龍谷 2007 No.63

龍谷人



 作品のテーマは、自由。友情、恋愛、家族、スポーツ、勉強・・・など。
全国の中学生・高校生・大学生から、英語部門の一般まで、青春の五七五を刻む力作が、9万3645句も寄せられました。
 元文部大臣の有馬朗人先生や俳人協会理事の茨木和生先生ら現代俳壇でご活躍の先生方が厳選なる選考を行なった結果、見事に入賞を果たした作品を一挙公開します。






【評】「貝寄風」は春の海べりの地に吹く風で、船言葉として使われていた。貝寄風の吹く頃に貰ったその手紙は、「親に見せない」というところがいじらしい。(茨木和生)




【評】中学生の頃は驚くほど背丈の伸びる年齢で、殊に夏休みが終わり新学期には互いにびっくりするほどです。母に背丈が追いついたことがちょっと得意げ。健康な表情を持つ一句。(山田弘子)


【評】海水浴の楽しさの中で、熱く焼けた砂の上に書いた方程式。きっと、教室では解けなかった式が、簡単に理解できたのであろう。生徒としての明るい実感のこもった作品であった。(寺井谷子)


【評】夕焼けの空に浮かんでいる一片の雲。他に雲もないので、その雲に夕焼けが集まっている感じである。「背負った」というところに、中学生らしい清潔な感性がある。(大峯あきら)



夜桜の静まり返る星の数 北海道 藤 紗由里さん 秩父別町立秩父別中学校3年

向日葵の咲く空の色ただ青く 宮城県 加藤 光平さん 柴田町立船岡中学校3年

玉虫にいにしえの頃かいま見る 福島県 外島 聖大さん 飯野町立飯野中学校2年

下校後の部室に香る制汗剤 茨城県 笠井 純さん 常陸大宮市立緒川中学校3年

人のいるところの歪む秋の水 埼玉県 加藤 光彦さん 開成中学校2年

風鈴の鳴りはじめたる祖母の家 埼玉県 斉藤 愛莉さん 上尾市立東中学校3年

まばたきをして山夏の声 埼玉県 斉藤 愛莉さん 上尾市立東中学校3年

せんぷう機五つの羽が動き出す 埼玉県 早見 李香さん 川口市立榛松中学校1年

街灯が夜桜照らす塾帰り 埼玉県 吉原 紫乃さん 北本市立宮内中学校1年

鹿の子の見る先みれば東大寺 千葉県 上西 美由貴さん 昭和学院秀英中学校3年

夕立やにしき市場に鮎並ぶ 千葉県 杉井 俊昭さん 昭和学院秀英中学校3年

汗かいて上ル下ルの京の街 千葉県 安田 祥さん 昭和学院秀英中学校3年

清水の舞台夏風吹きぬける 千葉県 安田 祥さん 昭和学院秀英中学校3年

雪だるま夜空に話す星達も 東京都 設楽 莉那さん 品川区立日野学園7年

今は亡き父の縁台で将棋指す 東京都 山崎暢允さん 町田市立町田第一中学校3年

グローブのすき間から見る夏の雲 神奈川県 渡辺 卓也さん 横浜市立若葉台西中学校3年

背のびする私を包む花吹雪 山梨県 池田 ちあきさん 笛吹市立一宮中学校3年

雨中の祇園祭も雅かな 大阪府 上田 小百合さん 大阪市立今津中学校3年

テスト後の雲一つない夏の空 大阪府 西尾 美紀さん 大阪市立東三国中学校3年

ひまわりの自信たっぷり午後一時 大阪府 松井 美樹さん 大阪市立中島中学校3年

夕立のおわびに虹のプレゼント 福岡県 小林 くるみさん 福岡市立原中央中学校1年

天を指す三角切りのスイカかな 福岡県 田中 桃子さん 瀬高町立東山中学校3年

合宿に行くバスの中せみしぐれ 福岡県 橋津 麻里奈さん 福岡市立警固中学校3年

ユニフォーム戻れぬ夏のにおいする 福岡県 松下 純平さん 小郡市立三国中学校3年







【評】有名な「枕草子」の冒頭の言葉を使いながら、「鍵付の日記帳」という青春ならではのものとの取り合わせによって、新しい感覚の作品を生み出した。力量を期待させる一句である。(寺井谷子)




