2016年度 卒業式 式辞

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卒業式式辞

龍谷大学で学問を修め、本日ここに、晴れて卒業を迎えられた皆さん、大学院での研究を無事修了され学位記を授与された皆さん、そして留学生別科での学修を無事に終えられた皆さん、おめでとうございます。龍谷大学を代表して、心からお祝い申しあげます。

ご列席いただいた、ご家族の皆さまにも、心よりお慶びを申しあげるとともに、これまで学生・院生の皆さんの学びや研究を温かくも冷静に見守り続け、成長を支えてくださいましたことに対して、深く敬意を表します。

今日、こうして龍谷大学を卒業・修了し、次のステージへ飛躍されようとしている皆さんは、人生の新たな季節を迎えようとしていると言えます。それは誰もが通る道、誰にでも必ず訪れる人生の区切り目ではあります。皆さんには既に不安を乗り越えて自らの道を切り拓いていけるだけの力が備わっているはずです。まだ十分に実感を持てないかも知れませんが、皆さんの中には、在学中に学び、研究した成果、さまざまな経験が、“可能性の種”としてしっかりと蒔かれているからです。

本学は、1639年に本願寺境内に設けられた教育機関・学寮を淵源として、今年で378年目を迎えます。この間、幾たびもの歴史社会の激変を経験しながら、「浄土真宗の精神」を建学の精神として、「真実を求め、真実に生き、真実を顕らかにする」ことのできる人間の育成に努めるとともに、学術研究に培われた幅広い教養や専門性に基づいた教育を実践し、さらに進取の精神で新たなフィールドに挑戦して、すぐれた研究成果を社会に還元し、誇るべき歴史と伝統を紡いできました。そのような本学での主体的な学びを通じて、確かな知性を修得し、未来を切り拓く多様な“可能性の種”を宿すに至った皆さんには、必ずや稔り豊かな季節が到来するものと確信しています。ただし、可能性はあくまで可能性にすぎず、それ以上でもそれ以外でもありません。種からどのような芽を吹かせ、葉を茂らせ、枝を伸ばし、花を咲かせ、そして実をつけるかは、今後の皆さんの育て方次第なのです。未来に向けて開かれた可能性を、いかにアクチュアルなものへと創造し、社会に、世界に貢献していくかが、これから切実に問われるのだと思います。

私は、卒業・修了後の皆さんの心に留めておいてほしいことがあります。それは、学部生の皆さんが、「仏教の思想」という必修科目を受講して、釈尊、親鸞聖人の教えや生涯の一端を学び、「浄土真宗の精神」に出遇えたことです。私たちの人生には、必ずといっていい悩み・苦悩、私の思い通りにならない<苦>が伴います。その際、<私とは何か><私はどのように生きるべきなのか>などという本質的問いを持続しながら、さらに踏み込み、考え抜いて、私の思惟、思いをこえた、阿弥陀仏の生きとし生けるものへの智慧と慈悲のはたらきに目覚め、気づいて、私を実体化しないことが大切です。

自分さえ良ければ良いなどというエゴイズムに問いを持たない知性は、いかほど社会を分析したり、構想したり、マネージメントしたり、技術を生み出しても、自らへの自惚れ、傲慢さを免れるすべはなく、自らの愚かさへの痛みや、悲しみも感じることもなく、広く人びとの信頼が寄せられることはありません。

「浄土真宗の精神」を建学の精神とする本学での学び、研究は、確かな知性とともに謙虚さや人への優しさを修得し、自他の関係を生かし、生かし合い、一人ひとりの尊厳の輝きを放ち、希望ある社会・未来を拓くことができる人になっていくことにほかなりません。

視野を拡げると、今、世界は長期的に「危機の時代」、とても困難な時代を迎えています。「分水嶺の時代」ともいわれます。政治的にも、経済的にも文化的にも、あるいは軍事や自然環境も悪化し、混迷の度を深めています。国内にも類似の課題が山積しています。国の借金は、1千兆円を超え、国の財政は悪化の一途をたどっています。また、格差や低賃金の問題が指摘されている非正規労働者は2千万人を超え、経済面の格差は広がるばかりです。複雑化する社会の課題を解決していくためには、豊かな知性と対話・交渉能力や柔軟な思考力・判断力・実行力などを兼ね備えた、新たな知の創造に専心することができる人間の育成が、大学に、本学にも課せられた使命だと考えています。そのためには、大学全体の質向上、教育力の質向上を通じて、魅力ある大学づくりをしなければなりません。

