龍谷 2006 No.61

座談会/全国初、条例で子どもを守る!「川西市子どもの人権オンブズパーソン」の取り組みとは?
出席者:上杉孝實、野澤正子、太田朋恵、司 会:持田良和
出席者:上杉孝實、野澤正子、太田朋恵、司 会:持田良和


上杉孝實(うえすぎ・たかみち)
上杉孝實
(うえすぎ・たかみち)
元龍谷大学文学部教授。京都大学名誉教授。専門は社会教育、教育社会学。川西市子どもの人権と教育検討委員会の会長として条例による子どもの人権オンブズパーソン制度の創設を全国で初めて提言した。
“いじめ”から子どもを守るためにスタート

持田 いじめ、不登校、虐待、それに凶悪事件……今、子どもを取り巻く状況は深刻です。子どもの人権を守り、さまざまな問題をどう解決していくか、その方策が議論される中、一つの参考になるのが兵庫県川西市が制定した「子どもの人権オンブズパーソン条例」だと思います。
 実はこの条例制定には龍大関係者がかかわり、その運営スタッフとしても卒業生が活躍しています。そこで今日は、「川西市子どもの人権オンブズパーソン条例」とはどういうものか、制度の意義と可能性についてお話しいただきたいと思います。まず、条例制定を提言された上杉先生から、そのいきさつをお聞きしたいのですが。
上杉 きっかけとなったのは、1995年4月に川西市教育委員会に「子どもの人権と教育検討委員会」が設けられたことです。弁護士、幼児教育の専門家、それに教育委員会の人もメンバーとして参加し、私がチーフ役を務めました。背景として、90年代初めから全国的に“いじめ”が問題となっていて、川西市は特に新興住宅地として急速に人口が膨らみ、各地から移り住んだ子どもの間でトラブルが生じていたことがあります。
 実際に子どもたちに調査をしてみると、いじめられた経験がある子が多く、しかも黙って我慢をしていたという回答が多い。このまま放っておいてはいけない、と思いました。委員会では子どもの人権を守るという視点で議論が行なわれ、いろいろな提言の中の一つがオンブズパーソンなんです。悩みを抱えている子どもたちに寄り添い、考えながら調整を図り、解決の支えになる人が必要だと。
持田 その提言を受けて、1997年に「子どもの人権オンブズパーソン検討委員会」が設置され、私も委員の一人として参加しました。地域の中で市民全体に実効力を持つような条例とするために社会学的視点から発言を求められたからです。
上杉 タテ割りではなく地域全体から見ていかないといけませんね。私たちが同時に提言した「教育情報センター」の設置は、学校教育、社会教育、不登校相談、子育て支援など、垣根を超えた取り組みとして実現しています。しかしオンブズパーソンについては、学校関係者には学校の中のことは自分たちに任せてほしいという空気もありました。教育委員会に属するのが当然だろうという意見も多かったのですが、市長の付属機関になったことで、ある意味広がりがでましたね。
持田 そうですね。決して、学校にもの申す機関にするつもりはありませんでした。国連の子どもの権利条約を前提に、子どもの悩みを共に解決することを理念に盛り込み、川西市でどう具体化していくかが課題でした。まず、オンブズパーソンとして確かな見識を持った人に就任してもらい、そして、行政だけでなく民間組織や団体も対象に、意見を申し述べることができる権限もきちんと与えました。子どもがいつでも気軽に駆け込めたり、電話ができることも重要です。また、当事者でなくても気が付いた人なら誰でもオンブズパーソンに助けを求めることができる、このことは大きな特長になりました。
上杉 各地で市政全般のオンブズパーソンはありましたが、子どもの人権を前面に打ち出し、しかも条例に基づくのは初の試みでしたね。


野澤正子(のざわ・まさこ)
野澤正子
(のざわ・まさこ)
元龍谷大学社会学部教授。現在は、千里金蘭大学人間社会学部教授。専門は児童福祉。川西市子どもの人権オンブズパーソン制度の初代代表オンブズパーソンを務め、数多くの事例について対応した。
子ども自身が解決策を見いだせるように

