動力だったんです。短大へ進学するときにも福祉科と文学部どちらにするかを迷うほど、文学が好きでしたから」
児童相談所を定年退職後、社会人編入した文学部では平家物語や蜻蛉日記などの古典文学を学び、打田さんは学ぶ楽しさに夢中になった。
「今、思い返してみても文学部にいた2年間は、私の人生でオアシスのような時期でした。仕事を離れ、自分の興味のおもむくまま学ぶ事に集中できた、かけがえのない時間でしたね」
そんななか、かつて短大で福祉を教わった教授に再会し、児童福祉の現場で感じた事をまとめてみてはと薦められる機会があった。打田さんは修士課程への進学を決意し、児童福祉をテーマに論文を執筆する。夫婦で児童に接する事の大切さや、現場で働く女性としての視点。40年間の経験から、書きたい事はいくらでもあった。
その論文の内容が高く評価され、大阪の短期大学からは非常勤講師としての誘いが、そして、鹿深の家の前施設長からは後任を打診された。
「定年退職した事で、児童福祉での自分の役割はもう終わりかなと思っていたのですが、女性としての視点を活かした施設経営と、後進の育成。このふたつについてはまだまだ自分にもできる事があるのではないかと思い、どちらも引き受ける事にしたんです」
児童福祉に携わるきっかけとなった短大、学ぶ喜びを心から感じた文学部への社会人編入、そして、ふたたび児童福祉の現状と課題について深く学び、自身の経験をまとめた修士課程。打田さんの人生の節目には、龍谷大学とそこで得た3枚の卒業証書があった。
「私にとって龍谷大学は母校というだけでは語り尽くせない場所。“心の故郷”のような存在でしょうか。そこで出会った方達や学舎の雰囲気、龍谷の全てに愛着があるんです。実は主人とも短大時代に知り合ったんですよ。今の施設での仕事が落ち着いたら、いつかまた、大好きな古典文学を学びに聴講生としてキャンパスに通う事を楽しみにしているんです」
これまで趣味などに時間やお金を使う事ができなかった自分へのご褒美として、定年退職後、沖縄県渡嘉敷島に別荘を購入したという打田さん。施設長として福祉の現場へと戻り、多忙な日々を過ごす今はなかなか行く事ができないが、「自分が心から安らげる場所があるというだけで、毎日、がんばれるんですよ」とにこやかに笑う。 |