エッセイ 続けるっていいですね! 経営学部教授 経営情報・小売流通 寺島和夫(てらしまかずお)

経営学部教授 経営情報・小売流通 寺島和夫(てらしまかずお) 手元に1冊のクリアファイルがある。そのファイルのトップページに差し込まれた1枚の小さな白黒の版画が目を引く。和服を着たオス・メス2匹のネズミが並んで正座をしながら両手をついて今まさに頭を下げようとしている。ネズミの横には1984年元旦、とある。実は、これは私たち夫婦が結婚して2年目の正月に発送した年賀状だ。なぜそんなに古い年賀状があるのかというと、4年前に年賀状を作成する際に、ふと思いついて過去に発送した年賀状を整理してみたことがあった。というのは、運良くというか、物を捨てることのできない性格からか、懐かしい黄色の“プリントゴッコ”の箱にこれまで送った年賀状の残部、あて先不明で戻ってきたもの、スケッチなどがたくさん残っていたのだ。整理しだすと子どもの幼稚園の時の演劇発表、家族旅行、龍谷祭へ連れてきた時のことなど1枚いちまいから懐かしい情景が生き生きとよみがえってくる。思わず手を止めて感慨にふけりながらの作業になった。残念ながら結婚して最初の正月に出したはずの挨拶状を兼ねた1983年の年賀状など数年分は見付からなかったものの、結婚後18年のうち14年分が残っていた。そのファイルに、今年の正月には19枚目が加わった。

恩師のことば
 誰もが毎年習慣として出している年賀状だが、送りっぱなしでそれを振り返るということはほとんど無いのではないだろうか。でも改めて眺め直してみると、世の中の移り変わりや、家族の成長過程などが実によく見えてくる。我が家の場合、毎年手作りで、しかも最近では家族の近況を伝えるようにしてきたからかもしれないが、その効用は実に大きいものだ。
 大学生時代の恩師である故・東俊雄教授は何事も規則正しく続けることが大切だ、そうすることによって必ず力が付くということをよくお話しされた。その例としてあげられたのがチューブに入った歯磨き粉の話だった。単純明快なためか今もよく覚えている。先生の話によると、「歯磨き粉は毎日少しずつ使っているうちに確実に減っていき、ついにはそれを使い切ってしまう時がくる。別に使い切ろうとしているわけではないが、毎日繰り返すことが一つの成果を生むことにつながるんだ」と教えていただいたと思う。年賀状のファイル作りを通して先生の教えを実感している次第だ。

情報化とともに
 ここで少し我が家の年賀状を振り返ってみよう。我々の結婚以後パソコンやインターネットが急速に普及してきたわけだが、情報技術の発展が年賀状作りの中に見事に反映されている。例えば、八四年の年賀状は謹賀新年の挨拶、ネズミの版画そして新居の住所の3つを切り抜いて組み合わせて原版を作り“プリントゴッコ”で作成した。それが、八七年には3匹のウサギ(長男が生まれたことを示している)を緑・赤・青の3色で描き、住所はワープロ出力を利用して原版を作成している。その後は原版に占めるワープロで作成された比率が高まり、九一年には年賀状全体がワープロで作成され印刷もプリンターに切り替わった。さらに九四年にはワープロ文書への図の挿入も始まった。このように紙の切り貼りからワープロへ、“プリントゴッコ”からプリンターへの移行が進んだのがこの時期だった。
 さらに、九六年にはデジカメで撮った子どもの写真を初めてワープロの文書に挿入している。これ以降は完全にパソコンとデジカメ写真を使っての年賀状作成に移っている。写真はデジカメの画素数とプリンターの性能の向上に伴い年を追って質が向上し、1999年以降は年賀はがきをインクジェット紙に切り替えたこともあり、格段に美しくなった。当初は手に入りにくかったインクジェット紙だが、昨年末では余り気味だったとか。また、ある新聞の記事では携帯電話で読み取ることができる二次元バーコード入りの年賀状も出てきているとか。このようなことを考えていると、毎年たくさんいただく年賀状の変遷を分析してみたら文化の移り変わりがとらえられておもしろいのではと思いつつ、まだできずにいる。

我が家のあしあと
 年賀状を整理してみて明らかになったもう1つの点は、年賀状が我が家の家庭史の役割を果たしているということだ。もともとは結婚後なかなか親戚に子どもの成長を見てもらえないために、年賀状で知らせ始めたことがきっかけだった。最初は何歳になったかを書く程度だったが、94年に家族4人の近況を簡単に紹介したのがきっかけで、99年以降はその年を代表する家族の写真と全員のその年のトピックを書くようにしている。限られた紙面に何をどのように書くのか、頭を悩ますのが年末の恒例となっている。中には、毎年楽しみにしているとおっしゃってくださる方もありうれしく思う。10年以上も続けていると、それを眺めるだけでまるで結婚式の披露宴での生い立ちを紹介するビデオでも見ているかのように、子どもの成長の軌跡が手に取るようによみがえってきて、続けることの大切さを実感する。
 3年前に小・中学校の合同の同窓会に出席した時のことである。2人の恩師にほぼ35年振りに再会したのだが、小学校の恩師の席に挨拶に伺った時、先生の口から最初に出てきた言葉は意外なものだった。「和夫ちゃん、あなただけよ!卒業してずっと年賀状をくれているのは」。少し胸が熱くなるのを覚えた。
 やっぱり続けるって、いいですね。

 
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