龍谷大学

龍谷大学宗教部

建学の精神

建学の精神を理解するために -原点を忘れずに-

龍谷大学の建学の精神は、学則第一条に「本学は教育基本法および学校教育法にしたがい、浄土真宗の精神に基づく大学として、広く知識を授けるとともに、深く専門の諸学科を教授研究し、併せて有為の人材を養成することを目的とする」と記されてあります。

「浄土真宗の精神」といっても、その意味するところは深く、一言でいい表わすことは困難です。

そこで、五つの側面からその内容を平易な言葉で述べたものが次の五項目です。

すべての命を大切にする平等の精神

一切の有情は みなもて 世々生々の 父母兄弟なり いつれも~ この順次生に 仏になりて たすけさふらうへきなり
(歎異抄 第5条)

生きとし生けるものが共に仏に成らせていただくという意味での「平等の精神」

真実を求め真実に生きる自立の精神

煩悩具足の凡夫 火宅無常の世界は よろつのこと みなもて そらこと たわこと まことあることなきに たゝ念仏のみそ まことにて おはしますとこそおほせはさふらひしか
(歎異抄 後序)

真実とは「お念仏」であり、真実の「お念仏」を私が真に求め続けようとする意味での「自立の精神」

常に我が身を省みる内省の精神

浄土真宗に帰すれとも 真実の心はありかたし 虚仮不実のわか身にて 清浄の心もさらになし 念仏して 地獄におちたりとも さらに 後悔すへからす さふらう そのゆへは 自余の行も はけみて 仏になるへかりける身か 念仏をまふして 地獄にもおちて さふらはゝこそ すかされ たてまつりてといふ 後悔もさふらはめ いつれの行も およひかたき 身なれは とても地獄は 一定 すみかそかし
(歎異抄 第2条)

人間に生まれた以上、仏になる事が目的。
その目的を自分の力ではとうてい達成できないという意味での「内省の精神」

生かされている事への感謝の精神

如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報すへし 師主知識の恩徳も ほねをくたきても謝すへし
(正像末法和讃)

たえず阿弥陀如来のお慈悲の中に生かされているという意味での「感謝の精神」

人類の対話と共存を願う平和の精神

わか身の往生一定と おほしめさんひとは 仏の御恩を おほしめさんに御報恩のために 御念仏こゝろにいれてまふして 世のなか安穏なれ 仏法ひろまれと おほしめすへしとそ おほえさふらふ
(親鸞聖人御消息 第2通)

全ての人が仏法を求めれば自ずと世の中は安穏になるという意味での「平和の精神」

以上の五項目から私たちが読み取らなければならない根本の精神は「お念仏の世界」の認識です。もっと平易に表現するならば、「私の目には見えない仏の世界が存在する」ということです。

わかりやすく具体化された表現ですので、それを各自が勝手に解釈して原点を見失い、五項目が独り歩きしないように、またその根本にある「仏の世界・お念仏の世界」という原点を機会あるごとに尋ね、じっくり噛みしめていただきたいと思います。

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