龍谷 2009 No.68

Ryukoku Vision 2020 龍谷大学第5次長期計画「進取と共生、世界に響きあう 龍谷大学」

わかはら どうしょう

若原 道昭

龍谷大学学長
1947年生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。
1982年、龍谷大学短期大学部講師に就任。助教授を経て1992年から教授。短期大学部長や副学長を務める。
2007年4月から現職。専門は教育哲学。


2000年から10年間にわたって展開してきた
第4次長期計画(以下「4長」)は本年が最終年度となる。
このたび、2010年から新たにスタートする第5次長期計画「龍谷2020」(以下「5長」)に向け
そのグランドデザインが完成した。
そこで、若原道昭学長に今後10年間における龍谷大学の方向性、大学像、
果たすべき役割などについて話を伺った。


■ 大学を取り巻く環境の分析と4長の成果、課題

大学を取り巻く環境の分析と4長の成果、課題

5長のグランドデザインの策定にあたり、学内外環境の分析を実施されたとお聞きしています。その結果を踏まえ、複雑化する昨今の社会情勢のなかで、大学が担うべき役割とは何だとお考えですか。

若原 一つ目として、21世紀というのは知識基盤社会、生涯学習社会の時代であると考えます。新しい知識・情報・技術があらゆる分野の活動基盤となり、ますます重要な意味を持つことになります。これからの大学は、新しい知の創造・継承・活用のサイクルをより充実させていくことと創造的人材の育成がますます重要となるでしょう。
 二つ目に、産業を中心に、グローバル化がさらに進行していきます。現代はヒト・モノ・カネ・情報が国境を越え、経済的な国際競争力が厳しく問われる時代です。日本では科学技術創造立国とか知財立国と言われるように、先端的な科学技術を開発して経済成長を遂げ、国際的な競争に対処していこうという国家戦略がとられています。そういう社会では、新しい知を創造することのできる人材を養成する高等教育機関、特に大学への期待が大きくなっていきます。
 三つ目には、21世紀は少子化と大学の増加、大学進学率の上昇により大学全入時代、ユニバーサルアクセスの時代に入ります。それに伴い学生像が変化してきています。かつてのように、学生は目的を持って大学に入ってくる、学生は大人である、大学が細かく指導しなくても自ら学ぶものである…というような学生像は通用しません。それを念頭に置きながら、大学は新しい学生像に対応した教育をしていかなければなりません。
  四つ目に、少子高齢化社会がさらに進み、労働力不足が顕在化してくるでしょう。それを補うためには、一人ひとりの労働力としての質を高める必要があり、これを実現するのは教育であるといえます。

大学には、今述べていただいた四つの社会変化に対応できる人間、21世紀型市民の育成が求められているということですね。

若原 現代社会では絶えず新しい知識が生み出され、世界規模の競争が起こっています。これに対応するために、創造的な人間、主体性のある人間、新しいものを生み出すことのできる人間が求められています。
  すなわち、「しっかりとした基礎学力」「幅広い豊かな教養」「広い視野から物を見る力」「高度で専門的な知識・技能」「高い公共性と倫理性」などを持ち合わせたグローバルに活躍できる人間の育成が必要となります。
 そのなかで本学が特に重要視しているのは、「高い公共性と倫理性」です。これらは、浄土真宗の精神という明確な建学の精神に基づく教育によるものであり、本学の個性、特色であると言えます。

5長のグランドデザインには、これらの環境分析が加味されている…。

若原 私達は、学内外環境分析の結果を考慮しながら、建学の精神に根ざした価値観を持って、持続可能な社会を創ることに寄与する教育、研究、社会貢献活動を展開するべく、5長のグランドデザインを策定しました。

