共にある生き物たちへの尊敬　愛しさこそが、環境問題解決への道

対談

開設以来３６０余年、浄土真宗の教えを建学の精神の基礎として「平等・自立・内省・感謝・平和」を共に学び共に実践することに努めてきた龍谷大学。その精神はすべての“いのち”を生かす「共生（ともいき）」の理念にある。
このほど「共生をめざすグローカル大学」を新たな大学像とする第４次長期計画の一環として、理工学部に「環境ソリューション工学科」と「情報メディア学科」を開設した。
これを契機に、共生きの理念にも通じる環境保全活動を実践されているＣ・Ｗ・ニコル氏をお招きし、宮浦教授とともにこれからの環境について話し合っていただいた。

若原　まず最初に宮浦先生から環境ソリューション工学科が目指すところについてお話しください。

宮浦　これまでの環境関連の学科と異なるのは、生態学と都市環境工学の両分野の科学者が手を取り合って、環境問題をグローバルにかつ暮らしの中から総合的に考えていこうとしている点にあります。
そんな研究を進める上で、龍谷大学瀬田学舎は最良の位置にあります。京都や奈良のすぐそばであり、水環境のシンボルである琵琶湖に隣接しているからです。このあたりは昔から木をたくさん切るなど環境を酷使してきました。琵琶湖の南に、日本の環境問題の端緒となったハゲ山（田上山）があります。昔はヒノキがうっそうと茂っていたのですが、それを奈良の寺社や平安京の造営のために伐採して山が荒れてしまい、明治政府が招いたオランダ人技師のデレーケが、山の復旧に着手した山です。まさに日本の「環境問題の原点」に相当するところなんです。
しかも、この周辺は「里山」。自分たちの生活の中から自然を維持して快適なものにするにはどうしたらいいのかを考えやすく、とてもいいポジションにあります。

若原　ニコルさんは環境保全に関してさまざまな活動をされていますが、現在特に力を入れておられることは何ですか。

ニコル　僕は自分のことをまず作家だと思っています。そして武道家だと。森のことが気になっていたから騒ぎました。騒ぐなら勉強しなければと思い、いろいろと学びました。もう一つの顔は里山の復活を研究する「アファンの森財団」の理事長です。１８年前から森を買い始めて少しずつ手を入れ、生態系を復活させていく事業をやっています。昨年、財団法人として認可されました。アファンはケルト語で「風が通る道、谷間」という意味です。
最初は“外人”が土地を買って森を作るということが土地の人には想像もできなかったみたいです。土地転がしをやると思っていたんですね。それが「ええっ、本当にやるのか」って。パートナーは１５歳から炭焼きをして１８歳で木こりになった松木信義さんという方です。ずっと林野庁のために働いていたのですが、いい木をすべて切ってからお役ごめんとなった。そこで、僕が一緒に森を作りましょうと口説いたんです。「５年や１０年でできるわけがない」と言うのを「生きてる間に実現しますから」と無理矢理お願いして、最初の３年は半信半疑でしたが、今ではいいパートナーです。彼とはしょっちゅうけんかしています（笑）。

宮浦　どんなことでけんかするのですか。

ニコル　彼はオニグルミやコブシの木が大嫌い。僕はきれいでいいと思うのですが。

宮浦　松木さんの気持ちも分かります（笑）。日本人は昔から役に立つ木を大事にしようとするんです。

ニコル　でも、日本人はブナもばすばす切っちゃったじゃないですか。あれほど大事な木はないですよ。師匠の※ドロ亀先生が「この森が育つためには松木とニコルが議論することだ」と言いました。森の中でいつも議論することが大事。けんか（議論）するのはとても楽しいです。
松木さんが木を見るときは「いくらになるか」で見る。僕は「大木になるかどうか」で見る。大木になる木が好きですね。大木はいずれ中が空洞になって、いろんな動物のすみかになる。また、松木さんは登りやすい木は嫌い。僕は登りやすい木が好き。遊び相手になる木だからです。１００年先にどんな木になるか、自分たちはそのときにいないけれど、それを想像しながら議論する。それだけで楽しいですね。

若原　森の広さはどれくらいですか。

ニコル　僕が買ったのは４万５０００坪。現在財団として所有しているのは６万坪です。７０種類の樹木が生え、クマも通るし、ヤマネも住んでる。オオタカが仮の住まいにしています。鳥の種類は９０を超えるとみられ、そのうち７３種類を確認しています。

※ドロ亀先生：
故高橋延清東京大学名誉教授。
北海道で研究教育に従事し、森林関係の諸機関・団体の指導者として幅広い活動を続けた。誠実・温厚な人柄と豊かな学識経験から、多くの人に「ドロ亀先生」と敬愛された。

