広報誌「龍谷」

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創業294年の老舗・酢屋 千本銘木商会を継ぐ中川典子氏。女性で初めての「銘木師」。木とともに生きる中川氏が、赤松学長と語り合った。

いただいた命を養って生かす

中川 典子 なかがわ のりこ  銘木師。

赤松:経済主体のグローバル化が加速するなか、効率や合理性が重視されがちです。しかし現代人は「長い目で見る」ことの大切さを見失っていないでしょうか。木を育てて生かす銘木師として、どうご覧になっていますか。

中川:林業は100年単位の仕事で、祖父の植えた木が孫の代で日の目を見るといわれます。また、銘木屋の仕事も伐ってすぐには使えません。木はよく乾かす必要があるからです。その乾かす期間を「養生」と言います。現代では、機械化して人工乾燥で早めることもできますが、どうしても色が損なわれます。やはり自然乾燥がよく、とくに銘木はよい環境でゆっくり自然乾燥させてあげたい。それには3〜5年の歳月が必要です。この「養って生かす」時間を待つことが、今の経済の流れではなかなか難しいのが実情です。


赤松:大学の人財育成にも通じます。大学で学ぶ数年は人生の「養生」にあたる大事な時期。促成栽培的な観点を離れ、長いスパンで一人ひとりの人間としての成長過程を見守ることが必要だと思います。本学も10年計画での大学ビジョンを見据えて龍谷大学ラーニングコモンズを開設して、自主的な学びやアクションが育つ環境づくりをめざしています。そのなかで、ときにはあえて手を出さずに見守り続けることも、学生が自ら育つ力を養う大事な智慧だと考えています。

中川:「銘木屋は木の命をいただく仕事」と申します。木の命をいただくということは、自らが問われることでもあります。この木の第二の人生をつくるのは自分だという使命感、責任感があります。酢屋・千本銘木の仕事は爪楊枝から文化財まで幅広いのですが、どれも木の命をいただいていることに変わりはありません。銘木屋という職種は日本特有です。日本には「もったいない」という始末の精神があり、一本の杉からきれいな杉板を取るだけでなく、皮は杉皮張りに、端の白木はお箸に、端材は薪にと、余さず木を生かします。それが日本人の木とのつき合い方です。木取り一つで木味は変わります。数寄屋の名工で恩師の故・木下孝一棟梁は、よくそれを「五感で感じろ」と言われました。まず年輪と木目を見ろ、次に匂いを嗅げ、製材するときの挽く音を聴き、手で木肌に触れて、そうして木味を知れと。

赤松:合理化・デジタル化が進むなか、そのように感じるべき「五感」が劣化しているかもしれません。仏教の根本は「人間とは何か」という基本的な問いで、仏教ではよく「いただいた命」という言い方をします。今後は、そういうことをもう一度真剣に考えることが大切な時代になっているのではないでしょうか。

中川:木の仕事をしていると、ときに人知を超えた大きな流れを肌で感じる瞬間があります。今は成果主義の世ですが、木はどれだけ手塩にかけて育てても大雪で折れたり鹿や熊に傷つけられることがあります。自然の無常と偉大さ、対する人間の小ささを痛感して、謙虚にならずにはいられません。ですが、折れたら折れたなりに、そこからどう第二の人生を生かしてあげられるかと考え、手を尽くします。私達は100年生きた木には100年生きたことへの敬意をもって接します。自然への畏敬の念を持っているから。

広報誌「龍谷」2016 No.81(Ryukoku University Digital Libraryへ)