5長の話に入る前に、これまで10年間にわたり展開されてきた4長の成果についてお聞かせください。

若原 教育、研究、社会貢献等、多岐にわたって成果がありました。教育では、2005年に専門職大学院として法科大学院がスタートし、2009年には文学部真宗学科を設置母体にした実践真宗学研究科という新しい大学院修士課程も開設しました。また教育改革を担う組織として大学教育開発センターの立ち上げや、キャリア教育の導入を進め、文科省のGP(大学において教育の質を向上させる優れた取り組みに対する支援)も複数件獲得することができました。
 研究では、基盤的な研究を着実に進めると同時に、研究の高度化という面で大きな成果がありました。文科省の私立大学学術研究高度化推進事業、それを引き継ぐ私立大学戦略的研究基盤形成支援事業に延べ10数件が採択され、現在も8件が稼働中です。
 社会貢献では、REC京都の開設をはじめ、ボランティア・NPO活動センター、知的財産センターの設置や東京オフィス、大阪オフィス(現大阪梅田キャンパス)、バークレーセンターなどの活動拠点の拡大にも積極的に取り組みました。
 さらに学校間連携では、平安中学校・高等学校の付属化や高大連携校の拡大を実現するとともに、国内外の大学との協定締結を促進しました。キャンパス整備では、新校舎の建設、セミナーハウスの取得や深草キャンパスの整備、課外活動施設の整備などを実施。総合的学生支援体制については、奨学金、学習支援の新しい制度をはじめ、メンタルヘルスに関する支援体制などを整備しました。
 そして、4長の仕上げとして、今年度、様々な創立370周年記念事業を展開しています。

4長で、浮き彫りになった課題とは…。

若原4長では多くの成果がありましたが、その一方で、本学の確固たる特色が打ち出せていない。ガバナンス体制が弱いなどの反省点も挙げられました。これらは5長において克服すべき課題であると真摯に受け止めています。

では現在の龍谷大学のポジション、言い換えるなら「強み」を挙げるとしたら何でしょうか。

若原 本学の独自性、特色というのは、仏教系の総合大学であることと、長い歴史と伝統を持っているということです。浄土真宗という明確な建学の精神に基づいて、総合大学として多様な教学を展開しており、長い歴史と伝統のなかで蓄積した豊かな知的資源があり、それを活用することができます。例えば、伝統的な仏教研究は、日本はもとより、世界的にも拠点となりうるだけの実力を持っていると自負しています。
大学運営に関しては、設置母体である浄土真宗本願寺派との強固な信頼関係ができています。また、宗門関係学校が国内外にに28学園あり、その内の25学園が龍谷総合学園という日本でも最大規模の学園グループを形成しているのも強みと言えます。
 また、大学の諸活動、諸事業の基盤となる財政面では、財政基本計画の策定と推進により、健全で安定的な経営基盤を確立しました。学内の意思決定も民主的におこなわれています。5長においては、これらの恵まれた資源をもっと活かしていくべきであると考えています。


■ 「龍谷2020」の狙いとビジョン

「龍谷2020」の狙いとビジョン

それでは本題の5長に入らせていただきますが、まず策定のポイントはどこにあるのでしょうか。

若原 本学は1975年からほぼ10年ごとに長期計画を立てそれに基づき様々な事業を進めてきました。これは日本の大学でも先駆的なものです。
 今回のグランドデザインにおいて特に重点を置いたのは「教育」です。教育の主役は学生であり、4長に引き続き、学生を大切にした大学運営を図ってまいります。
 長期計画の作り方でのポイントとしては、10年間のグランドデザイン、すなわち大枠を定め、具体的なアクションプランについては、5年ごとの中期計画を策定します。後半の5年間については、前半の5年間を見ながら練り直すというローリングプラン方式を取り入れました。これは時代の変化の速さへ対応したものです。
 また、マイルストーンを定めるとともに、責任体制を明確にしました。そこには、段階的に目標を設定しながら計画達成を確実なものにしていきたいという私達の意欲が込められています。

