龍谷 2006 No.61

岡山市立オリエント美術館


オリエント悠久の歴史を生活文化の視点で

アッシリア・レリーフ「有翼鷲頭精霊像」
アッシリア・レリーフ「有翼鷲頭精霊像」アップ
アッシリア・レリーフ「有翼鷲頭精霊像」
(紀元前9世紀)
約3000年前、古代オリエント世界を初めて統一したアッシリア帝国は、今のイラク北部にあり、旧約聖書にも度々登場している。宮殿内壁を飾ったこのレリーフは、アッシリアの首都の1つであるニムルドで発掘されたもの。世界でも稀少なコレクションで、2004年、美術館創立25周年を記念して広く市民に基金を呼びかけて収蔵することができた。

 岡山市立オリエント美術館は、日本で有数の“オリエント”をテーマにした美術館である。
 オリエントとは「日が昇るところ」を意味する言葉。古代のギリシャ人やローマ人は、自分たちから見て東方にあった先進文明の地を畏敬の念を込めて“オリエント”と呼んだ。その東方の地とは、人類最古の文明が開けたメソポタミア・エジプトとその周辺の地域を指し、今日では中近東と呼ばれる西アジアと北アフリカの一部にあたる。
 オリエントの人々は、世界で初めて農耕・牧畜の生活に入り、高度な都市文明を築いた。やがて、オリエント文化は北アフリカ、地中海・ヨーロッパ、そしてアジアへと伝わっていく。日本とオリエントの距離は実に8000キロ以上。しかし正倉院には、オリエントに起源を持つ文物が数多く残り、オリエントとはシルクロードによって結ばれていたことが分かる。
 岡山市立オリエント美術館では、ティグリス川とユーフラテス川に挟まれた平原(現在のイラク南部)から生まれたメソポタミア文明の歴史をたどりながら、なぜオリエントが高度な文明を持つに至ったのかが理解できるように、時代の順を追って、丁寧に展示・解説がされている。
 さらに、この美術館が特徴的なのは美術品と呼ばれる分野より、人々が日常使ったであろう陶器や青銅器、ガラス器、織物、アクセサリーなどが豊富に展示されていることにある。それらはまさに生活の中の芸術であり、当時の人々の心豊かな暮らしの営みに驚かされる。
 この美術館で感じるオリエントの国々は、とても身近で親しみやすい。

ハンムラビ法典 レプリカ
レプリカ アップ
シュメール語で記されたハンムラビ法典碑のレプリカ。前文・条文・後文の3構成になっており、「目には目を」(196条)、「歯には歯を」(200条)で有名な条文は後の面に刻まれている。楔形文字は通常横書きだが、この法典碑は90度転回して刻まれている。
ガラス工芸
紀元前1世紀にローマ領のシリア・パレスティナで吹きガラスの技法が発案されると、さまざまな種類のガラス容器が盛んに作られるようになり普及していった。こうした古代のガラス工芸には、すばらしい職人の技が込められている。

3〜5世紀頃の仏陀像
館内は常設展示として「狩猟採集から農耕牧畜の社会へ」「都市の成立と古代帝国への歩み」「ヘレニズムとペルシャ文明」「イスラームの時代」に区分され、オリエント、特にメソポタミア文明の歴史と文化が系統だって理解できるように構成されている。
粘土板文書
粘土板文書(紀元前2300年頃アッカド時代)
各地から物資や情報が集積される都市には、それを記録するための文字が必要だったのだろう。「楔形文字」は紀元前2500年頃にシュメール人によって発明され、粘土が柔らかいうちに刻み付けられた。初期の文書には家畜や銅製品など、財産の数量が記されている。

「岡崎コレクション名品展―オリエントを横断する―」
オリエントでは紀元前6000年頃から、穀物の貯蔵・調理、食器として土器が作られ始めた。その後、青銅器・初期鉄器時代を経た紀元後も、優れた土器が製作されている。





2階光庭
ローマ時代のシリアの柱頭装飾が飾られた2階光庭。イランの織物“キリム”がベンチを温める。
中央ホール
中央ホール。壁面を飾るのは教会や公共施設に使われた舗床モザイク断片(5世紀頃、シリア)。豹や犬などの動物が生き生きと描かれている。このホールではミニコンサートなどが開かれる。