持田 1998年にいよいよ条例が公布され、初代のオンブズパーソンが川西市長から任命されました。その代表を務められたのが児童福祉の専門家である野澤先生です。
野澤 なにぶん全国初ですから、「いったい何をする人?」と皆さん戸惑われたようです。私たち自身も条例を基に、人権救済を具体的にどうするのか、ずいぶん話し合いを重ねました。
 当時、ラグビー部の中学生が熱中症で死亡した事件と、いじめにあって自殺したという2件の申し立てがありましたし、さまざまな子どもや保護者から相談の電話が寄せられました。持ち込まれた申し立てや相談を時間をかけて議論し、解決を模索しながらイメージをつくりあげていったという感じですね。
 本当にこの条例がよく成立したな、とつくづく思います。民間のオンブズパーソンでは難しい関係機関に対する調査権をはじめ、勧告などの権限が持てたことで、制度の持つ価値や機能の重要性を感じてきました。告発的なスタイルでは解決しなくて、大人も共に考え、成長していくことが必要だと実感しました。
持田 オンブズパーソンの下に、調査相談専門員(相談員)が4人いて、直接、子どもたちの悩みを聞いています。現在そのうちの2人が龍大卒業生です。今日は太田さんに来ていただいたので、具体的にかかわっている立場から、お話してもらいましょう。
太田 今年度、採用されたばかりですが、学生時代から子ども・地域・教育の3つに関心があって、以前は寝屋川市で2年間、スクールサポーターをしていました。現在、相談は平日5日、市役所の中で電話を受けています。直接会って話をしたいとの希望があれば、阪急川西能勢口駅前にある「子どもオンブズくらぶ」という部屋で会います。そこはじゅうたん敷きでソファがあり、ゆったりとした雰囲気です。
 相談事例は不登校、いじめ、先生との関係、友だち関係などが多いですね。友だち関係の相談は、調整というより「話を聴くこと」に主眼を置いています。
野澤 以前、仲良しだった友だちが急に遊んでくれなくなったという相談がありました。こちらが指示したり調整するのではなく、「他に相談に乗ってくれる子はいないの?」と聞いて、子ども自身が解決策を見つけるのを助けてあげるという姿勢が基本でしょうね。
太田 子どもの話を「聴く」というのは大切ですね。ある子が学校へ行かなかった時、なぜ?と尋ねたら「面倒くさいから」と答えるだけ。実はその子はクラスでいじめられていたのだけれど、それを人に話すことは本人にとって難しく、それが「面倒くさい」という言葉になっていました。何度も会って信頼関係を築いていく中で子どもは本当の気持ちを話してくれます。「聴く」ということは難しくて日々、勉強の毎日です。私たちは、子どもの話を「聴く」中で、どうしたら解決できるかを子どもと一緒に考えます。必要な場合には、子どもの気持ちを先生や親に代弁することもあります。


太田朋恵
(おおた・ともえ)
2003年社会学部地域福祉学科卒業。大阪府寝屋川市でスクールサポーターを務め、2005年から川西市子どもの人権オンブズパーソンの調査相談専門員。
苦情処理ではなく積極的な調整役に

持田 深刻な相談だけでなく、「なんとなく」電話をかけてくる子もいますか?
太田 はい。例えば、台風の警報が出て学校はお休み。でも両親は仕事で、家で心細いから電話をかけてきたとか……。そんな時も雑談しながら学校の様子などを「聴く」ようにしています。
野澤 学校に対する不満を言う保護者がいて、何度も会って話をするうちに、個人的に深刻な問題が隠されていた場合がありました。
太田 問題解決に向けて課題整理をしていくと、不満の背景に何か別の要因が見えてくることがありますね。
野澤 子どもが騒がしくて授業ができない、いわゆる「学級崩壊」の問題で、もう一人の龍大卒業生で相談員の森澤範子さんが“留学生”という形で授業に入り、子どもたちと数ヵ月過ごしたことがありました。語り合いながら押し付けずに見守っていると、反目し合っていた子どもたちがもう1回、一緒にやっていこうということになった。最初は先生に対する不満だったのが、だんだん親に対する不満も出てきましたね。
持田 上杉先生は川西市にお住まいですが、「子どもの人権オンブズパーソン条例」が制定されて以後、どのように変わってきたとお感じになりますか。
上杉 オンブズパーソン制度に対する子どもや親の認知度が非常に高くなってきたことを感じます。これまで決して平坦な道だったわけではなく、予算がカットされた時もあり、有効に機能しているという評価もあれば、もういいだろうという空気もあります。しかし、オンブズパーソン制度があるということをそれぞれの立場で意識して、考えて行動するということが意義深いのです。苦情処理ではなく、積極的な調整役、コーディネーターとしての役割を今後もきちんと果たしていくことが必要です。
太田 年々、中高生の相談が増えているのは、小学生の時に市役所見学をしてオンブズパーソンの存在を知っているからでしょう。電話番号を書いたカードも配布していますから。
持田 認知度が高いのは、都道府県での取り組みではなく、市町村レベルだからということもありますね。オンブズパーソンや相談員の顔もすべて公表されているので、身近に感じられるのでしょう。
上杉 児童相談所とは機能が違っていて、オンブズパーソンはどんな相談でもいいわけです。柔軟性があり、しかも、いざとなれば「勧告」という伝家の宝刀もある。
野澤 県レベルのオンブズパーソンも必要で、両方あるのが理想ですね。とにかく、これまでは教師対生徒、親対子どもという2者の関係しかなかったことに問題があった。オンブズパーソンによって、子どもにとってはセーフティネットのような安心感があると思います。ここへ行ったら助けてもらえるという認知度も高まっているのはうれしいですね。


