企業「理念」が大切ものづくりには人間に生き方が凝縮する
龍谷大学学長●上山大峻 京セラ株式会社代表取締役会長●伊藤謙介
【京セラ株式会社】
1959年京都市中京区で稲盛和夫氏(現名誉会長)が「京都セラミツク株式会社」(資本金300万円、従業員28名)を創業。ファインセラミックスと呼ばれる無機材料を電子部品、医療用材料、光学機器等さまざまな分野に活用して事業を展開し、近年は情報通信分野や住宅用ソーラー発電等の環境保全分野にも進出。京都賞や京セラ美術館など多くの文化事業を推進する。タイトー(エンターテインメント事業)や京都パープルサンガ(サッカーJリーグ)など国内・海外の京セラグループは全170社。従業員5万名。本社・京都市伏見区竹田鳥羽殿町6番地。
●技術で世の中に貢献したいと、起業
上山 今日は、世界的な企業の京セラ(株)の伊藤会長にお話を伺うことができるというので、心待ちにしておりました。早速ですが、京セラさんは松風工業という電線の絶縁部品をつくる碍子(がいし)メーカーにおられた方がベンチャーで起業されたのが始まりだと聞いていますが、創業当時はご苦労も多かったのではありませんか。

伊藤 松風工業は、碍子メーカーとしては日本でナンバーワンだったこともある会社でしたが、当時経営難に陥っていました。その特殊磁器部門の責任者が現京セラ名誉会長の稲盛和夫でした。私はその部門で働いていましたので、独立する稲盛に付いて行っただけのことです。昭和34年のことです。

上山 最近は、「起業」という言葉をよく聞きます。私どもでも龍谷エクステンションセンターという組織が商品開発を手伝ったり、ベンチャーとして起業することを支援しているのですが、なかなか大変なようです。独立する時には不安はありませんでしたか。

伊藤 当時、稲盛は27歳、私は5歳下と、みんな若かったものですから、むしろ不安よりも、技術で世の中に貢献したいという思いの方が強かったですね。当時稲盛は、よく人生観や世界観、そして労働観について話をしていました。仕事面だけでなく、そのような稲盛の人間的なリーダーシップに魅かれました。
 当時はテレビがこれからという時代で、ブラウン管に使う絶縁材料をオランダから輸入していたのを、国産のものでという依頼が松下電子工業(現松下電器産業)からありまして、新しいファインセラミック材料を使って製品化しました。それ以後は新製品開発の連続です。
●基準は人間として何が正しいのか
上山 社是の「敬天愛人」を非常に大切に守っておられるとか。西郷隆盛が口にしていた言葉ですが。

伊藤 京セラは理念、哲学というものを重視する会社です。とくにベンチャー企業などに多いのですが、技術だけに頼っているために潰れる会社が多いものです。私どもは、その社是とともに、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類社会の進歩発展に貢献する」という経営理念を大切にし、そこに全従業員のベクトルを合わせています。

上山 しかし、技術がないと単なる理想論になってしまうでしょう。ファインセラミックスという素晴らしい分野は独自に育てられたのですか?

伊藤 そうです。ファインセラミックスを工業材料として確立させたのが京セラなのです。陶磁器、セメント、ガラスなど窯業製品をセラミックスと呼ぶのですが、そのような天然の無機物を高温処理した伝統的セラミックスに対し、精製された原料を用いて特定の機能を最大限に引き出すために作られたものをファインセラミックスと呼びます。ファインセラミックスという言葉を世界で初めて使ったのが稲盛です。また、ファインセラミック材料のひとつであるフォルステライトは、稲盛が世界で初めて実用化しました。

上山 もとは土からできるのですか?

伊藤 鉱物から取った金属酸化物を高純度にしたものです。

上山 そうすると自然界にあった鉱物が、加工されて、ものすごい価値に転換するわけですね。とにかく、次々と新しいものを開発し、成功しておられる。その創造的な発想はどこからくるのか、仏教の方からも興味深いですね。

伊藤 「革新の風土」があったからでしょうね。創業時からその風土は現在も脈々と伝えられています。
 また、先ほどの経営理念にあったように、人類社会のために会社を良くしよう、社会に役立つ商品を開発しようという使命感があり、それを社員が共有しているからこそ、新しい開発ができるのです。

上山 なるほど。京セラさんの強味は土台にある世界や人類への思いですね。生き方や考え方が経営や商品に凝縮されるとお考えですか?

