仏教説話が広く庶民に伝播した歴史のなかで重要な役割を果たした「絵解き」。厳粛な宗教空間のなかで、心静かに向き合うためのものと考えられがちな仏教絵画だが、絵解きには大衆の娯楽としてのちの芸能文化へとつながる要素もあった。本展では、絵解きにまつわる多くの作品や資料の展示を通じて、仏教伝来以降に絵解きが果たした役割から、現代に息づく絵解き文化までをも伝える。
幼い頃、いたずらをして「そんなことをするとバチが当たるよ!」と叱られた経験がある方も少なくないはず。かつて、人々の暮らしのなかに仏教の教えが浸透していたことを象徴する風景だ。
仏教誕生の物語や、その教えから生まれた説話の数々は様々な文物によって残され、受け継がれてきた。しかし、その多くは貴族や知識層に向けた難解な経典や曼荼羅など。その内容は庶民に対してはどのように語り継がれてきたのだろうか。
「その方法の一つが絵解きなんです」と話すのは本展の主担当である石川知彦教授だ。
絵解きとは、仏教絵画を用いた布教活動のこと。僧侶らが寺院や路上などで仏画を広げ、その内容を民衆に向けて説いたこともあった。
「現代に例えるなら紙芝居が近いでしょうか。近世から中世にかけて発展した絵解きの文化は、布教を目的としながらも、エンターテイメント性の高い内容でもあったんです」
娯楽の少ない時代、絵解きは庶民の楽しみであり、仏教がその歴史のなかで紡いできた物語を知るメディアでもあった。絵解き師達は寺社の縁起絵や、おどろおどろしい地獄絵などを前にして工夫を凝らした語り口で解説し、笑いや涙に満ちた芸能に発展させた。
中世以降、絵解きに使われた仏画の多くは、通常よりも大きな画面に色鮮やかな色彩で描かれている。これは、できるだけ多くの聴衆が遠目からでもはっきりと内容が理解できるようにと考えられたもの。絵解きには、よりわかりやすく、聴衆を絵語りの世界へと引き込むためのアイデアが随所に盛り込まれている。
「絵解きに使われていた『説話画』は、祈りの対象として描かれた『礼拝画』とは異なり、道具としての意味合いが強かったのでしょう。荘厳さと同等に楽しさや、使いやすさを優先したのだと考えられます。本紙には絹ではなく紙が用いられた作品もあります。保存や移動の際には折り畳んでいたようですが、これも通常の仏画の扱いでは考えられないことです」
「絵解きは、仏画の歴史そのもの」と石川教授は語る。
「絵解きが文化として日本に根付いたのは室町時代以降ですが、それ以前にも、仏教の教えをあらわす絵画や彫刻には全て『絵解き的』な解説行為が伴っていたと考えられます。絵解きを切り口として仏画の変遷も感じてもらえるはずです」
本展では、ガンダーラの仏教遺跡から出土した石造レリーフや壁画なども、絵語りを今に伝える資料として展示される。
「絵解きを知ることは、仏教を語り継いできた人々の歴史を知ること。本展を通して、仏教の教えから日常生活の規範を学んでいたかつての日本人の暮らしを思い出してもらえればうれしいですね」
「絵解きの魅力は、なんといっても絵解き師と聴衆が生み出す独得の臨場感ですね」と話すのは、リサーチ・アシスタントの村松加奈子さんだ。仏画を研究する村松さんは、自らも絵解きをおこなう「絵解き師」でもある。
「絵解きには決まったスタイルがなく、その語り口は地域や絵解き師ごとにまったく異なります。歌うような口調や、まるで童話を読み聞かせるような型もあります。会期中には現代の絵解き師の方々による実演もありますので、それぞれの違いや語り口の面白さをぜひ体験していただきたいですね」
例えば、聖徳太子の絵伝には、誕生から亡くなるまで、さらに前世や太子一族の滅亡まで、膨大な物語が織り込まれている。絵解き師は、聴衆を退屈させずに物語へと引き込むため、一度に話す場面を限定し、その続きが気になるような工夫もしていた。
ときには音曲をも伴った絵解きには、芸能文化との関わりもある。能楽や人形浄瑠璃の題材として知られる安珍・清姫伝説の舞台となった道成寺(和歌山県)には、現在もその物語を絵解きで語る伝統が生き続いている。
また、注目すべきは絵解きに使われた絵画の躍動感溢れる人物描写だ。楽しい場面はコミカルに、恐ろしい場面は凄惨にと、いずれも登場人物は喜怒哀楽豊かに魅力的な表情で描かれている。
「仏画といえば難しいイメージがあるかもしれませんが、本来、絵解きは誰にでもわかりやすく楽しめるように工夫されています。小さなお子さんでも楽しんでもらえる内容ですので、本展では、絵画の細部にまで注目していただいて、どのような内容が描かれているのかをじっくりと観ていただきたいですね」
実演!現代の絵解き師たち
●毎週土曜日に実施
絵解き実演映像の上映
3階ミュージアムシアターにて常時上映
●10月14日、11月18日を除く毎週日曜日に実施