客観的事実と理論で、いかに大きな権威を壊すか
それが科学だ

教員NOW
理工学部環境ソリューション工学科准教授
近藤 倫生 KONDO, Michio

●最終学歴
京都大学理学研究科・博士(理学)
●専門分野
群集生態学、理論生態学
●主な活動
「シリーズ群集生態学(京大出版)全6巻」責任編集
日本生態学会第8回宮地賞、日本数理生物学会第4回研究奨励賞、
米国数理生物学会・日本数理生物学会Akira Okubo Prize 2011受賞
日本生態学会・数理生物学会・個体群生態学会などに所属

自然のバランスが保たれている
仕組みを、世界で初めて解明

自然界には多種多様な生物がいるが、どのようにして自然のバランスが保たれているのだろうか。近藤倫生准教授を代表者とする研究グループは、この未解決かつ困難な課題に挑戦。様々な生物種間にある敵対関係や協力関係などが複雑に混ざり合うことで自然のバランスが保たれていることを、世界で初めて理論的に明らかにした。

自然のバランスに関する過去の研究としては、1972年に理論生態学の権威であるロバート・メイが「生態系は複雑になればなるほど不安定になる」という理論解析結果を報告している。しかしこの理論予測は、複雑な自然生態が実際には存在している現状と矛盾するものであり、生物多様性の維持を促進する仕組みの解明が待たれていた。

そこで近藤准教授らは、40年間も置き去りにされていたロバート・メイの理論予測を、数理モデルを使って覆し、大きな疑問に答えを出したのだった。

数理モデルとは、現実の世界で起きる様々な問題を方程式などの形で表現するものであり、研究対象の特徴などを抽出し、それを備えた数学的なモデル(模型)を使って研究・解析していく。近藤准教授はこの数理モデルを用いた理論研究のスペシャリスト。これまでにも数理モデルを使って、いくつもの理論研究に成果を上げてきた。

なぜ今回、自然のバランスが保たれる仕組みを突き止めようとしたのか。近藤准教授はその要因について、「この仕組みがわかれば、世界的に問題となっている生物の多様性を維持するための新しい方策や技術の開発が可能になるかもしれないと考えたからです」。それは、学術的な研究成果のみならず、地球環境の問題を視野に入れた研究であった。

近藤准教授らの論文は、今年7月発行の米国科学誌『Science』に掲載されたのをはじめ、日本においても新聞各紙で紹介され、注目を集めている。

科学とは自己表現だ

「科学研究というのは自己表現だ」、これが近藤准教授の信念だ。だから、授業や卒業研究の指導のなかで、学生達にこう話す。「本当にやりたいことをやって主張しなさい」。学生達の多くは高校までの授業のなかで、「科学というのは誰かの立てた理論を覚える学問だ」というふうに誤解している。ところが、科学は全く逆の方向で進むものだ。

「今回僕が新しい発見をしたように、客観的事実と理論で大きな権威を壊す。疑問に思ったら、徹底的に追求して定説を覆す。学生達にも、そんな科学のおもしろさや魅力に気づいてほしい」。そう語る眼鏡の奥の、まなざしが熱い。

近藤准教授にとって学生達とのコミュニケーションは、自らの研究を進める上でも欠かせないものとなっている。なぜなら、興味のある授業なら学生達はじっと聞き入る。つまらなければ寝る。おもしろいほど正直に反応が返ってくる。また学生達は、権威ある理論を熟知していないがゆえに、思いがけない発想をすることがある。それが新鮮で興味深い。「こんな考え方があるんだ、って刺激されます」

探求心旺盛な近藤准教授は、同じ場所にはいられない。心はいつも先を見ている。「次にやりたいこと?あえて一つを挙げるとすれば、生物群集と生態系生態学、この二つの分野を結ぶような研究をして、両者の隙間を埋めてみたい」。さらりと言ってのけるが、門外漢にはその中身を理解することはおろか、想像さえ難しい。すると、さも楽しそうに「これは僕の科学者としての自己主張」とつぶやいてから、諭すような優しい口調でこう言ってくれた。「自然科学をやることの意義は、世界の見方を変えることです。次の研究でどんな世界が見えるようになるか、楽しみにしておいてください」。その言葉は、何かいいことが起こりそうなワクワクした気持ちにさせた。

人間の幸せをめざして
視線の先に未来を見つめる

理論研究こそが唯一の自己表現であり、自分を満足させてくれるもの―そう考え、邁進してきた近藤准教授。ところが最近、心のなかに小さな変化が起きているという。

「長年にわたって理論研究に力を注いできましたが、そのアプローチ法に限界も感じています。なぜなら理論が精緻化し過ぎて、実証研究とのつながりが悪くなっている。そこで一旦、理論研究は置いておいて、これまでとは全く違うアプローチをすることで、新しい生態学の枠組みを作ろうと考えています」

この微妙な心の変化の理由は、近藤准教授が科学者のあり方を語った言葉と重ね合わせると理解できる気がした。すなわち、「科学者とは、ただ好きなことを研究すればよいというものではありません。どういう生態系を作ったら人間が幸せになれるのかを考えなければならないのです。そして人間が幸せになるということは、人間以外の生物にも幸せであってほしいということだと思うのです」

近藤准教授が数理モデルで理論を考えてきた究極の目的は、ここにあった。そして、その目的に近づこうとするからこそ、より現実に即した生態学の枠組みの必要性を感じているのではないだろうか。そう考えると、ノートに走り書きされた不可解な数式や記号さえ、どこか親しみを持って眺めることができる。

「本学では2015年に農学部(仮称)が設置される予定です。そうしたら僕の研究も複合的なジョイントができそうです」。次々と思い描く研究テーマは、ほかの学部とも連携したスケールの大きなものになっていく。

近藤准教授の視線の向こうには、きっと科学の豊かな未来があるはずだ。2年後、3年後、そしてそのずっと先、私達はどんな世界にいるのだろう。