伊藤 現れると思います。ものづくりの原点は、時代が変わっても人間にあります。生産活動に人間が従事する以上、そこにどうしても人間性が問われる局面が多々出てくるのです。そのとき判断の基準をどこに置くかということが問われるのです。人間として何が正しいのかという基準に立たなければ、私利私欲や名誉欲に惑わされ、判断を間違ってしまいます。とくにリーダーは、部下に対して公正さが問われます。人間としての正義や勇気に基づいて判断することが大切です。また、人類共通の課題である環境問題もそうした視点で取り組まないといけないと思っています。
●創業時から金魚を排水池に買う企業姿勢
「企業の理念は、氷山でいえば、海面下に隠れた部分。技術力や資金力など表面的な現象面よりも実は大きな力を持つものなのです」伊藤謙介
上山 龍谷大学にも今年から、深草キャンパスの3学部に共通コースとして環境サイエンスコースがスタートし、来年は理工学部に環境ソリューション工学科が誕生する予定です。環境は、とても大きな問題になりましたね。

伊藤 そうですね。我々は今、「通信情報」「環境保全」「生活文化」という三分野に重点的に取り組んでいますが、とくに環境保全分野に対する取組を強化しています。たとえば長寿命で廃棄物が少なく、ランニングコストの安いページプリンタや、太陽光エネルギーを利用した住宅用発電システム、さらには自動車のエネルギー効率向上に貢献するセラミックエンジン部品など地球にやさしい商品を次々と開発しています。
 また、商品を通じて地球環境に貢献するだけでなく、企業そのものの姿勢として、排水や廃棄物の処理には力を注いでいます。40年以上前の創業時から、稲盛が「排水池には金魚を飼いなさい」と言っていました。京セラは、それくらい昔から環境問題に積極的に取り組んでいたのです。

上山 ビジネスとモラルとの連携ですね。やったことはいずれ自分自身に返ってくるといいますね。往々にして迷惑をかけても企業として成功した方がいいと考えがちですが。

伊藤 自然、社会との共生を重視する京セラは、創業以来一貫して環境を重視する姿勢を貫いてきました。

上山 なるほど。ところで社員をどのように育てておられるのかお聞きしたいですね。ビジネスの上で利益を追求することも必要、モラルを重視することも必要、トータルにバランス良く育てないといけないですね。

伊藤 人間として何が正しいのかという視点に立てば、当然モラルの問題に行き着きます。私は挨拶や身だしなみについても細かいことをいいます(笑)。人間として、また社会人としてどうあるべきか、そのような心のあり様が身だしなみや挨拶に現れると考えるからです。
 企業には求心力と方向性が必要で、それが一人ひとりの従業員の意識や行動に影響を与えるのです。そのため、ものを作るだけでなく、求道的な労働観を確立することが必要だと考えます。ものづくりとは修行に近いものなのです。100万個に1個の不良品が出ても許されないというレベルでは、個々人の私生活のあり方までが影響するわけです。とても二日酔いではやっていけない(笑)。ものづくりには生きざまが反映します。セラミックスという無機物に魂が入るくらいの打ち込み方をしなければ、決してお客様に本当に喜んでいただけるようないい製品はできません。
理念が希薄になると企業命運は尽きる
「縁に触れると良くも悪くもなる。仏教では、ものには元来固定的な本質はなく、何にでも変る可能性があると見るのです」上山大峻
上山 人間性に基盤をおく「ものづくり」ということですね。コンピュータに任せておけば勝手に作ってくれるわけでなく、心が関係するわけですか。

伊藤 コンピュータを使うのも人間です。今、携帯電話の在庫がとても多くて部品も余っている。これは、コンピュータで全てをコントロールしているのに、適正な在庫が読めなかったことが原因です。コンピュータ至上主義の弊害が、IT不況を引き起こしたのだと言われています。

