龍谷大学

龍谷大学宗教部

第37回成人のつどい(成人式)を開催いたしました

2012年1月7日(土)深草学舎顕真館で成人のつどい(成人式)を開催し、たくさんの学生が参加しました。1976年に学友会館ホールを会場として始められた成人のつどいも今回で37回を算えます。

雨が案じられましたが、どうにか持ちこたえ、キャンパス内は日頃とは打って変わって、華やかな振袖に身を包んだ新成人で鮮やかに彩られました。

第1部の式典は顕真館で男声合唱団が讃歌衆を務める音楽礼拝をお勤めして、真っ暗にした館内で参加者全員にお灯りを分け、ろうそくの光のみが灯る幻想的な雰囲気の中、ご本尊を前に自身の20年間を振り返り、「私たちは、今日から成人として、真実に生き抜くものの自覚に立ち、建学の精神に基づいて確かな人生を築き上げ、社会のために貢献することを誓います」と決意を唱和しました。

音楽礼拝に続いて、赤松学長から「龍谷大学で培ってきた豊かな“人間力”、実践を伴う“ハイブリッドな知性”があれば、人生の岐路に立った時、自らの決断によって必ずや自らの進むべき道を切り拓きつつ、直面する課題に真摯に取り組み、解決することができると確信している」という励ましと、そして中村安希『インパラの朝』から「“小さな声”に耳を傾けることこそがコミュニケーションの核ではないか」を紹介して、「“小さな声”に耳を傾けつつ、建学の精神を体現して“生かされているいのち”を深く受け止め、また東日本大震災がもたらした現実と、その文明論的な課題をも担う人間として、これから輝かしい未来を切り拓き、実り豊かな人生を歩んでいかれることを心より願う」というお祝いの言葉が述べられました。

引き続き記念講演として、本願寺派教恩寺の住職で、シンガーソングライターとして活躍されている やなせななさん から、「叶わなかった夢の先に~歌う尼さんとして生きる」と題して、心あたたまるお話を聞かせていただきました。

「叶わなかった夢」――在学中から卒業後もずっと「プロのミュージシャンになりたい」その一心で寺の手伝いとアルバイトの他は、バンド活動に打ち込み、「私には音楽しかない。たとえ百人に嗤われても、自分が自分の味方であり限り、将来はつながっていく」と信じてレコード会社や音楽事務所100ヶ所以上に売り込むが全く相手にされない。やっと1社だけ話が決まって2004年にようやくデビューすることができたが、子宮体がんに罹り、そして失恋。さらに手術の傷も癒えぬ2006年、音楽事務所が倒産。その翌年から独りで音楽活動を行うが誰からも全く相手にされなかった――。

そんな時に声をかけてくれたのが学生時代の同級生。音楽で七転八倒している間に、たくさんの同級生が南無阿弥陀仏に育てられ、立派なお坊さんになっていた。そうしてお名号の前で歌うようになって、真宗を初め浄土宗や天台宗など、これまで170ヶ所あまりのお寺、その他学校などでのコンサートに招ばれた。今では年の半分以上は旅という暮らしになっている――。

それまでは自分の歌を知ってほしいと自分のことしか考えていなかったが、「歌ってほしい」と言われるようになってようやく、いろいろな人に支えられていることに気づき始めていた、そんな矢先の東日本震災。

それまでも東北地方のお寺でもコンサートを行っていたので、ご縁のあった人びとが心配で何日も眠れぬ夜が続いたが、ボランティアの経験も、誰かのために歌ったこともない。しかし「自分にできることをしたい」という一心で、3月から募金活動を始め、6月から「“負けないタオル”配布ツアー」を始めて、宮城、福島に「ご縁のあった者が互いに支え合おう」という「支縁の旅」を続けている――。

私が成人した時は大人の自覚もなく自己中心的、でも夢を抱いて追い続けていた。しかし挫折、挫折、挫折続きで「あなたは要らない」「あなたの歌、あなたの存在なんて、この世に必要ないんだ」と何度言われても“生かされている限りは生きよう”と思って、歩み続けた今日までの日々だった。

その中で“苦しいのは自分一人じゃないんだな。いろんな人生があり、みんな生かされている限り、必死で生きているんだな”ということを教えられた。これからも誰かのために、歌手として尼僧として、誰かの心に寄り添う歌を歌い続けていこうという決意が固まった。

私の夢は、歌手として売れることだった。「紅白」に出て、ミリオンセラーを出したい。もう一つの夢は、素敵な旦那さんを見つけて、かわいい子どもを産むこと……叶わない。この先もずっと叶わない――。でも、その先にあったものは絶望ではなかった。 真っ暗闇の中、無我夢中で踏みしめ歩んだその足跡が道となった。20歳の時から16年、今振り返ると「これでよかった」と思える道が、そこにはあった――。

やなせ先生はこのように述懐され、そして「これから皆さんの人生にどんなことが起こるかは、分かりません。数秒後のことも、私たちには分からない。でも、どんな苦難があっても、夢が破れても……、それはそれでよかったと思えるような日が来るように、眼の前の今、いまを大切に踏みしめて歩んでいっていただきたいと思います」と後輩への励ましの言葉とともに、震災後繰り返し歌っておられるという「街の灯」をインターネット影像によって披露されました。

その後会場を3号館地下に替えて第2部の記念パーティーが催され、親和会を代表して監事の南和美さま、松島貫学友会中央執行委員長によるお祝いの挨拶の後、学長の発声で乾杯、そして舞台上で学長との記念撮影に続いて、活躍めざましいサークルアメリカンフットボール部、卓球部、バドミントン部、女子バレーボール部のメンバーが紹介された後、お待ちかねの抽籤が行われ、iPodやデジカメ、プレイステーション3やニンテンドー3DSなどが当たると会場内が歓声に沸き、あるいはどよめくなど大いに盛り上がりました。そして最後に田中副学長の挨拶によって散会しました。

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