【評】夏の月が出始めて光を得た頃に牛の子は生まれた。月の出と牛の出産とがかかわりあるようにも思える句である。「どさり」という擬声語は、牛の子が生れ落ちたときの音である。(茨木和生)


【評】文法の授業はなかなかむずかしい。特に文語の文法は。丁度サ行変格活用を勉強しているときに、蝉が鳴いている。「シー」とサ変を唱えているみたい。ユーモアがある。(有馬朗人)


【評】青春の年頃は哀歓の心の変化も激しい。友達にも親にも話せない胸の疵を、野の秋草になら話せそうな気がする。情感豊かな思春期の心を詠みつつ、不思議に秋草の優しい表情が見えてくる。(山田弘子)



白地図に高校広く春の空 北海道 山  博之さん 
北海道おといねっぷ美術工芸高等学校3年

毛糸編む思い出くるくる繰りながら 宮城県 樋渡 智美さん 仙台白百合学園高等学校3年

月山の残雪そばに若葉ふく 山形県 今野 拓保さん 国立鶴岡工業高等専門学校2年

五月闇東京大学志望なり 福島県 佐藤 博さん 福島県立磐城高等学校3年

我輩は人間である万愚節 茨城県 北嶋 訓子さん 茨城県立下館第一高等学校3年

花時のフランスパンの焼き上がる 埼玉県 中山 政彦さん 開成高等学校2年

戦争の予感海月の生まれけり 東京都 村越 敦さん 開成高等学校1年

青田風こんなところにチェーン店 神奈川県 兄部 萌柚子さん フェリス女学院高等学校1年

秋惜しむ体育館の硬さかな 愛知県 金田 文香さん 愛知県立幸田高等学校1年

汗かきの数学教師のなまりかな 愛知県 清家 由香里さん 愛知県立幸田高等学校1年

蕪村忌に生まるる波のまだ彼方 愛知県 井畑 有香さん 愛知県立幸田高等学校3年

飲むほどに麦茶の氷音を変え 愛知県 井畑 有香さん 愛知県立幸田高等学校3年

亡き人の帽子をかぶる晩夏かな 愛知県 織田 真帆さん 愛知県立幸田高等学校3年

木苺や花の模様の皿浅し 大阪府 田中 あさきさん 大阪府立千里高等学校2年

自転車で坂道登る麦の秋 大阪府 政 友樹さん 大阪府立吹田東高等学校2年

林檎食べエデンの園へいったふり 大阪府 村井 和樹さん 箕面自由学園高等学校2年

妹の作る肉じゃが夏休み 大阪府 石本 曜子さん 箕面自由学園高等学校3年

蚊をたたくたびに公式逃げていく 広島県 伯田 桂太さん 広島県立尾道北高等学校2年

つい触る指の逆むけ冬の星 広島県 美野 祥子さん 広島県立尾道北高等学校2年

紙コップへこみ戻らぬ残暑かな 愛媛県 小西 真寿美さん 愛媛県立松山東高等学校1年

雲の峰そこまで伸びろトロンボーン 愛媛県 近藤 直さん 愛媛県立伊予高等学校2年

最後までエース投げ抜く酷暑かな 長崎県 溝脇 勇介さん 長崎県立長崎明誠高等学校1年

金魚すくい紙破れたり敗れたり 熊本県 嘉場 麗圭さん 熊本県立鹿本高等学校1年

泣き虫の子どもが一人秋の風 鹿児島県 永吉 誠実さん 鹿児島県立市来農芸高等学校1年







【評】「秋刀魚裏返す」「嘘には変はりなく」の二段切れの作。煙に噎せて秋刀魚を裏返しなら、心の中ではある一事への疑心暗鬼の念を反芻している。深い内面性を覗かせた青春の作品。(山田弘子)