■C.W.ニコル氏（作家・探検家）
１９４０年、英国南ウェールズ生まれ。１７歳でカナダに渡り、カナダ水産局北極生物研究家の技官として海洋ほ乳類の調査研究に当たる。１９６７年から２年間、エチオピア帝国政府野生動物保護省の猟区主任管理官に就任。１９８０年、長野県に居を定め、執筆活動とともに８４年から森の再生活動を実践するため荒れた里山を購入。「アファンの森」と名付けて再生活動を続ける。９５年日本国籍を取得。代表作は『勇魚（いさな）』『小さな反逆者』『Ｃ・Ｗ・ニコルの黒姫通信』など。

宮浦　ニコルさんはまだハンティングをやってらっしゃるんですか。

ニコル　僕は日本に来て７年間はやってましたが、その後はやめています。毎年１１月になると、ハンティングがやりたくなります。長野ではウサギもヤマドリも圧倒的に少なくなりましたね。１日歩いてウサギ１羽と出会うかどうか。これでは撃ちたくないですね。

宮浦　紀伊半島ではシカの問題が深刻です。シカが増え過ぎて植えた木の皮を食べてしまう。絶滅してしまう植物も出るのではないかと危ぶまれています。

ニコル　よく分かります。北海道のあるところで、落葉樹の８割がシカに表皮を食べられているのを見たことがあります。

宮浦　日本では制度の問題からシカの頭数をコントロールしにくいんです。許可を取ればシカを撃てるのですが、肉を売るのが難しい。

ニコル　気を付けないと、シカが増え過ぎると植物が絶滅し、結局エサがなくなってシカ自体も餓死するでしょう。もったいないです。カモシカもそうでしょう。

若原　植物も生き、動物も生きるのが共生だとすれば、ある種の自然保護団体のようにハンティングを「かわいそうだから」と全面禁止すれば、逆に共生が保てなくなるわけですね。

ニコル　情緒的に決めつけてくるので話し相手にさえならない団体もありますね。
シカは大体３年で倍の頭数になります。シカは樹木の下の方だけでなく上の部分も食べる。なくなると根を食べる。シカが樹木を枯らせることで、どれほどの生物が犠牲になっていることか。例えば、ドングリがなくなったことでも、ほかの生物が犠牲になっています。
スコットランドの一部でも、シカがかわいそうということでシカ狩りを禁止したところ、たくさんのシカが餓死したことがありました。日本もシカ狩りをしないとだめですよ。
僕は年をとったのでハンティングをやめましたが、本当はやりたいですよ。

宮浦　自然保護は「かわいい」とか情緒的なものだけであってはだめですね。もし自然を手の付かない状態のままにしておこうとするならば、人間はそこにいちゃいけないんです。人間がこれだけたくさん生活している以上、自然をちゃんとコントロールする必要がある。そのルールをしっかりと作って運動を進めていかないと。

ニコル　宗教的理由から肉を食べない、生き物を殺さないというのはいいですよ。しかし、世界中で肉を食べていますから、自然の中にある肉を正しくいただくか、家畜を不自然に増やすかです。
僕は家畜の肉はほとんど食べません。僕はブタを飼ってますが、１５００坪の中に５頭だけ（笑）。湧き水があって池がある。エサはすべて無農薬でわれわれが作っているものが中心。屠殺場に送るときは心が痛みます。やはりかわいいですよ。かわいいという気持ちは分かるけど、僕たちは他の命を食べて生きてるんです。

宮浦　私たちが他の生き物を食べて生きている存在であることはとても重要ですね。今、学生たちを教える立場になって、学生たちにこのことをしっかり分かってほしいと思っています。

若原　命の尊厳をいかに伝えるか、教育するかですね。仏教系の大学である龍谷大学の大事なテーマでもあると思います。
時々新聞紙上で問題になりますが、命の尊厳を教えるために小学校でニワトリを飼って、それをわざわざ殺してみんなで食べた。それが果たして教育の方法としていいのかどうか。随分物議をかもしたことがありました。命の尊厳を教えるための教育についていかがですか。

ニコル　僕はこの議論は永遠に続くと思います。スーパーで肉や魚を買う。だれかがその命を取っている。自分はその命を取れない、取る人は汚いと思っているのなら、食べるのをやめるべきです。

若原　仏教では魚や動物だけでなく植物も命なんですね。そしてすべての命はつながっている、だから〝共生〟の精神が大事なんです。しかし、同時にお互いが食い合っているのも厳粛な事実です。仏教の中でも浄土真宗は肉食（にくじき）を否定していません。

宮浦　食べないと生きられない私たちだからこそ、生き物を殺すときにちゃんと尊敬の念をもって感謝すべきですね。そういう苦しい思いをさせて、われわれは命をいただいている。これはとても大事なことだと思います。

若原　食前に「いただきます」と言うのもそういう意味からですね。

ニコル　僕は木を切り倒すときも「ごめん」と言います。必ず小さなお祈りを捧げます。家畜の場合は、飼い方ができるだけ自然に近いことが大事だと思います。
だから僕はブロイラーは、出されたら食べますが、自分からは食べません。コンクリート上にずっと立たせておくとか、不自然な飼い方をするから変な病気が出てくる。