持田良和(もちだ・よしかず)
持田良和
(もちだ・よしかず)
社会学部社会学科講師。専門は社会意識論、子ども社会学。川西市子どもの人権オンブズパーソン制度検討委員会の委員として条例策定にかかわった。
弱者に目を向ける龍大の伝統を大切に

太田 スクールサポーターは学校の中にいるので子どもが学校に来なくなったり、元気がないとすぐに対応ができますが、オンブズパーソンは相談の電話がないと動けない。歯がゆさがある一方で、第3者機関だからこそ相談者が言えること、私たちができることがあると思います。子どもが抱えている問題は複雑で学校や家庭の中だけで解決できない問題がたくさんあります。オンブズパーソンでは、関係機関と連携して丁寧に子どもとかかわり、応援できることがいいと感じています。もっと地域と連携して、早いうちにサポートできればいいですね。
野澤 子ども自身は権利侵害を受けていることをなかなか認識できません。第3者が発見することが大事。親も気付いていない、教師も気付いていないことを第3者が気付くことは多い。そういう意味でオンブズパーソンもスクールカウンセラーやサポーターも役割は大きいですね。発見が遅れるのは課題で、こちらから出かけて発見していく体制は将来的に必要でしょう。
持田 今後の課題、展望はいかがでしょうか。
上杉 川西市の取り組みが一つのモデルになって、あちこちの市町村で似た動きがありますが、難しいようですね。川西市のようにオンブズパーソンが有効に働くためには“芯”が必要で、調査・勧告など公的にある程度、権限を持つ必要があるのでしょう。
野澤 オンブズパーソンは日本語に訳すと「行政の監察官、審査官」ですが、川西市の場合は、個人救済が主目的というところに大きな特長と意味があります。人権救済は個人救済を徹底するところから始まります。教師と生徒、親と子という関係から見れば、大人は権力者で子どもは弱者です。大人は無意識に子どもの人権を侵害している可能性は高くて、オンブズパーソンという第3者は不可欠な存在です。大人と子どもの関係に対して、第3者だからこそできるのだと思います。子どもの立場からいえば、第3者が入って問題解決する新しい方法を私たちが示していけたと自負しています。
持田 各地に出向くと、龍大卒業生が子どもと向きあうさまざまな現場で活躍しています。
 龍大では古くから「矯正・保護課程」を設置し、本願寺でも仏教セツルメント活動としてお寺が子どもを守る役目を担ってきました。すべて弱者や子ども側からの視点で考えていこうという伝統があります。また、社会学部では日本の大学で初のプレイワーカー養成課程を設置しました。これからも龍大関係者や卒業生の活躍を期待したいですね。


 Message
森澤(旧姓石井)範子
(もりさわ・のりこ)
1997年社会学部社会学科卒業。1999年香川大学大学院(教育学)修了。2001年から川西市子どもの人権オンブズパーソン調査相談専門員を務める。
  オンブズパーソンには日々、子どもたちから、いじめや虐待、自傷行為など深刻な相談が寄せられています。相談で最も大切にしていることは、子どもの話を丁寧に聴き、その気持ちを受けとめていくこと。そして、例え時間がかかったとしても、子どもと一緒に問題解決に向けて対話を重ねていくことです。子どもは自分の思いや考えを尊重されていると実感できれば、困難な状況であっても、大人の想像を越えて自ら力を発揮し、回復していきます。子どもとの出会いがそのことを教えてくれました。また、子どもの声を社会に届け、子どもと大人が共に生きる社会の実現を目指し、働きかけていくことも、オンブズパーソンの大切な役割だと感じています。今後も、子どもが安心して相談できるよう、一層努力していきたいと思っています。


「川西市子どもの人権オンブズパーソン」とは
川西市内の小中学生全員に配布しているカード
川西市内の小中学生全員に配布しているカード
  1998年12月、市議会の全会一致で「川西市子どもの人権オンブズパーソン条例」を可決し、制定された。
 市長から任命された3人のオンブズパーソンと調査相談専門員(相談員)が、子どもを守るために活動。相談だけでは解決できないことは、調査・調整を通して、関係者に勧告・意見表明をする権限を持つ。
 条例では、オンブズパーソンを「子どもの利益の擁護者・代弁者」「公的良心の喚起者」と定め(第7条)、 (1)子どもの人権侵害の救済に関すること (2)子どもの人権の擁護と人権侵害の防止に関すること (3)それらのために必要な制度の改善などを市長などに提言すること、をオンブズパーソンの職務(第6条)としている。

詳しくはホームページで
http://www.city.kawanishi.hyogo.jp/mado/citywork/kdm_onbs/


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