第56回国民体育大会冬季大会スケート競技会(2001/山梨県)選手として最後の試合
兵庫県選手団を代表し旗手を務めた
国際審判員という目標、スキルアップしていくことで日本のフィギュア界に貢献したい
山井さんはフィギュアスケート界でどのような関わりをされているのでしょうか?
フィギュアスケートの世界では、選手を引退すると、プロとして続けていく人、インストラクターとして直接指導する人、仕事の傍ら審判員として支援する人と、大きく進路が分かれます。私の場合は、財団法人日本スケート連盟の公認審判員として活動を始めました。また、兵庫県の国体選手であった経緯もあり、兵庫県国体代表の監督もさせていただいております。
前列右側が選手時代の山井さん。
監督業とは具体的にどのようなものなのですか?
実質的にマネージャーのような仕事になります。
各部門の監督の多くが40代〜50代ですので、私の役割は他の監督と若い世代の選手の間に立ち、双方の立場にたって考え、フォローをしてゆくというようなクッション的な立場にあります。引退してから日が浅いので、国体前の3ヶ月ほどは定期的に私も氷に立ち実技を見せながら選手達に演技指導をすることもあります。
県の代表選手から国体監督という立場に代わり冬季国体に毎年参加されていますが心境の変化はありましたか?
今でこそ監督の仕事にも慣れましたが、初めは右も左もわからず苦労しました。選手とは全く立場が違いますから。実際、自分が裏方として活動する事で、陰で多くの方々の支えがあったからこそ、選手としてスケートを続けてこれたのだという事を痛感しました。
夢をつかむ為には今しかない!
国際審判員になるという目標を山井さんはお持ちですが、それはどれくらい大変なものなのですか?
国際審判員になるためには、専門的知識だけでなく、国内での審判員としてのキャリアも必要になってきますので、最低でもあと十数年はかかると思います。現在日本には千人程度の審判員がいる中で、国際審判員になれるのはごく限られた人数だけです。
国際スケート連盟規定が書かれた冊子。
長い道のりに挑戦しようとされているのですね。その意欲はどこから沸いてくるのでしょうか?
自分自身の性格的なものもありますが、小さい頃から「結果より過程が大切。常に悔いのない人生を送りなさい」という家族の励ましがあったからだと思います。選手時代にもドクターストップを告げられていたにも関わらず、怪我を押して大会に出場したことがありました。それは、その時にしか得られないものがあったからです。これは、競技に限らず、勉学にも、仕事にも、すべてに言えていることだと思います。それゆえに、何事にも積極的になれるのだと思います。
最後に何か伝えたいことはありますか?
社会に出ると、チャンスの波はそんなにやってきません。「思い立ったが吉日」ということわざがあります。突然の大学再入学の話に周囲を驚かせた私ではありますが、「夢をつかむ為には今しかない!」と思い、即行動におこした結果、今は夢に向かい充実した日々を送っています。現状を変えるには大きなエネルギーと強い意志を要しますが、学生の皆さんも、将来大きなチャンスがきた時は臆することなく挑戦してみて欲しいです。もし夢が実現しなかったり失敗に終わってしまったとしても、その経験は絶対無駄にはなりませんから。
ありがとうございました。
これからの山井さんの活躍を念じております。フィギュアスケートのために貢献するとともに、充実した学生生活を送ってください。(了)
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