学長ご自身が発案されたという「進取と共生、世界に響きあう龍谷大学」というスローガンに込められた想いは…。

若原 本学は、「親鸞聖人の教えに基づく建学の精神」を縦糸に、「社会の変化」を横糸にして、370年間、その時代の龍谷大学を織り上げてきました。「進取」というと、新しいものを他に先駆けて創り出す、他より一歩先んじて競争に勝つ、というような意味に取られがちですが、ここで言う進取とは、社会の要請に応えて課題を解決するために躊躇することなく新しさに取り組むということです。そして、その根底にあるのは「共生」の理念です。進取と共生が調和するなかで、新しいものを生み出していこうというものです。
 次に、教育を重視し、その主役である学生の自己実現を支援していきたい。同時に次の時代の担い手として、社会の変革に進んで参画していける力を身に付けていただきたい。大学には国や産業界などから様々な教育要求が寄せられますが、一番重要なのは学生一人ひとりが持っている自己実現の要求に応えられるよう、サポートしていかなければなりません。
 急速にすすむグローバル化の時代に、本学は建学の精神という基軸をしっかりと持ちながら、新しい変化に振り回されることなく、独自のやり方で様々な要請に応えていきたい。同時に、世界に一方的に働きかけるだけではなく、世界からリアクションをいただき、それに応えながら大学づくりを進め、世界に貢献していきたいと思います。
 私達は、競争のグローバル化ではなく、協力、連携のグローバル化をめざしたい ­そういう想いをスローガンに込めました。


■ 仏教を基礎にした人間形成と
    龍谷スタンダード

仏教を基礎にした人間形成と龍谷スタンダード

学長が描かれる2020年の大学像(ビジョン)とは、どのようなものでしょうか。

若原 大学が社会に評価されるためには、個々の大学がはっきりとした輪郭、すなわち個性、特色、独自性を持ち、存在感を社会に示していく必要があります。
 4長での反省も踏まえ、この10年でそれを実現することのできる大学づくりを進めます。日本国内だけでなく、「世界に存在感を示す大学」にしていきたい。それは派手に振る舞うというものではなく、落ち着きがあり力強い大学になるということです。
 このような2020年のビジョンについては、大学内外の多くの方々にご理解とご協力をいただき、共通認識のもと、全学が一丸となって5長を推進できるよう、グランドデザインのなかに簡潔な言葉でまとめました。これも、本学の未来にかける私達の熱い思いです。

これからの10年、「教育」を重視するということですが、その意図とは何ですか。

若原 大学は高等教育機関であり、教育を重視するのは当然なのですが、原点に返り、しっかりと使命を確認するという観点から、特に教育重視を掲げました。また、外的要因としては、グローバル化、ユニバーサル化によって、これまで以上に大学教育の質を保証し、国際的通用性のある教育を展開していかなければならなくなっています。
 そのなかでも本学で力を入れたいのが「人間教育」です。有能な人材を社会に送り出すということも重要ですが、労働力として役立つ人間づくりという視点のみで教育をおこなってはいけないと考えます。
もちろん学生は社会の中で生きていかなければなりませんから、職業に就くための教育、有能な人間になるための教育も必要です。しかし、それだけではなく、その根底に仏教を基礎にした人間教育、人間形成が必要だと考えます。

それらを包含した龍谷大学がめざす学生像の定義が「龍谷スタンダード」なのでしょうか。

若原 仏教を基盤に、共生の精神を身に付ける人間教育をおこない、その上で、幅広い教養、汎用性のある諸能力、さらには専門分野の知識や、技能を身に付ける。こういった能力や素養について、本学で学ぶことによって獲得できる最低限の基準を、定めるべきではないかと考えました。本学を卒業するときには、このレベルまでの力は身に付いていますよ、という考え方です。教学主体ごとにそれぞれのスタンダードがあり、それを総合した形で龍谷スタンダードが存在します。
 「スタンダードを設定すると、教育が画一化されるのではないか」という異論もあるかもしれませんが、これはあくまでもミニマムスタンダード。その枠の中に学生を押し込めるのではなく、むしろ、それ以上に伸びてほしいというのが願いです。
 社会に対して「このような力を持った人間を育てています」という一定のスタンダードを定めることは、大学教育の質を保証するということでもあります。保証には「教育環境の質の保証」、「卒業生の能力の保証」、どんな学生も教育によって必ず伸ばしますという「教育プロセスの質の保証」など、いろいろな考えがあると思います。