上山 なるほど。これからは知の時代。知をどう蓄積し、活用し、変化に対して想像力を働かせてどう対応していくか求められているといわれていますね。

伊藤 やはり人間教育が一番大事ですね。企業においては理念の浸透が重要です。私はこの理念の重要性について、常々、氷山に衝突して沈没したタイタニック号になぞらえて社員に説いています。氷山は、海面上には2割程度が顔を出している程度で、大部分は水面下に隠れているといいます。私はそのタイタニック号を沈没させるほどの水面下にある巨大な氷塊を理念ととらえています。つまり、一般には表面的な現象面、たとえば企業経営では技術力や資金力などをとらえてその優劣を判断しがちですが、実は最も大切なのは、すぐには見えない理念なのです。そして、水面下の氷山を軽視しては企業の存続はない、タイタニックの二の舞になってはいけないという意味を込めて、私は、理念を重視する経営を“ノン・タイタニック経営”と呼んでいます。
 稲盛は、企業寿命30年説を説いています。30年もたつとマンネリになるとともに、理念が希薄化し、企業が活力を失うというものです。実際にそのような老舗企業は、倒産する比率も高い。やはり、理念をどう継承していくかが重要で、ここが希薄になると、企業の命運は尽きると思います。

上山 具体的にはどのようなことをされているのですか? 大学教育のヒントにお聞きしたい。

伊藤 様々なことを行なっていますが、そのひとつに「京セラフィロソフィ」手帳があります。京セラの理念を100項目ぐらいに分けて、コンパクトに解説したものを小さな手帳にして全社員に配っています。朝礼の時に、順番に読んでいくのですが、その項目に合わせた自分の実体験を同時に語らせるようにしています。というのも、その理念と自分が同化し、いわば理念を体現化する必要があるからです。耳学問ではなく、無意識に行動できるようでなければなりません。そのため、繰り返し繰り返し教育することを徹底しています。

上山 しかし、教育というのはすぐに結果がでないものでしょう。

伊藤 体験が伴わなければ、本当に自分のものとすることはできないでしょう。

上山 すぐに結果が出なくても、10年本気で取り組むと体質は変わってきます。あきらめてはいけない…。

伊藤 理念を徹底するには、リーダーのもつ人間性が鍵となります。

上山 そうですね。最近は内部ではわからないことを、経営コンサルタントなど外部の人を入れて外から立て直すことが多いですが、経営面はそうであっても精神面は内部で築き上げないといけない。

伊藤 価値観を共有するには、当然自分でやることが必要です。そのため私どもでは、徹底的に話し込みをして、京セラの考え方やシステムを理解してもらうよう努力しています。

上山 龍谷大学でも建学の精神を見直そう、大事にしようとしています。組織には羅針盤が必要ですね。

伊藤 組織だけでなく、個人も自分の基軸をしっかりもたないと、人生そのものを台無しにします。とくに情報過多の現在では、自分の基軸を明確にする必要があります。
●考えつづけることが新しい発想を生む
上山 会長はいろいろなところで、東洋文化にみられる精神性が大事だとおっしゃっていますね。

伊藤 ええ、仏教に見られるような精神性を非常に大事にしています。西洋の合理主義は切り刻んでいく文化で、東洋は全体を俯瞰する文化で、全く正反対です。分析的、論理的、合理的な考え方は企業にとって必要ですが、東洋の豊かで深い精神性も不可欠なものです。両者の融合こそが必要で、名誉会長の稲盛も「六波羅蜜(ろっぱらみつ)」を基にビジネスのあり方や人間としての生き方を説いています。
 実は私は童謡詩人の金子みすゞの大ファンでしてね。彼女の詩は、自己中心的で一方的な見方をしてしまいがちな我々を戒めてくれます。根底に流れる仏教的なヒューマニズムには深いものがあります。上山学長は金子みすゞの詩について、ご著書もおありになるとか。

上山 私の高校の先輩に当りますから、そういっていただくと嬉しいですね。しかし、西洋と東洋の根本的な考え方は本当に正反対ですね。仏教では見えないところも問題にしていく、それに人を育てるのに時間をかけるというのも東洋の発想です。キリスト教では、神の意志で最初から良いもの、悪いものが決められている。仏教では縁に触れると良くなるという変化の可能性を認めているのです。可能性といえば、私から見れば、もとは土であったものからファインセラミックスという有用性を引き出されたという創造性の根底に東洋的な思考があるように思えるのです。もっといえばものには元来固定的な本質はない。何にでも変わる可能性があると見る「空」の思想があるように思うのです。

伊藤 エジソンが「99%の努力と1%のヒラメキ」と言いましたが、何とかしようと四六時中考えることが努力です。ヒラメキとは一生懸命にその努力を続けた結果なのです。京セラが創業した時に同業の先行他社がありました。その会社には博士号を持った技術者が多くいました。一方、京セラにはひとりもいませんでしたが、全員が不眠不休で努力を続けました。そのように、何とかしたいという気持ちを持続し、努力し続けることで、人智を超えた力が働き、ものごとが成就するのです。これも仏教でいう“他力”ということかもしれません。

