平家の栄華と没落を描き、「祇園精舎の鐘の声…」で知られる『平家物語』は中世前期に成立して以来、広く愛読され、語り継がれてきた日本文学を代表する作品である。後世への影響も大きく、同じジャンルの軍記物語をはじめ諸作品に影響を与えている。
その原作者については多くの説があり、最古のものは吉田兼好の『徒然草』のなかに、信濃前司行長なる人物が作者であると記されている。行長は、鎌倉時代初期、関白・九条兼実に仕えていた家司ではないかと推定される。
『平家物語』のテーマは、冒頭からも読み取ることができる。すなわち「諸行無常」、一切のものは移り変わり、常なるものはない。「盛者必衰」、大きな権力を手にしても、いつかは必ず滅びる。そういう思想の象徴として、平清盛が登場する。おごり高ぶり、悪行の末に「ただ春の夜の夢のごとし」と滅んだ、それが清盛であり、平家である。
原作はすでにないが、書写された多くの諸本が現存。大きくは盲目の琵琶法師が琵琶をかき鳴らしながら語るときの台本となる「語り本系」と、読み物として語り本系よりも分量の多い「読み本系」の二系統に分かれる。さらに語り本系統の諸本は流派の別から、一方流諸本と八坂流諸本とに区別される。
龍谷大学大宮図書館の写字台文庫に収められている『平家物語』(龍谷大学本)は、語り本系一方流の覚一本である。覚一本は南北朝期の代表的な琵琶法師・覚一が1371年(応安4年)、当流の証本として書き遺した伝本であり、奥書に覚一という署名が見える。
龍谷大学本は藍表紙の袋綴本十二冊で料紙は楮紙、大きさは縦28cm、横22.5cm。本文は漢字・平仮名を用いて書写されており、わずかではあるが書写時の脱落等を墨筆(本文と同筆か)で補入している。
なお、龍谷大学本には、同じ覚一系の高野本(東京大学国語研究室蔵)にある「祇王の巻」と「小宰相の巻」がない。その理由としては、同本が最古の覚一本であり、二つの巻は後から創り出されて付加されたと推測される。
このことからも、龍谷大学本は覚一系のなかでも最も古い写本として重視されてきた。加えて文学的にも完成された伝本と言われ、日本古典文学大系本『平家物語(上下巻)』(岩波書店)の底本として使用されている。
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