学長法話

10月の法話 2009年10月5日(月)/瀬田樹心館


みなさんも今朝も食事を摂られて、通学、出勤されてきたことと思います。食事の際に唱える「食前のことば」「食後のことば」がありますけれども、西本願寺ではこの「食事のことば」を新しく改訂するという検討がなされています。

「食事のことば」というのは、日常生活の中で私たちが身近に仏教の教えに触れるご縁の一つとして大切にされています。現在の「食事のことば」は1958年に制定されてからすでに50年が経っています。それでもっと現代社会の意識を勘案し、また従来の「食事のことば」が誤解を招きそうな危惧があることなどによって、改訂の検討が始まったようです。

「食事のことば」はもともと「対食偈(たいじきのげ)」と称したものから始まっています。本願寺でそもそも「対食偈」がいつから始まったかと言いますと、1740年前後と言われています

今年370周年を迎える龍谷大学の源流は、本願寺の僧侶の教育機関である学寮でした。発足当初、この学寮での講義は古代インドの釈尊の僧団――「サンガ」と呼ばれます――において行なわれていた夏安居(げあんご)の伝統を承けて、学僧が毎年全国から集まって4月15日に始まり、90日間の授業が行なわれて7月15日の盂蘭盆の時期に終了し、そして学んだことをそれぞれの国に帰って実践していきました。そしてまた翌年の4月15日から集まって90日間の講義を受けて帰るという制度を基本としておりました。

この安居は現在でも毎年7月に行なわれています。今年も7月17日から30日までの2週間、大宮本館で行なわれました。これは本願寺の行事ですけれども、場所は本学の大宮本館で開かれております。これが龍谷大学の原型となったわけです。

そして、この安居の際に講師を務められたのが、学頭でもあります「能化(のうけ)」と呼ばれる方でありました。「能化」というのは「能(よ)く化するもの」という意味だそうです。逆に学僧は「所化(しょけ)」と呼ばれました。これは「化される所のもの」という意味です。

この「能化」は、一度就任すれば終身務められるものであったそうです。この制度自体は1801年まで続きました。それ以降は「能化」を置かずに複数の「勧学(かんがく)」が交代で講師を務め、期間も通年で行なわれるようになったそうであります。

少し前置きが長くなりましたけれども、その「能化」が置かれていました168年間の間、1736年に第4代の能化となられたのが日溪法霖(にっけいほうりん/1693~1741)という方でした。

肖像画を拝見すると、この方は頭に手を当てた格好で描かれております。逸話によりますと、この方は大変に記憶力が優れ、頭に指を当てると、立ちどころにどんなお経でもすらすらと出てきたという、それほどの記憶力の持ち主だったといわれておりますが、この法霖という方が初めて「対食偈」を定められたといわれています。これは漢文の偈文ですが紹介いたしますと、

粒粒皆是檀信 (粒々みなこれ檀信)
滴滴悉是檀波 (滴滴悉くこれ檀波)
非士農非工商 (士農に非ず工商に非ず)
無勢力無産業 (勢力なく産業なし)
自非福田衣力 (福田衣〔袈裟〕の力に非るよりんば)
安有得此飯食 (安んぞこの飯食〔ぼんじき〕を得ることあらんや)
慎莫問味横淡 (慎んで味の濃淡を問うことなかれ)
慎莫論品多少 (慎んで品の多少を論ずることなかれ)
此是保命薬餅 (此はこれ保命の薬餅〔やくぢ〕なり)
療飢与渇則足 (飢と渇とを療すれば則ち足る)
若起不足想念 (若し不足の想念を起さば)
化為鉄丸鋼汁 (化して鉄丸鋼汁とならん)
若不知食来由 (若し食の来由を知らずんば)
如堕負重牛馬 (重きを負える牛馬に堕す如し)
寄語勧諸行者 (語を寄せて諸の行者に勧む)
食時須作此言 (食するときすべからく此の言をなすべし)
願以此飯食力 (願わくば此の飯食の力を以て)
長養我色相身 (我が色相〔しきそう〕の身を長養し)
上為法門干城 (上は法門の干城〔かんじょう〕となり)
下為苦海津筏 (下は苦海の津筏〔しんばつ〕となって)
普教化諸衆生 (普く諸の衆生を教化し)
共往生安楽国 (共に安楽国に往生せん)

という大変長いものであります

浄土真宗では、他宗のように食事を一つの修行と捉える考え方はありません。しかし「食に感謝し、食によって与えられた力をもって仏恩報謝に努める」というのが、この「対食偈」にも述べられております。

後にこの「対食偈」に替えて西本願寺で制定された「対食の詞(ことば)」があります。これは年配の方々は聞き覚えがあるかもしれません。私も小さいころはこの言葉を一緒に唱えておりました。