私が学長職に就任したのは2011年4月です。直前の3月11日に東日本大震災が起こり、2万人を超える方々が犠牲となられ、6年が経過して、今なお避難生活を余儀なくされている皆さんは、約12万人3千人もおられます。私は、先月2月27日に、本学のボランティア・NPO活動センターが主催する福島スタディツアーに参加する学生に合流し、仮設住宅におられる方々や幼い子供を抱えるハミングバードという母親グループとの交流に出かけました。福島へは、一昨年から3回目となりますが、同時代を生きる一人として、私たちは、改めて被災地と被災した人々の抱える苦悩の一端を共有するには、現地に赴いて身を置いて、学ぶことの大切さを痛感しました。被害を置き去りにしてはなりません。

東京電力は、2月9日に2号機原子炉格納容器の内部に遠隔操作のロボットを挿入しました。1時間あたり650シーベルトという放射線を計測しましたが、人間は8ミリシーベルトを被曝すれば確実に死にます。溶けた核燃料は、どの範囲まで飛び散り、広がっているのかさえわかっていません。核燃料をつかみ出すことが出来ない状態です。環境を汚染している、放射性物質の主犯人はセシウム137で、その半減期は30年です。原子力緊急事態宣言は今も続いています。放射性物質による汚染のおそろしさを体験したにもかかわらず、各地で原発再稼働への動きが出ています。核エネルギーへの依存、過剰な電力消費生活のあり方を見直し、近代的文明観のリスクを根源的に問い直し、一人ひとりのいのちの尊厳を確保する社会を新たな視座で拓く智慧が重要です。主権者としての皆さんには、希望ある未来を拓く当事者として、社会の現実と真摯に向き合いながら、課題解決への方途を考え、リーダーシップを発揮していただきたいと願っています。

本学は、和歌山県印南町や三重県鈴鹿市、そして深草キャンパス2号館屋上に「龍谷ソーラーパーク」を設置しています。その発電量は、深草キャンパスの約84%の電力量に匹敵します。私たちは、人類の恒久的な生存を脅かす核エネルギーへの依存から自然再生エネルギーへの転換の方向性に、希望ある未来への展望を持ちたいと考えています。「龍谷ソーラーパーク」モデルを広く社会に発信しています。

龍谷大学は、2010年から2019年に至る第5次長期計画のもと、諸施策を果敢に遂行して、閉塞感、停滞感からの脱却に向かって変わりつつあります。主体的に学ぶ学生を育成するため、「龍谷大学ラーニングコモンズ」を開設して積極的に支援しています。
私は、本学全体の質向上、教育の質向上に向けた諸施策の推進により、皆さんに続く“可能性の種”を持った、伸びしろのある後輩たちを全力で支援したいと思っています。そして、本気で学修して自らを成長させようとする意欲をもった学生が集い、切磋琢磨する「知性と活気に溢れる」大学を創ることによって、地域、社会、そして世界の平和に貢献したいと考えています。

皆さんは、卒業しても龍谷大学の一員です。私たちは、皆さんと共に、品格の漂う誇るべき学風を守りつつ、世界に躍動する龍谷大学を創りあげていきたいと考えています。今後は、卒業生、校友として篤いご支援をお寄せくださいますようお願い申しあげ、皆さんの今後のご活躍を心より念じ申しあげます。

本日は、まことにおめでとうございます。

【大学院文学研究科、法学研究科、経済学研究科、
経営学研究科、国際文化学研究科、実践真宗学研究科、
政策学研究科、法務研究科のみなさまへの式辞】

皆さんには、学位を取得されるまで、学ぶこと、研究することの厳しさ、苦しさに幾度も直面し、挫けそうになったことも、一度ならずあったことだろうと思います。それは、真剣に学びの道を進み、研究を志した誰しもが経験することですが、皆さんの徹底した学び、研究への卓越した、弛みない努力が、学位記を授与されるに至ったことに、心から敬意を表するものであります。

複雑化する世界は、混沌化し、「危機の時代」、「分水嶺の時代」とも言われます。不確定感、不透明感が増し、人びとの不安感も広がりを見せています。こうした現実をどのような知的創造による枠組みを設定して理解・認識するかについても、かつてのような二分法による単純な対概念・語彙で理解・説明することは、すでに認知的限界を示しています。そうであるがゆえに、複雑で多様な世界を、理解・認識する言語的思考と表現の論理性、そして複雑なまま生きることを可能にする新しい秩序の社会を、「なめらかな社会」と構想したのは、複雑系の科学、自然哲学をご専門とする鈴木健さんです。

