龍谷 2009 No.68

龍谷人

大門 剛明(だいもん たけあき)さん 横溝正史ミステリ大賞、テレビ東京賞をダブル受賞。
作家への道は、大宮図書館から始まった。


作家 大門 剛明(だいもん たけあき)さん
(本名 大谷 剛史)

三重県伊勢市出身
1997年 龍谷大学文学部哲学科卒業

 龍谷大学時代、混声合唱団ラポールで伸びやかなテノールを披露する一方、瞑想にふけり、自分は何を成すべきかを考えあぐねていた青年が2009年、一躍脚光を浴びた。3作目となる推理小説『雪冤(せつえん)』が、横溝正史ミステリ大賞(角川書店主催)とテレビ東京賞をダブル受賞したのだ。
 伊勢市の自宅で迎えてくれた大門さんは、一見もの静かで控えめな印象。しかし小説の話になると、目に光が帯びた。「ここ数カ月、夢のような出来事が続いて、信じられない感じ」と語る表情には、戸惑いの中に喜びがにじむ。
 おととしの夏、初めて内田康夫賞に応募した。2次選考で落選したが、書評の励ましの言葉に自信を得て、江戸川乱歩賞に応募。これも入賞には至らなかったが、ますます意欲が湧いて3作目に挑戦。「思いがけず大賞をいただきました」。
 大学卒業後も京都にとどまり、司法試験に挑戦したこともあった。死刑とか冤罪についての論議が、十分になされていないように思えたからだ。死刑制度廃止の根拠として冤罪が持ち出されるが、死刑制度と冤罪は別々に論議されるべきものではないか。この思いを、作品中の重要人物に語らせ、その周辺にさまざまな人物設定をして問題提起をした。
 大門さんが追求するのはリアリティ。しかし、死刑がテーマだからと言って、現場を見ることは困難である。被害者や加害者の心情についても、文献を参考にしてイメージを膨らませた。「それが悔しくて、リアリティの弱さを自分の経験で補おうとしました」。
 十年余り暮らした京都を舞台に選んだ理由の一つは、そこにあった。暴漢に襲われて警察や病院でお世話になったこと、京阪電車での押し屋のアルバイト、京都での生活を支えた新聞配達。実家に帰ってからは、不安定な派遣労働も体験した。『雪冤』には、それらの経験が随所にちりばめられ、作品を現実味のあるものに仕上げている。
 学生時代に学んだことは「思考」だと言う。普段の考えを一旦止めて、別の考えを試みる。大宮学舎の図書館で静かに哲学書を読み、思考した。法哲学に興味を持ち、法学者の団藤重光氏の『死刑廃止論』に出会ったのもここ。「あの図書館の落ち着いた雰囲気が好きでした。あそこが今日に至るすべての原点なのかもしれません」。
 成すべきことが定まらず、無駄な時間を過ごしているのではないかと悩みもがいた日々も、今では貴重な財産となった。「いろんなことに興味を持ち、どんなことでもやってみよう、人がやらないことにチャレンジしてみよう」、それが、後輩たちへのメッセージ。
 受賞を機に、作家として必死で生きていこうという覚悟ができた。今は書きたい時期。どんどんアイデアが浮かんでくる。自称「散歩マニア」で、一日2時間ほど歩く。歩いていると、ふと何の脈絡もなくアイデアが浮かんでくる。「ストーリーの意外性で、読者を驚かせたい…」、そんなサービス精神も旺盛。心身ともに充実している新進気鋭の作家は、「今年中に次作が出版される予定です」と、楽しそうに笑った。

大門氏の著書『雪冤』
横溝正史の代表作にちなみ、
名探偵 金田一耕助をかたどった受賞トロフィーと
大門氏の著書『雪冤』(角川書店発行、1,575円)
『雪冤』
平成20年の京都が舞台。死刑囚となった息子の冤罪を主張する父の元に、メロスと名乗る謎の人物から時効寸前に自首したいと連絡が入り、真犯人は別にいると告白される。死刑制度と冤罪に真正面から挑み、作者の熱意が伝わってくる社会派推理小説。


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