「食前のことば」
われ今幸いに、仏祖の加護と衆生の恩恵とにより、この美(うるわ)しき食をうく。
つつしみて食の来由(らいゆ)を尋ねて味の濃淡を問わじ。
つつしみて食の功徳を念じて品の多少を選ばし。
戴きます。

というものです。「味の濃淡を問わじ」――味が美味しいとか不味いとかは言いません。「品の多少を選ばじ」――品数が多いとか、少ないとか言いません。私にとっては、ここの部分が最も心に残っておりました。

そして「食後のことば」は、こういうものです。

われ今、この美わしき食を終りて、心ゆたかに力身に充つ。
願わくは、この心身をささげて、おのが業にいそしみ、誓って四恩に報い奉らん。
ご馳走さま。

というものであります。どちらがどちらを参考にして作られたのかは分かりませんが、これは天台宗の食事のことば(食前観・食後観)と大変によく似ております。

これは広く使われてきましたけれども、何分にも難解な点が多いということで、本願寺で新しく分かりやすい「対食偈」として、1958年に制定されたものが現在の「食事のことば」です。それが皆さんもよくご存じの「食事のことば」です。

「食前のことば」
み仏と、みなさまのおかげにより、このご馳走をめぐまれました。
深くご恩を喜び、ありがたくいただきます。
「食後のことば」
尊いおめぐみにより、おいしくいただきました。
おかげで、ご馳走さまでした。

この「食事のことば」は充分に定着しておりまして、直ちに改めなくてはいけないという重大な問題があるというわけではありません。ではなぜ改訂される必要なあるのかと言うと、そこにいくつか懸念される点があると指摘されているからです。

どういう点かと言うと、まず「食前のことば」では「み仏と、みなさまのおかげにより」という言葉があります。ここの「み仏のおかげにより」というところが誤解される恐れがある――つまり野菜や魚は、仏さまが人間が食べるために造って下さったのであるという、「造物主」のような、「神」の概念と混同されるような危険があるという点です。

『蓮如上人御一代記聞書』(308)の中にも出てきますが「仏法領(ぶっぽうりょう)のもの」――食事もそうでありますけれども、仏さまのお下がりとしていただくということは、食材全てがみ仏によって造られるということではないということであります。

それから2点目には、我々が子どもに説明する時、「『いただきます』と言うのは、私たちに食べられる野菜や魚に向かって『そのいのちをいただきます』という感謝の気持ちをこめて言うのである」いうことを説明します。そうした説明をしているのですが、「み仏とみなさまのおかげにより」というのは、どうしても野菜を作った人、調理をしてくれた人への感謝の言葉と理解されてしまう恐れがあって、野菜や魚そのものに対する感謝の気持ちが明確に伝わりにくい――この点をもっと強調すべきだということであります。

こういう指摘を聞いて思い出すのが、よく知られている学校の給食の時に子どもたちが「いただきます」といっていることに対して、ある保護者が行なった抗議であります。
――「ちゃんと給食費を払っているのに『いただきます』というのはおかしい、これはやめさせるべきである」と言った保護者の方がいらっしゃるそうであります。こうした風潮に対して、「私たちはいのちをいただいている」ということへの感謝の気持ちをもって、この「食事のことば」で分かりやすく子供たちや保護者へ伝えるべきであると思います。

それから3つ目の点でありますが、今の「食事のことば」には、ご馳走を恵まれたことに対する感謝はありますけれども、大切ないのちをいただいているという慚愧(ざんぎ)の念があまり明確ではないと言われています。私のようなものに食べられる野菜や魚に「申し訳ない」という慚愧の念が充分に表われていないのではないかということです。

次に「食後のことば」――尊いおめぐみによりおいしくいただきました。おかげでご馳走様でした――であります。これは「おいしかった、よかった」という食べっぱなしで終わるというニュアンスがある。もう少し何か付け加えてほしい、ということです。「食事を終わって新しい力が湧いてきた、この力を世の中の役に当てます」というような意味合いのニュアンスがほしいという点であります。

このような本質的な、という問題ではないかも知れませんが、多少懸念されることがあるということから、西本願寺では4年ほど前から文案が練られておるようでございます。

浄土真宗の食事に対する考え方は、いのちの繋がりの中で、大切な他のいのちをいただくことによって、私のいのちが支えられている感謝、あるいは「与えられ支えられているいのちである」ということを教えていただいたことに対する感謝、その感謝から生まれる仏恩報謝に努めるということです。

これらを短い「食事のことば」の中で過不足なく言い表わして、大人でも子供でも分りやすく唱えやすい言葉で端的に表現するということは、本当に難しいことであると思います。西本願寺でも4年ほどかけて検討されていることですから、それだけご苦心されていることだと思います。

ひとも今後の検討によって素晴らしい「対食偈」を作っていただくよう期待しております

朝は、この「食事のことば」について少しお話をさせていただきました


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