複雑系として現代社会の諸課題に対応するには、豊かな知識・高い知性・幅広い教養・言語力などを修得し、高度な専門性をもった、総合的な知性を有した人の育成が切実に求められています。つまり、異質なものとの対話・交流を進め、相互の理解・信頼・協働を促進して、真に希望ある未来に向けて、社会を動かすことのできる人の育成が大学院の教育・研究に期待されています。その際、人の育成において大切にしなければならないのは、豊かな“人間力”あるいは“ともに生きる力”です。

しかし、今日、「知性」の後退とも言うべき、反知性主義的な状況が進みつつあるのではないかと危惧されています。情報化社会、さまざまなITを活用する時代は、「脳を使わなくてもいい社会をわれわれはつくってしまった」とも言われます。急速なIT革命の進展は、快・不快の動物的な反応、つまり単純化された二項対立の二者択一を気分感情で、性急に行うような状態に人間を追い込み、人間としての言語的思考を停止させ、知性、理性の後退をもたらし、いわば反知性主義の誘因を、さらに立憲主義の後退による全体主義のよみがえりになっているのではないかとの指摘もあります。
 高度な知性の獲得、知識を集積することの大切さは、歴史の中で敬意を払われ、社会のあらゆる領域での活動の基盤としての重要さを改めて述べるまでもありません。知識基盤社会を担う高度な専門性・知性を修得した人の育成、さらに学術研究を先導する若手研究者の育成は、大学院の質向上なくして実現するものではなく、さらに大学院の重要性に関しては、現代の知的状況を的確に認識し、さらに希望ある未来を拓くために共有化が必要です。人工知能による知の蓄積、ディープラーニングの進展は、脅威的でもあります。

龍谷大学は、2010年から2019年に至る第5次長期計画の諸施策を果敢に実行し、閉塞感・停滞感を脱却して大学全体の質向上、教育・研究の質向上に向けて歩んでいます。「龍谷大学ラーニングコモンズ」を設置して、学生の自主的主体的な学修を支援しています。本気で学修、研究して、自らが成長することへの意欲をもつ院生が、より高度な専門性を修得することのみならず、研究者として独り立ちすることは、本学全体のアカデミックな知性の質向上に結実していくことが望まれるものであります。
 高度な専門性を追求し、真剣に研究にのめり込んだ多くの大学院生の存在は、学部学生の確かな一つのモデルとなるものであり、そのことなくして、知の創造・発信拠点である大学の質向上は実現するものではありません。

本日、博士・修士の学位記を授与された皆さんは、現代社会から求められている知性・研究の高度化に応えるものであり、私たちは、これからも、皆さんとともに、確かな知性と学術研究の成果をうみだし続けている、誇るべき本学の学風を守りつつ、躍動する龍谷大学を創り上げていきたいと考えています。

ところで、皆さんの心に留めておいてほしいことがあります。それは、職業人としての高度な専門性の修得、そして研究者として学術研究の進展に邁進し、その成果の発信、社会的な還元とともに、豊かな“人間力”を培うことの大切さについてであります。
 本学は、「浄土真宗の精神」を建学の精神とし、1639年、本願寺境内に設けられた教育機関・学寮を淵源として、今年で378年目を迎えます。この間、幾たびかの時代社会の激変を経験しながら、一貫して、根源的な人間のあり方を問い、「真実を求め、真実に生き、真実を顕すことのできる」人間の育成に努め、長きにわたり豊かな人間性に支えられた知的文化・学術文化の社会的への定着に貢献してまいりました。
 それは、端的に言えば、自分さえよければ良い、エゴイステックな自己を単純に肯定した知性、専門性を持ちながらも自己保身に汲々とする知性、いわば自己をデコレーションする仮面の知性による学術研究ではなく、ありのままの自己を深く見つめ、頑迷で、傲慢な自己に痛み、悲しみを感じながら、一転して、人に生かされ、人と生かし合うこと、つまり、“あなた”とともに苦しみ、喜ぶ“私”であること、“他者”とともに悲しみ、慈しむ“主体”であること、仲間とともに学び、考える“自分”であること、人びととともに生きる“自己”であること、生きとし生けるもの、すべてとともにある“人間”であること、こうした関係、繋がりの中にこそ、きわめるべき真実があり、かけがえのない智慧が宿っていると言えるでしょう。そのような“智慧”に立った、豊かな“人間力”に支えられた高度な知性、専門的学知をもつ高度職業人、研究者、「知識人」の育成、学術研究こそが本学の本領であり、豊かな知的文化・学術文化の創造に貢献するものだと考えます。

龍谷大学・龍谷大学短期大学部
                                        学長 赤松 徹眞

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