上山 なるほど。それが智恵というものでしょうね。分析的な知識の奥にある潜在的な事実把握の直感的な能力が智恵なんです。

伊藤 意志がエネルギーとなって行動が起こります。それだけに潜在意識に届くくらいの強い願望を持ち続ける必要があるのです。私は、企業とは、社員の意識の集合体だと考えています。一人ひとりの社員がそのような強い願望を持ち続ければ、燃える集団となります。そして、次にはその熱気を絶やさぬよう、常に新風を吹き込んでいかなければなりません。

上山 目標が達成されて 慢心をもつと、そこに座り込んでしまう。いつも破っていくためには、若い人と話すこともヒントになるのでは。

伊藤 創業時からの伝統で「コンパ」をよくやります。本社や工場には広い和室があって、そこで焼酎を飲みながらひたすら仕事の話をする(笑)。これも考え方の確認とすり合わせなのです。

上山 新しい発想を耕しながら、動かない理念の確認ですね。今、世の中がフラフラですが、会長から日本経済に対しての提言はありますか。

伊藤 「不易流行」に尽きます。理念をしっかりもって、変化に対応していくことではないでしょうか。

上山 哲学が必要というわけですね。

伊藤 そうですね。一貫した理念と営々とした努力が必要です。おかげ様で、そのような姿勢を貫いてきた当社は、昨年、売上高1兆円を突破しました。

上山 過去に危機的な状況はありましたか。

伊藤 減収減益のときもありましたが、一度も赤字を出したことはありません。稲盛は創業の頃、万が一つぶれたらラーメン屋をやろう、そしてラーメン屋でも世界一になろうと言っていました。そのように京都一、日本一、世界一を目指し、不断の努力を続けてきましたので、何か我々のうかがいしれない大きな力が、背中を押してくれたように思います。
●目標を掲げ、人間性を高める
上山 学生にひとこと、メッセージを。

伊藤 うーん、勉強することでしょうね(笑)。学生の本分はやはり一生懸命勉強することだと思います。

上山 しかし、学生時代にはその重大さに気付かない。

伊藤 また、専門分野を追求しながらも、音楽や絵などにも親しんで、幅広い教養を身につけることも必要です。陶芸家は土をひねる一瞬に生涯のすべてを込めます。それと同様で全人格が仕事や人生には投影されるのです。ぜひ、豊かな人間性を養って欲しいと思います。

上山 同感ですね。専門ばかりに偏るのはどうかと常々思っていました。狭いゲージの中で卵を産め産めとせめたてられる鶏みたいです。哲学や芸術を学ぶことは必要ですね。文部科学省も速成的な教育を打ち出したこともありましたが、今また、人間的な教育が必要だと変わってきています。

伊藤 60点の経営は簡単なのです。つまり赤字を出さず、数パーセントの利益を出すことはたやすい。大学も同じことではないでしょうか。60点あれば及第点をとって卒業できます。しかし、それ以上のいい点数をとろうとすると大変な努力を要するのです。その60点から100点の間に理念や情熱など人間として一番大切なものが込められます。人生において60点を目指すのか、100点を目指すのか、つまりどのような人生を志すのか、ということを明確にすることが、とくに若い人にとって一番大事になるのでしょう
京セラ美術館
1998年10月に、現本社ビルの1階に開館した。乾隆ガラス、ピカソ銅版画347のシリーズ、東山魁夷、平山郁夫などの現代日本画、梅原龍三郎、小絲源太郎などの洋画、淀井敏夫、舟越保武らの彫刻などを常設展示していて、見ごたえがある。平日の午前10時から午後5時まで。無料。交通は、近鉄京都線または、京都市営地下鉄烏丸線「竹田駅」下車、北西口より市バスで「パルスプラザ前」下車すぐ。近鉄京都線「伏見駅」下車、徒歩約10分。問い合わせはTEL075・604・3453の京セラ文化事業課へ
京セラ ファインセラミックス館
文化事業の一環として、1998年10月に現本社ビル2階に開館した。ファインセラミックスの一般知識について学べるコーナーや、土器から始まり、ファインセラミックス出現までの焼物の歴史を学べるコーナー、大きくはこれまでの京セラのファインセラミックス技術の発展過程が公開されている。写真は、ファインセラミックスの技術変遷を年代を追って学べるコーナー。開館時間や問い合わせは、京セラ美術館と同じ。
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