ゆったり安らげる“光”の建築

 館内に入ると、ホールを中心に展示室がぐるりと囲んでいる。最初、「少し暗いかな」と感じたが、やがて天窓や壁のスリットから自然光が差し込んできた。時間ごとに、天候ごとに、光は多様な表情を見せる。
 美術館を建築するにあたってのテーマは「光」。オリエントの風土をイメージしているという。光の移ろいとともに、この美術館では時がゆっくりと過ぎていくようだ。

3〜5世紀頃の仏陀像
光庭の壁面を飾る組みタイル装飾「曙光」。中世イスラーム陶器のラスター彩の技法を現代によみがえらせたもので、開館を記念して岐阜の陶芸家・加藤卓男氏(1917〜2005)が寄贈した。
2階喫茶室「イブリク」
2階喫茶室「イブリク」では、細かく挽いたコーヒー豆を水と砂糖で煮たアラビックコーヒーが飲める。香辛料のカルダモンの味わいがさわやか。手作りのチーズケーキ(セット600円)も美味。

「岡崎コレクション名品展―オリエントを横断する―」
今年1月、新コレクションが仲間入りした。岡崎林平氏が収集したエジプト、ペルシャ、ギリシャ、ガンダーラ地域のもの636点が美術館に寄贈され、お披露目をかねた「岡崎コレクション名品展―オリエントを横断する―」が開催された。

美術館Information

 岡山市立オリエント美術館の開館は1979年。学校法人岡山学園の当時の理事長・故安原真二郎氏から約2000点のコレクションを寄贈されたのを機にオープンした。安原コレクションは、実際にオリエント地域で収集されたもので、美術品の選択にはオリエント研究の第1人者であった故江上波夫東大教授らがかかわっており、系統的に集められたことで評価が高い。
 開館後も資料の充実に力を入れ、27年を経た現在の収蔵品は約4000点にのぼる。特別展や企画展が随時開催されるほか、講演会・講座なども開き、オリエントの歴史と美術の理解に努めている。



国際文化学部・ヤマンラール水野美奈子 教授(イスラーム美術史)
「岡山市立オリエント美術館で
 西アジアの文明・文化を知る」


国際文化学部・
ヤマンラール水野美奈子 教授
(イスラーム美術史)


 日本の高度成長期に、戦後の高等教育や研究はどの分野も活気に満ちていました。西アジア関係の研究を目指すものにとって、東京大学が1956年から継続したイラク・イラン遺跡調査団の調査や成果はまばゆいばかりでした。やがてオリエント世界の考古・美術に関する一般の関心も高まり、さらには中央アジアや中国も含めたシルクロードの文化や芸術にもその関心は広がっていきました。1960年代後半から1970年代には、大阪万国博覧会をはじめさまざまな展覧会が開催され、出版物が出回り、西アジア・シルクロードブームが興りました。
 このような流れの中で、西アジア(オリエント)の考古や美術の作品を中心とした美術館が日本にも出現しました。岡山市立オリエント美術館と古代オリエント博物館、中近東文化センター(共に東京)です。西アジアの美術品の収集は戦前から多少はありましたが、専門の研究者たちが系統的に構成にかかわったこれらの美術館や博物館は、西アジアの人類の文化や長い歴史を地域的にも網羅した画期的なものでした。中でも岡山市立オリエント美術館の際立った特色は、古代からイスラーム期までの西アジアの文明や文化を、その時代の最も特色のある作品で紹介していることでしょう。私はイスラーム美術を専門にしていますが、イスラーム美術を特色付ける陶器やタイルを語る時、岡山市立オリエント美術館のイスラーム陶器のコレクションは貴重な資料として欠かせません。



 
岡山市立オリエント美術館
岡山市天神町9-31
岡山市立オリエント美術館アクセス地図

●開館時間 9時〜17時(入館は16時半まで)
●休館日 月曜日(祝日の場合開館、翌火曜日が休館)、展示替え期間
●入館料 一般300円 高・大学生150円
小・中学生70円
※団体、高齢者等の割引あり
●交  通 JR「岡山」駅から徒歩約15分、
または路面電車「東山」行き5分、
「城下」下車すぐ
●問い合せ TEL. 086-232-3636
http://www.city.okayama.okayama.jp/orientmuseum/
 


←トップページへ戻る