龍谷 2006 No.62
教員NOW 虐待で傷ついた子どもたちの家庭をつくろう 日本初、「SOS子どもの村」誕生へ!

社会学部臨床福祉学科教授 金子龍太郎 社会学部臨床福祉学科教授
金子龍太郎かねこりゅうたろう

1956年3月広島県生まれ。広島大学大学院教育学研究科修士課程修了。学術博士。
専門は発達心理学、児童心理学。2004年に「子どもの村を設立する会」を設立。
「SOSキンダードルフ・ジャパン」代表。
著書に『傷ついた生命(いのち)を育む』(誠信書房)、『実践発達心理学』(金子書房)がある。
SOSキンダードルフ・ジャパンホームページ
http://www.geocities.jp/kodomo_mura2004/

SOSキンダードルフ・インターナショナルのクティン会長(左から4人目)から正式に日本支部の認定を受ける(2月24日、オーストリア・インスブルックの本部で)
SOSキンダードルフ・インターナショナルのクティン会長(左から4人目)から正式に日本支部の認定を受ける(2月24日、オーストリア・インスブルックの本部で
ノーベル平和賞にノミネートされた国際組織

 今年2月、NPO法人「SOSキンダードルフ・ジャパン(SOS子どもの村)」が発足した。その牽引役を務めるのが金子教授である。虐待やネグレクト(養育放棄)を受けた子どもたちを救済し、親代わりの大人が一緒に生活し、育てるという新しい家庭をつくる活動だ。
 「僕自身が20年前からずっと願っていたこと。2年前に『子どもの村』設立準備のためにNPO法人を取得し、今年になって日本支部として認められました」とうれしそうに語る。
 国際児童福祉組織であるSOSキンダードルフ・インターナショナルは、1949年にオーストリアで誕生。現在では世界132カ国、444カ所の村に、4万8千人以上の子どもが暮らしている。村には十数軒の家があり、女性もしくは夫婦の職員が親となって、3〜6人の子どもたちと生活をするシステム。「ソーシャルファミリー(社会的家族)」と呼ばれる形態だ。
 「子どもの心身の発達にはアタッチメント=i愛着=親子の深い心の絆)を育てることが必要。本当の家族ではないけれど、家族同様の生活をするうちに、自分が大切な存在であり、人も大切にしないといけないことが分かるのです」
 SOSキンダードルフは各国で着実に成果をあげ、ノーベル平和賞にノミネートされるなど高い評価を受けているが、日本での知名度は低い。今まで組織がなかったことも不思議に感じられるほどだ。
 「やはり社会全体が子どもを大切にする意識が低いからでしょう。里親か施設かの選択肢しかなかった日本で初めての試み。理解を得るのも大変でなかなか手ごわい」と苦笑する。


「子どもを救い、国を救う」をテーマに講演した
「子どもを救い、国を救う」をテーマに講演した
北尾吉孝氏(右)と(5月27日、深草学舎顕真館で)
児童福祉は政治経済の問題でもある

 教授自身、約10年間、児童福祉施設に勤務し、子どもたちの置かれている悲惨な実態を目の当たりにしてきた。
 「幼い女の子の全身にタバコでつけられた黒いやけどの跡があった。まさに想像を絶するような虐待を見ましたね」と振り返る。
 研修のために訪れたオーストリアのSOSキンダードルフで、素晴らしい取り組みに感動。その時以来、日本にもこの村をと願い続けたのである。
 他大学で教鞭をとった後、龍大には1999年に着任。
 「教員のこうした取り組みに対して、龍大は非常に寛容で感謝しています。学生たちにもいろいろと手伝ってもらっていますよ」
 昨年は、金子教授がコーディネーターとなり、海外友好セミナーの学生たちとタイの「子どもの村」を訪問。そこで暮らす子どもたちと交流を深めた。そして今年、龍谷大学ボランティア・NPO活動センターとの共催で、日本で注目を集める経営者の一人、SBIホールディングス株式会社CEOの北尾吉孝氏を招いて講演会を開いた。
 「北尾さんは、福祉施設に私財を投じて寄附を行なうなど積極的に活動しておられます。子どもは国の宝。心が壊れた大勢の子どもたちがそのまま大人になったら日本は大変なことになる。児童福祉の問題は、政治経済の問題でもあるのです。企業家にとっては大事な先行投資なんですよ」
 子どもの村オープンは2年後の2009年を目標にしている。すでに京都府下にある企業から無償の土地提供の申し出があるなど賛同する人や団体も増え続けている。福岡県でも子どもの村建設の動きが起こってきた。
 とはいえ建設費や職員の給与などに莫大なお金が必要だ。
 「日本では、里親制度を活用する方法をとります。まず、一人1カ月約8万円の里子委託費を子どもの生活費に充て、自治体の補助金も得られるように働きかけるつもりです。しかし、まだまだ多くの人たちの支援が必要です」
 母親または両親役の職員の研修も必要だ。本部で決められた研修プログラムはみっちり2年間。開設に間に合うように来年から研修をスタートさせる。
 「オーストリアでは、世界で一番つらくて難しい仕事≠ニいうのが募集のキャッチフレーズ。でも多くの人が応募してきます。技術や学問より人間性が何より大切なのです」

金子教授と一緒にタイの子どもの家を訪問した学生たちは、子どもたち
金子教授と一緒にタイの子どもの家を訪問した学生たちは、子どもたち
からタイ舞踏を教わる(2005年度海外友好セミナーの一場面)
児童虐待は環境破壊、何もしないのは加害者と同じ

 「児童虐待は環境破壊」が持論。
 「家庭という子どもにとって大切なものを破壊し、人間性も破壊する。自然環境の悪化をくい止めるように、みんなで取り組んでいかなくてはいけない。何もしないでいることは、間接的な加害者と同じです。生物として子孫を産み育てることができにくくなった社会に将来はありません」
 生家は瀬戸内海に浮かぶ小さな島のみかん農家。身近な生物が好きだったことから、山口大学理学部で生物学を学んだ。生物としての人間を研究するうちに、「子どもがおもしろい」と大学院は方向転換し、福祉の世界へ飛び込んだ。児童福祉の研究にユニークな生物学の視点があるのはそのためだ。
 5年前から、瀬田キャンパスに近いびわこ文化公園の一角で、学生や市民と森づくり≠フ活動をしている。コツコツと、すでに800本の樹木を植えたそうだ。
 「リス、ウサギ、タヌキ、キツネ、それにオオタカも飛んできますよ。子どもの村の敷地も、こんなふうにいろんな生物が共生≠ナきるようにしたい」
 SOSキンダードルフ・ジャパンの苗は今、植えられたばかり。多くの人の思いが子どもを守る大樹に育てていく。

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