龍谷 2010 No.70


龍谷人
 
人に対する仏さまの優しく平等なまなざしと、対話。 それを伝えたいと思っています。
  指方 恭一郎さん


指方 恭一郎さん

第3回 城山三郎経済小説大賞受賞。
僧侶であり、作家であり、認可保育園園長。
 
受賞作「海商―秀吉に挑んだ男」は  今年ダイヤモンド社から出版予定

受賞作「海商―秀吉に挑んだ男」は今年ダイヤモンド社から出版予定

 

 本名 日野真人 1961年生まれ。北九州市在住。松本清張賞候補に3度選ばれるなどの実力派作家。西教寺保育園 園長。
 1985年龍谷大学文学部仏教学科真宗学専攻を卒業。30歳の頃から執筆を始め、2010年には「海商—秀吉に挑んだ男」で、ダイヤモンド社第3回城山三郎経済小説大賞を受賞。2011年には、受賞作や書き下ろし小説3作の出版をひかえている。西本願寺の「保育資料」で童話「真也子先生」も連載中。

・「麝香ねずみ」=2003年第10回九州さが大衆文学賞佳作入選
・「首」=2004年第11回九州さが大衆文学賞大賞笹沢左保賞受賞
・「商寇一人なり」=2006年第13回松本清張賞候補
・「擾乱の花」=2007年第14回松本清張賞候補
・「閻浮堤金色」=2007年第32回歴史文学賞候補
・「臥龍」=2010年第17回松本清張賞候補
・「海商—秀吉に挑んだ男」=2010年第3回城山三郎経済小説大 賞受賞

 
大学で気づいた自分の道
 子どもの頃から本はよく読んでいました。かといって特に小説家志望だったわけではありません。それに、学生時代はそんなに真面目なほうではありませんでした。お寺を継ぐことにも抵抗があったんです。でも、龍谷大学に入ったことが御縁となりました。お寺関係の仲間がたくさんできて、一緒にやっていくことが楽しいと感じるようになったのです。この世界で生かさせていただきたい、と自然に思うようになりました。
 クラブは宗教教育部に。「これまでお寺のことを何もしてこなかったんだから、クラブ活動をするなかで覚えなさい」と、姉が薦めてくれました。そこで、子ども達に人形劇や影絵劇を見せたり、仏典童話を読み聞かせたり、また一緒にレクリェーションをやったり。子ども達と過ごすのがとても楽しいと感じる自分がいました。人形劇や影絵劇の人形を自作し、脚本もオリジナルのものを作ったりしていましたね。
 
書き手と読者の対話で世界が広がる
 卒業後は実家の寺で法務をしながら、自坊の保育園で保育士も始めました。保育士の資格を取るのにもクラブでの経験が役立ちました。
 小説を書き始めたのは30歳の頃からです。読書好きが高じての自然な行動だったかもしれません。書き始めると、「読者が欲しい」という思いが強くなり、賞に応募するようになりました。候補作に残ることができると、選考委員の先生方の選評が返ってきます。それが良い感想であれ、厳しい指摘であれ、嬉しかったですね。言葉で表現するということは、一方的なことではなくて、やり取りする世界が広がっていくことだと思うんです。「読者が欲しい」というのは、対話をしたいということ。私の方から伝えるだけじゃなくて、伝えたものに対する疑問や感想を返してもらいたい。それがたとえ厳しいものであっても受け止めたいのです。
 2004年に第11回九州さが大衆文学賞ではじめて大賞の笹沢左保賞を受賞した際のことですが、たまたま作品の下読みをしていただいていた方が大ベテランの有力編集者の方で、私に会いに来てくださいました。「どんなものを書いていますか、作品を見せてください」と。それからその方に見ていただけるようになりました。その編集者さんからは、厳しく文章について叩き込まれましたね。しかしそれから何度か候補になりましたが、受賞にまでいたりませんでした。家族には何度も落選する姿を見せてきました。ですから今回ようやく賞をいただくことができ、ほっとしました。受賞式(3月2日)で東京へ行くことを家族は楽しみにしてくれています。 今は、受賞作の出版や書き下ろし時代小説などの話も進んでいます。プロですから、たとえネタがなくても毎日何か文章を書くことを習慣にしています。気分転換は散歩ですね。保育園が終わった後、5キロぐらいを歩くようにしています。そのなかで結構いろいろ思いつくことが多いんです。
 
自宅で執筆の様子 龍谷大学在学中、宗教教育部時代の様子
自宅で執筆の様子 龍谷大学在学中、宗教教育部時代の様子
 
描くのは人間と光と影
 どのようなジャンルであっても、私が描いてゆくのは人間の光と影です。裏表と言うよりも、好むと好まざるとに関わらず抱えてしまった、生きていくことの喜び、哀しみ、つらさ。すなわち「人っていうのは、シンプルじゃないんじゃないんですか?」という問いかけです。正誤や善悪をはっきりさせることのできない部分を書いてきました。これが私の作品で一番の特徴だろうと思います。つまり、人に対する仏さまからの平等で優しいまなざしを伝えたいのです。だから、お話を書くということは、私にとっては門徒さんとの座談の延長のようなものです。作家であるより僧侶であることが先なんです。
 これから書いていく作品でも、時代から評価されなかった人間に光を当てていきたいと思っています。一般的に良く思われていないものに対して「本当にそうなのか?」という問いを発するところから書いていきたいと。そうやって、作品を使って、人と対話をしていきたいのです。
 
宗教教育部で知り合った奥様の存在も支え 宗教教育部で知り合った
奥様の存在も支え
 
●指方さんが大切にしている言葉
和顔愛語先意承問 『佛説無量壽經』勝行段に説かれております御文です。菩薩さまの、真理たる智慧に導かれて常に人々に対して「和顔愛語にして意(こころ)を先にして承問す」お姿について書かれている部分です。優しい微笑みや慈愛に満ちた言葉は、相手の本当の意を承って発されるものと聞かせていただきました。私も言葉を紡ぐにあたって、少ししかできぬのでしょうが、その先にいる読者の気持ちに、念仏者として寄り添いながら書いていきたいと願っています。

このコーナーでは、様々な方面で活躍する「龍谷人」を紹介しています。
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