龍谷 2010 No.72


専門家に聞く7 竹中 正治 今回のテーマは「賢い資産運用の秘訣」
 
経済学部 教授
たけなか まさはる
竹中 正治

●最終学歴
東京大学 経済学部経済学科卒業
●専門分野
アメリカ経済論、国際金融論
●主な著書
「外貨投資の秘訣」扶桑社 2006年11月
「ラーメン屋vsマクドナルド、エコノミストが読み解く日米の深層」新潮新書2008年9月
「今こそ知りたい資産運用のセオリー」光文社2008年12月
「なぜ人は市場に踊らされるのか?」日本経済新聞出版社2010年2月
●主な活動
日本金融学会 会員
日本国際経済学会 会員
ICCBE(International Conference of Commercial Bank Economists)会員
(財)国際通貨研究所 客員研究員
行政刷新会議特別会計ワーキンググループ(特別会計)民間有識者メンバー
竹中 正治
 
○経済学部創立50周年記念の公開講座「混迷する日本経済をどう生き抜くか」(5月〜6月、大阪梅田キャンパス)で「賢い資産運用の秘訣」というテーマで講演され、好評だったと聞きました。どのような内容を話されたのでしょうか?

 参加された方々の年齢層は大半が50歳代から60歳代でした。参加者の皆さんに「高金利の外貨債券に投資する投資信託を買ったことがある方は手を上げてください」と言うと、6割以上の方の手が上がりました。さらに「それで儲かったと思う方は手を降ろしてください」と言うと、ほとんどの方は手が上がったままです。つまり2007年夏以降の円高で損をされた方が多いわけです。
 2007年夏に米国を震源地にした金融危機が勃発し、08年9月にはリーマンショックで危機のクライマックスとなりました。この過程の危機対策で欧米諸国の金利が急激に引き下げられました。そのため、たまたま運悪く円高になったのだと考えているとしたら、とんでもない間違いです。
 実は国際的な資金の移動が自由である場合、金利の高い国の債券に投資しても、長期的には金利格差は為替変動による為替損の発生で帳消しになってしまいます。つまり為替損を含めたネットの運用利回りは、金利の低い国(日本)の同種同期間の債券(この場合は国債)に投資した場合と同じになってしまいます。これは国際金融論で「金利平価原理」として知られている為替相場に関する基本原理です。
 短期や中期の期間では、高金利通貨の為替相場が低金利通貨(日本円)に対して上昇する局面は当然あります。ところが、景気循環や時折起こるバブルとその崩壊などを経た長期では金利平価原理が成り立つと考えられます。
 私は円高になってから後講釈でこのように語っているのではありません。1ドルが120円近辺で円安だった2006年10月に「外貨投資の秘訣」(扶桑社)を出版し、そのなかで「今の円相場は明らかに円安に行き過ぎであり、いずれ大幅な円高への戻りがやって来る。だから今の円安相場で外貨投資してはいけない。すれば高い確率で損になる」と強調しました。以来一貫して著書や講演で国際金融論の基本原理に基づいて、なぜそうなるのかを説いてきました。
 
○「円は超低金利で、しかも日本経済は少子高齢化で長期低成長だから、円安傾向が続く。したがって高金利の外貨投資の方が有利だ」と聞いていましたが、そうではないということですか?

 それは長期のデータに基づいて検証すれば根拠がないと直ぐにわかる、全くのトンデモ論です。真実はこういうことです。趨勢的な高金利通貨はインフレ率も高い。長期にわたってインフレ率が高いということは通貨の購買力が低下するということです。為替相場とは2種類の通貨の交換レートです。したがって購買力の低下幅がより大きい通貨の相場は、低インフレで低金利の通貨に対して長期的には下落するわけです。
 ただし金利差に誘因されて投資家の資金が低金利通貨から高金利通貨にシフトし、高金利通貨が短期的、あるいは中期的(1年〜5年程度)に上昇する局面があります。2005年から07年前半までの円安・外貨高相場はそういう局面の一例だったのです。
 具体的な数字で示すと、例えば1990年から2010年までの期間、日米の金利格差は10年物国債利回りで見ると、米国が日本よりも2・84%高かった。ところが同じ期間にドル円相場は年率平均で2・80%ドルが下落していますので、金利差は為替損で帳消しになっています。
 また主要諸国の対ドル相場の変化と当該国の米国との実質GDP成長率の格差の長期データをとって、両者の相関関係を計算すると、ほとんど相関関係は見られません。つまり「日本経済は長期低成長→円安」という関係も根拠がないトンデモ論です。
経済学部50周年記念公開講座で講演する竹中教授 経済学部50周年記念公開講座で講演する竹中教授
ドル円購買力平価と実勢相場
 