学生には「龍谷スタンダード」を身に付け、卒業後、社会でどのように活躍してほしいですか。

若原 本学の卒業生には、それぞれの分野で大いに活躍していただきたい。同時にぜひとも、現代の諸課題の解決に参画していける人間となってほしいと思います。


■ 今後のテーマと展開

今後のテーマと展開

教育や研究、社会貢献などにおける、今後の展開をお話しいただきたいと思います。まず否応なく進んでいる国際化については、どのようにお考えですか。

若原 大学の国際化、多文化共生キャンパスという言葉をよく耳にします。私達も当然それに取り組んでまいります。
 「教育」においては、人が国境を越えて自由に移動する時代になった今、世界のどこに行っても仕事のできる人間を育てなければなりません。留学生の受け入れも、4長の500人から5長では750人を目標にして環境整備を進めていきます。国際文化学部では、英語での講義もおこなっていますが、これをさらに全学的に進めていかなければならないと思っています。
 「研究」では、4長において文科省の学術研究高度化推進事業で非常に大きな成果がありました。学部を越え、大学を越え国境を越えて研究者の行き来が頻繁になり、国際的な共同研究が広くなされている。5長では、これらを継続・拡大していきます。

研究分野における今後のテーマとは何でしょうか。

若原 本学の伝統的な強みの一つである先駆的な仏教研究をさらに進める使命があります。その他にも例えば公共政策系や、矯正・保護や里山学の分野でも積極的な取り組みをおこなってまいりました。
 また、本学は現代インド研究の拠点でもあります。アジアやアフリカの紛争解決に取り組むアフラシア平和開発研究センターとも連携しながら、より深く研究を進めていきます。
 さらに、デジタルアーカイブの分野にも実績があります。文理融合型の研究によって、本学の豊かな知的財産をデジタル化し、保存し公開していきます。
 そしてこれらの価値ある研究成果を、教育現場にも還元していきます。
 世界で「あの分野なら龍谷大学に行かないと…」と言われるような研究ができるよう、計画を進めてまいります。

では、社会貢献については、いかがでしょう。

若原 1991年に日本でいち早くエクステンションセンター(REC)を立ち上げたことは、本学の誇りともいうべきものです。その柱は生涯学習事業と産学連携事業。地域住民の多様な学習ニーズや世界が抱える様々な課題に対応するため、5長ではさらなる機能強化を図ります。なかでもRECの大阪オフィスを拡充し、生涯学習と産学連携の拠点にしていきます。
 また忘れてならないのが、2年後に開館が予定されている「龍谷ミュージアム」です。これにより、歴史都市・国際都市である京都の文化の発展と地域の活性化にも貢献したいと考えます。

産学連携について、もう少し詳しくお聞かせください。

若原 産学連携は、RECと研究部と知財センターの連携体制を、もっと拡大していくべきであると思っています。例えば、教員が専門的におこなっている各種の研究活動とRECの産学連携を、スムーズに連結させていく。その成果を本学での特許申請機関である知的財産センターと連携させていく。こうした大規模な連携体制づくり。これは検討すべき課題であると考えています。
 また産学連携については、理工系だけでなく、文系においてももっと推進できないかと考えています。例えば、企業の社会貢献活動と連携するとか、自治体の各種委員会などに参画していく。そういう方向性も、本学が進めるべき検討課題であると思います。

「龍谷2020」のイメージが、だんだん分かってまいりました。最後に、学長から読者の皆様に、メッセージをお願いします。

若原 本学は長い歴史のなかで蓄積してきた豊かな知的資源、文化財、人的資源などを持っています。そして、これらをもっと活かすべきだと考えています。本学が誇ることのできるこのような多くの財産を活用して、独自性、特色のある大学として世界のなかで存在感を示していけるよう努めます。  その契機となるのが、現在展開している創立370周年記念事業です。これをステップに次の新しい龍谷大学像に向かって進んでいきたいと思います。



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