龍谷大学

新連載!! 万城目学さん書き下ろしエッセイ

京都の自転車

 人間、一生のうちに自転車に乗っている時間というものは、結構ありそうに思えて、実はそれほどないもので、もしも田舎に住ん でいたら、自転車より車だろうし、都会に住んでいたら、最近は駅前に自転車を停めるスペースがないので意外と乗る機会がない。 働き始めると自転車で通えるところに会社はないし、年を取ったら、乗ること自体を止められる。

 それに対し、京都の学生にとって、自転車はいわば三本目の我が足である。

 もしも、京都の学生から自転車を取り上げたら、街の自動販売機の数が増えると思う。歩きだけの移動となると、真夏の京都はあ まりに人体にとって危険だからだ。何より頻繁な水分の補給が急務になる。

 彼らはどんなところへも自転車で行く。

 大学に入学して間もない頃、はじめて大原にクラス合宿で行ったとき、数百円のバス代金がもったいないから、と自転車で大原を目指す肉体派が現れた。だいたい同じ時刻に大学の時計台前を出発したのに、どういう訳か大原に先に到着したのは彼らだった。未だにバスから降り立つや視界に飛びこんできた、ママチャリを脇に置いた彼らの誇らしい顔が忘れられない。

 当時、百万遍周辺に住んでいた私が、自転車で訪れた最も離れた場所は、金閣寺か、西院の自動車教習所だっただろうか。金閣寺へは、これも入学してひと月経たぬ頃、「何となく市内地図の左上にあったような」という記憶だけを頼りに、下宿を出発した。そのまま、いつの間にか目的地に到着してしまうことが、京都のすばらしいところなのだが、途中、御所の西、室町通あたりの細かく碁盤の目に区切られた町並みを突き抜けたとき、一件の和菓子屋の前を通り過ぎた。

 いかにも老舗の風格漂う店構えに、幼少の頃から、和菓子大好きっ子だった私のアンテナが猛烈に反応した。ここは絶対においしいはず、と確信した。必ず帰りに寄って、お土産に買って帰ろうと決めた。

 しかし、漫然と道を選択したツケか、帰り道、私は同じ店の前を通ることができなかった。あの迷路のような室町通界隈をその後、京都にいた五年間、何度も自転車で漕ぎ回ったのに、二度と同じ店構えを目にすることはなかった。

 大学を卒業して、もう十年が経つ。

 京都において一生分の自転車に乗った、という自負があるが、あの和菓子屋をふたたび「漫然と自転車を漕ぐ状況」で見つけられなかったことは、かつての自転車乗りとしていまだに悔やまれてならない一件である。


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