○そうすると長期的な為替相場とはどういう要因で決まるのでしょうか?

  申し上げたとおり、「通貨の価値」とはその通貨でどれだけの商品が買えるか、つまり購買力です。したがって長期的には2通貨の購買力の変化で為替相場は決まる。これは「購買力平価原理」と呼ばれています。(末尾、公益財団国際通貨研究所のサイトを参照)
 しかも資金の移動が自由な先進諸国間では、実質金利は趨勢的には同じ水準に収斂する傾向が見られます。名目金利=インフレ率+実質金利ですから、諸国の趨勢的な実質金利が長期的には同じになるという条件の下では、名目金利格差=インフレ率格差となるので、金利平価原理と購買力平価原理は同じ結果になります。
 
○最後のところがちょっと難しいのですが・・・、それでは海外投資は無駄ということになるのでしょうか?

 いいえ、正反対です。日本が長期低成長で、しかも為替相場がやや円高に行き過ぎている今の局面で日本の投資家の海外投資は、投資家自身にとっても、日本のマクロ経済にとっても望ましいものだと思います。問題は、日本の投資家の外貨投資は債券投資に傾斜し過ぎていることです。既に述べたように債券の内外金利格差は、長期的には為替相場の変化によって帳消しになります。
 しかし海外株式に長期・分散投資してきた場合は全く異なる結果が出ています。具体的には、例えば米国の代表的な株価指数S&P500に過去30年間投資していれば、株価の上昇は年率10・3%。ITバブルの崩壊と今回の金融危機の2度の暴落があった過去20年間でも年率6・7%でした。さらにこれに年率2%程度の配当利回りがつくので、ドルベースの総合利回りは12・3%(過去20年間)、8・7%(過去30年間)となります。同じ時期のドル円相場の年平均下落率は3%前後ですから、米国の株式に長期分散投資していれば、為替損を大きく上回る投資リターンが得られたことになります。
 日本の投資家は、名目の金利差に幻惑されて、わざわざ長期的な投資リターンが低くなる海外債券投資に傾斜してきた結果、莫大な期待利益を失ってきたのです。
 
○海外株式というのは企業の銘柄選びが、個人投資家には難しいと思いますが。

 企業分析専門のアナリストを使って銘柄選定をしても、株式市場全体の投資リターンを超える実績を継続的に上げることは困難であることが、各種の実証研究で示されています。ですから、個人投資家は銘柄選びよりも、市場全体の投資リターンに連動する株価指数インデックス・ファンド中心に投資をした方が効率的だと思います。
 さらに好況が続いて株価が高騰している時は売って債券を買う、反対に不況で株価が下落している時は債券を売って株を買い増す。こういうポートフォリオの調整ができれば、長期的に投資リターンを向上させることができるでしょう。企業分析は難しくても、今が不況か、好況か、あるいはその中間か、これは新聞の経済面を読んでいれば個人投資家でもわかることですからね。
 しかも今日では、個人投資家の小口資金でも極めて低い手数料で効率的に海外株式に分散投資ができるETF(Exchange Traded Funds)を東京証券取引所が上場しています(末尾、東証のサイト「ETFスクエア」参照)。証券会社や銀行の窓口で買える投資信託にも、海外の株式に分散投資するものが何種類もありますが、手数料が割高のものが多く、お勧めできません。

(公益財団)国際通貨研究所ホームページ、購買力平価図
http://www.iima.or.jp/research_gaibu.html

東京証券取引所ホームページ、ETF・ETNスクエア
http://www.tse.or.jp/rules/etf/esquare.html


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