「個」だけでなく「群」を見て農業の可能性を探る

「個」だけでなく「群」を見て農業の可能性を探る

学術的知見が土の体験を「農学」にする

農学部ができて1年。意欲あふれる1期生400名は、この1年、何をどんなふうに吸収してきたのか。新学部初年度の学びの現場を大門弘幸教授に聞いた。

作物学を専門とする大門教授が担当する授業の一つに「植物栽培の考え方」がある。農学は、広く自然科学から社会科学におよぶ学際的で複合的な学問だ。そのなかで、植物の価値を農学的特性から評価し、栽培技術そのものの考え方や技術の背景にある学術的基盤について知るのがこの授業だ。「高い関心と志をもって入学してきた新入生が、1年目の前期から専門科目に入っていけるのは本学農学部の魅力の一つ」。とはいえ、様々な学生がいる。土にも不慣れな都会育ちの18歳から、家業などで農業経験のある学生まで。どんな状況の学生にも新鮮で有意義な学びが得られるよう、個々の授業はもちろん、カリキュラム自体に工夫がある。


ブラジル南部のパラナ州で、コムギの不耕起栽培について圃場を視察

なかでもユニークな科目が「食の循環実習」と「食と農の倫理」だ。ともに農学部全員必修。1年目後期の「食の循環実習Ⅰ」では、農作物の栽培にはじまり、収穫、加工、流通にいたる全サイクルを、実際に経験しながら学ぶ。土壌のメカニズムから、イネ、ムギ、ダイズなどの栽培法、実際の作付け、除草、収穫にとどまらず、食品加工や試食会、地域の農業生産者や市場関係者との論議まで。4学科混成の6人チームで意見を交わしながら進め、13人の教員がタッグを組んで指導にあたった。近年、農林水産省などが6次産業化の推進に意欲的だが、「農学・農業にとって、やはり生産現場は大事です」と大門教授。同時に「農学部の実習として、学術的な知見と体験の相互連関が不可欠」とも。品種改良からフードビジネスまで。遺伝子から生態系まで。多様な出会いと経験を通して、複雑な課題にひるまず向き合う学識と勇気が磨かれていく。

広報誌「龍谷」2016 No.81(Ryukoku University Digital Libraryへ)


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海を越えたフィールドワーク東アジア環境政策の希望を探りたい

日中両国で地域に根ざした実地調査

自然環境も大事にしたいし、地域の発展も望みたい。一見、二者択一とも思える現代のジレンマだ。そこに新たな価値観を見出し、どちらも叶える第三の道を探るチャレンジが、政策学部でおこなわれている。その一つが、谷垣岳人講師と金紅実准教授による通年科目「政策実践・探究演習(海外)」である。通称を南京PBL(Project Based Learning)という。

金紅実准教授(左より二人目)、谷垣岳人講師(右より二人目)とプロジェクトに参加した学生達

政策学部では、5年前の学部開設以来、国内各地でフィールドワークを重ね、政策実践・探究型の演習を展開してきた。そこで培った経験や手法を海外とも共有し、東アジアの環境問題に取り組んでいこうと、環境経済学が専門で中国出身の金先生と生態学の谷垣先生がタッグを組み、社会科学と自然科学を融合する分野横断型の実践プロジェクトを立ち上げた。2014年に産声を上げ、2015年に早くも単位科目化したのは、両先生の熱意と学生らの奮闘のたまものだ。

「このプロジェクトの特色は、実践のなかで課題探究をおこなうことに加え、相互訪問型の国際交流プログラムを軸としているところ」と金先生。龍谷大学の学生と中国・南京大学金陵学院の学生が共同でフィールドワークをおこなう。調査地域は、日本の京丹後市大宮町と、中国の南京市および徐州市・藩安湖。日中で互いの国を相互訪問し、共通のテーマで実地調査や聞き取り・リサーチをおこなう。どちらにとってもカルチャーショックは大きい。その驚きを共有することが、互いの価値観を揺さぶる得難い経験になっている。

里山の活動でも知られる谷垣先生は「里山や農耕地などの自然環境を地域のリソース(資源)ととらえ、どう利活用すれば、経済的にも社会的にも環境的にも持続的に共存・共生していけるのかを探る取り組み。異なる地域を重ねることで見えてくる本質や各地域の特色を希望につなげたい」と語る。


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広報誌「龍谷」2015 No.81 最新号

広報誌「龍谷」2016 No.81

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