龍谷 2006 No.61

奈良絵本『竹取物語』

『竹取物語』1/2 『竹取物語』2/2

 『竹取物語』は、『源氏物語』で「物語りいできはじめの祖(おや)」と呼ばれているように、9世紀末に書かれた最初の作り物語として文学史的に重要な作品である。ところが現在、伝本として16世紀末をさかのぼる古い時代のもの(断簡は除く)と認められるものはなく、すべて室町末期以降のものである。しかし、現存の伝本が伝える内容は、『源氏物語』などに書き記されている内容と矛盾がなく、成立当初の内容や表現がほぼ伝えられているものと認められる。
 本学大宮図書館は『竹取物語』の写本を8本も所蔵している。その多くが、元本学文学部教授の中川浩文氏(故人)の所蔵本であり、現在は中川文庫本として収まっている。これらのうち、いわゆる奈良絵本と称される写本が2本あるが、うち1本が中川文庫本(上・中の2冊。下巻欠)で、もう1本は、全巻そろった3冊本(龍大本と称する)、共に17世紀後半のものと見られており、貴重な写本(※)である。
 奈良絵本とは、彩色された挿絵の入った写本のこと。題材は、お迦草子を中心とした古典文学が多く、室町時代中期から江戸時代前期にかけて流行した。
 右の図版は、奈良絵本(龍大本)が有する全12図のうち、最後の一葉に当たる絵である。本文でいう「衣着つる人はもの思ひもなくなりければ、車に乗りて百人ばかり天人具してのぼりぬ」の部分、つまり月の都から迎えに来た天人たちに連れられて、かぐや姫が月へと昇天していく場面を描いている。「車」は、本文の先の方では「飛ぶ車」と書かれていたものに同じ。「飛車(ひしゃ)」は中国の故事によると、風に乗って空を飛行する車のことをいうらしい。伝本(絵本または絵巻)によっては、車輪を描いているものもあるが、右の絵では、車輪らしいものは描かれておらず、車らしい形跡がない。この絵から考えられる最も近い乗り物は、「鳳輦(ほうれん)」または「葱花輦(そうかれん)」と呼ばれている輿で、もっぱら天皇が用いた乗り物である。しかし、「輦」であるなら、「轅(ながえ)」と呼ばれる、数人の人が肩で担ぐための棒が数本必要であるが、それらしきものも描かれていない。おそらく絵師は、雲自体が飛行能力を持っていると解していたのであろう。天女と地上の女房、その服装の異なることにも注目したいところ。
(文・糸井通浩文学部教授)



(※)竹取物語は、『龍谷大学善本叢書22 奈良絵本』糸井通浩責任編集
(2002年3月刊/思文閣出版)に影印・翻刻を載せ、公開している。


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