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座り犬 色鮮やかなよだれかけをしている「座り犬」。表情が可愛らしい |
ふっくらと丸みを帯びたデザイン、どこか愛嬌を感じさせる表情が、見る者の心を和ませる「伏見人形」。
日本最古の郷土人形で、全国に90種以上あるという土人形の元祖ともいわれている。起源は垂仁天皇の時代、朝廷より土師職に任命された土師部が稲荷山の土を使って土偶や土器を作ったのが最初とされ、江戸時代には、伏見街道沿いに50軒以上の伏見人形の店が軒を連ねていたという。
その街道筋に、ただ一軒残っている老舗が、伏見人形窯元の「丹嘉」である。創業は江戸中期の寛延年間で、現在の主人で7代目という歴史を持つ。
「昔から、東山三十六峰の北の方では清水焼、深草では伏見人形、さらに南の大亀谷では伏見桃山城の屋根瓦を焼いていたといいます。稲荷山の土を使ったのは、稲荷山自体がご神体であり、その山の土を持ち帰って信仰の対象にしたということ。当時の農家の人々にとっては、五穀豊饒を祈る意味で、ありがたい人形だったのだと思います」と7代目主人の大西時夫さん(58歳)。
人形は、大西家に江戸時代から残る約2千種類の型を使って作るため、形やデザインは当時のまま。着物などの色は時代の流行や風俗によって少しずつ変わっていったという。ただ、歌舞伎ものだけは決まった色があって、それは昔から全く変わらないそうだ。
伏見人形の特徴の一つは、郷土玩具でありながら、中国の故事や説話、風俗が題材になるなど人形一体一体に物語があることだ。おなじみの狐や、熊と金時、チョロケン、饅頭喰いなど、独特の味わいがある人形は、文化的にも価値が高いといわれている。
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鯛乗りえびす
おめでたい縁起物の「鯛乗りえびす」 |
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饅頭喰い
お父さんとお母さんのどちらが好きかと聞かれた童が、手に持っていた饅頭を半分に割り「どちらも好きだ」と答えたという説話に基づく |
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さて、その人形の作り方は、まず前型と後ろ型の二つある粘土の型に土を押し込んで形を作り、それを前後で合わせて人形の形を造る。その後、十分に乾燥させてから、約10時間、900度の窯で焼き、絵付けをしていく。型を取った人形は、完全に乾くまでに夏季で3日は必要という。暖かい時期に形を作り、寒い時期に絵付けを行なう。
「絵の具と混ぜる膠は土に色を定着させるのに必要ですが、動物性なので、夏は2日で腐るんです。そのせいもあって、絵付けは冬場にするようになりました」
また、人形の絵付けは、伝統的に使われている12〜13種の原色を使う。後ろ姿には色を塗らないのも特徴の一つ。表裏のない商売をするという意味で裏側に色を塗らないのだそうだ。さらに人形はケースに入れたりせず、なるべく外気に触れるようにした方がいいのだとか。
「土人形ですので、壁土みたいに湿気を常に吸ったり吐いたりして呼吸しているものなんです。ケースに入れると呼吸ができないから変色が早くなってしまう。人形はあくまで子どものおもちゃです。手にとって遊んでいるうちに手垢がついて面白味が出てくるんですよ」
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「立雛」の顔や着物に色を入れていく7代目大西時夫さん |
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絵の具の温度が下がってきたら温め直し、適温に調整する |
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絵付け中の「立雛」 |
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ボートと人形づくりの共通点は「数をこなすこと」
実は大西さんは、龍大端艇部に所属し、在学中はもっぱら瀬田川に通い、毎日のようにボートの練習に励んでいた。
「あの頃は瀬田川から琵琶湖大橋までボートで往復していましたね。当時は根性論が全盛でしたので、訳も分からず練習、練習の毎日でした(笑)。練習量だけは他の大学に負けない自信がありましたよ。おかげで新人戦は大勝でした。当時はまだバンカラな気風が残っていて……みんなげた履きでしたね(笑)」
青春時代に苦労を共にした仲間とは、今もOB会などで親交を温めているという。
「ボートと人形づくりで共通するのは、練習をたくさんこなすと自信ができるということ。人形も数多くこなせばこなすほど、自信が付いてきて、顔にもすっと線が引ける。すると、早くできてきれいに仕上がります」
さらに、人形を作る上で大切なのは作り手が“無心”であること。
「気持ちが平静だといいものができますね。頭でああしよう、こうしようと、いろいろ考えない方がうまくいきます。肩の力が入っているとだめなんですが、最初の頃は、自分がいつ肩に力が入っているかも分からない。その肩の力を抜くのに、何年もかかるという感じです」
大陸的なおおらかさを感じさせ、見ているだけで穏やかな気持ちになる伏見人形。ぜひ、手にとってその豊かな表情を楽しんでもらいたいものだ。
伏見人形窯元「丹嘉」
京都市東山区本町22丁目504番地
電 話:075-561-1627
営業時間:午前9時〜午後6時
定 休 日:日曜・祝日
交通●京阪伏見稲荷駅から徒歩5分
●JR稲荷駅から徒歩5分
饅頭喰い(三寸)2,940円、
立雛5,250円などを販売
HP:http://www.tanka.co.jp/
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伏見街道に面する「丹嘉」の表構え |
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