■宮浦富保（みやうら・とみやす）
龍谷大学理工学部環境ソリューション工学科教授。森林生態学を専門分野とし、環境保全に適したより健やかな森作りのために各地の土地の条件に合った林木育種の研究を進めている。

若原　ニコルさんは現在は山の中で生活をされていますが、海に対してもご関心をお持ちですね。例えば北極に行かれたりとか。

ニコル　僕の本当の専門は海の哺乳動物なんですよ。アザラシ、クジラ、セイウチなどの。

若原　捕鯨についても、クジラを保護するために捕鯨を禁止すべきだとする見解とは違うご意見ですか。

ニコル　違いますね。ただし、今の気持ちは複雑です。南氷洋にクジラはたくさんいると分かっています。例えばミンククジラは毎年５０００頭くらい獲っても大丈夫でしょう。しかし、現在のような国際感情の中で日本がそれをやるべきかというと、僕は難しいと思う。ニュージーランドやオーストラリアなどとけんかが続くことになる。それなら沿岸捕鯨をやるべきだとずっと思っていました。ただ、枠をちゃんと決めて、データをきちんと取ることが必要です。
さらに問題なのは、クジラに含まれてるダイオキシンやＰＣＢの濃度が高いことです。特に歯クジラでは。妊婦や子どもがどの程度まで食べてよいかのデータを日本政府は出していません。フェロー諸島では伝統的な漁としてゴンドウクジラの追い込み漁をやっていますが、そこでは、月に何グラムまでクジラ肉を食べてよい…と教えています。

ニコル　宮浦先生はどのような研究をされているのですか？

宮浦　私は林野庁出身で、例えばスギの木の中でこの土地に合ったスギはどんな品種のものなのかといった研究をしていました。ただ、林野庁ではものすごく山奥にスギを植えたり大きな間違いをしていましたね。

ニコル　われわれの森の中にも貧弱なスギ林があったんです。細くて雪で曲がってしまっていた。どうしようかと松木さんと議論して、半分ほど伐採したんです。残したスギも厳しく枝下ろしをやりました。いろいろな木を試してミズキを間に植えました。十数年したらミズキが育ち、地表にいろんな植物が生えて、スギがまっすぐに育っています。５０年ほどしたらいいスギができるなと思っています。

宮浦　間伐の大切さですね。日本では、ちゃんと間伐して木を大きくしてやる認識が低く、いろんな問題が起こっています。

ニコル　最初はびっしりと植えて、枝下ろししながら間伐していくのは正しいと思います。ただ、やっている人たちがそのことを分かってないとだめですね。
その際、いいものを残すことです。木に良い悪いは本来ないけれど、木にも遺伝子があるから、いいものを全部伐採して悪いものを残すのはよくありません。

宮浦　林野庁はいい木、例えばいいケヤキをたくさん切ってしまいました。財政に困ってのことなんですが、現在山に残っているケヤキはあまりいい木ではありません。いい木を残して次の時代に使ってもらおうというのが本当なんですが。

若原　日本でコブシやオニグルミは役に立たないといいますが、それは材木にならない、つまり売ってもお金にならないという意味にすぎない、ということですか。

ニコル　西欧ではクルミはものすごく大事な木ですよ。家具や鉄砲の材料になる。松木さんもオニグルミを嫌ってましたが、一番の理由は毒を持っていること。他の木が育たないし、川の生物が死んでしまうんです。コブシは材木にはならないからだというのです。でも、花はきれいですよね。

宮浦　見て楽しいことも大事ですね。

■若原道昭（わかはら・どうしょう）
龍谷大学短期大学部教授・副学長・広報委員長

若原　環境保全について今後基本的にどのような視点が大切だと思われますか。

宮浦　私は生活と密着したものであるべきだと思います。主体になるのは「人間の生活の仕方」。自分の存在は他の命をいただいて成り立っているのだという思いを基調としながら、人間が快適に、文化として豊かなものを目指す視点で環境を保全していくことが大切だと思います。今までは便利・安全だけでやってきましたからね。

ニコル　僕は理想的な社会には３つのポイントがあると考えています。１つは健康。これは人間の健康だけじゃなくて生態系全体の健康を意味します。そのためには多様性に富んだ豊かな自然がないとだめですね。２つ目は治安・安全。人間以外の生物にとっても安全であるべきで、種の絶滅に結びつく行為は絶対にしてはいけない。３つ目は美。もともとの美意識とは自然から来ると私は信じています。
この３つがあると安心感、やすらぎに満ちた社会、子どもやお年寄りでも安心して外へ出て行けるとか、安心して水が飲めるとか、そういう社会が可能になります。
そして、自分以外の生き物を尊敬する、愛しいと思うこと。ドロ亀先生はアリでも「さん」付けで呼んでいましたよ。「おっ、アリさん、どこ行くの」って（笑）。すごく楽しかった。

若原　龍谷大学の学生に対してとてもいいメッセージとなりました。どうもありがとうございました。

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