【評】鷹の渡っている空を見ていたら、ふと遠くの方にある一本の電柱が視野に入って来た。それはむろん作者の視野であるが、何となく鷹の視野のようでもあるところが面白い。(大峯あきら)


【評】いよいよこの学校も卒業である。何年も学校へ富士を見上げながら通った。富士はいつも励ましてくれた。心からお礼をしたのである。清冽な気持ち。(有馬朗人)


【評】昼寝から目覚めた時、目に入ったのは真青な夏の空。まだ日は高い。「海と思えり」によって、仰ぎ見る空の青さと「昼寝覚」の浮遊感が伝わり、一句を大きくした。(寺井谷子)



少年の喉美しきソーダ水 茨城県 石塚 直子さん 筑波大学1年

教壇のどんぐりごまや旧校舎 茨城県 梅田 恭平さん 帝京大学1年

蜻蛉やこれより先は明日香村 茨城県 熊倉 潤さん 東京大学2年

充電の切れた昨日の花吹雪く 茨城県 田畑 慎吾さん 法政大学1年

居酒屋の片隅に立つ聖樹かな 東京都 木村 聡さん 中央大学1年

老犬の体の熱や原爆忌 東京都 木村 聡さん 中央大学1年

煉瓦倉庫の窓いっぱいの夕焼けかな 神奈川県 恩田 祐輔さん 東京大学1年

揚花火握りし父の大きな手 愛知県 中井澤 友昭さん 岡山県立大学2年

十六夜や灯台守の髭やさし 愛媛県 中津 由貴さん 同志社大学1年

近づきし火星に匂う金木犀 京都府 佐藤 枝里子さん 龍谷大学4年

春闇の奥に南京鍵ありぬ 京都府 西川 修一郎さん 龍谷大学4年

母います倉敷の地に風薫る 大阪府 岩崎 紀子さん 梅花女子大学短期大学部1年

朝顔や唐十郎の芝居小屋 大阪府 中山 奈々さん 龍谷大学2年

手をあげろ想いを込めし水鉄砲 大阪府 橋本 千佳さん 梅花女子大学短期大学部2年

ロンドンと時差八時間蚯蚓鳴く 大阪府 羽田 大佑さん 京都産業大学1年

サイダーに透かして見ゆるイヤリング 大阪府 平間 恵梨さん 梅花女子大学短期大学部2年

細き指うちわの骨に和紙を貼る 大阪府 矢野 千夏さん 梅花女子大学短期大学部1年

名も聞かず鈴鳴らしあふ遍路みち 兵庫県 藤本 倫正さん 神戸学院大学1年

涼しさや母が食器を濯ぐ音 兵庫県 渡邊 康治さん 神戸大学4年

猫の子の重なり合いて眠りけり 岡山県 近藤 大貴さん 岡山県立大学2年

なつかしき入道雲よ父の背よ 徳島県 武岡 繁さん 阿南工業高等専門学校5年

宿題の朝顔日記あとわずか 福岡県 江藤 温子さん 九州栄養福祉大学1年

空から来る冬の匂いや鴎舞う 福岡県 金川 将志さん 九州栄養福祉大学1年

夏潮やこの睦まじき夫婦岩 福岡県 野島 愛さん 九州栄養福祉大学1年

掲示板七夕の午後補講あり 福岡県 古野 智穂さん 九州栄養福祉大学1年







【評】真新しい制服を着た娘の成長に胸を躍らせている。その中のまだ小さな身体に少しの不安を共有し、恥ずかしげに、自慢げに胸をはる娘。同時に淋しさをも覚える、微妙な親心を素直に表現している。(ウルフ・スティーブン)




【評】卒業式。生徒達の目に輝く希望。「旅人」という言葉が生徒達の人生の長い道のりと多難さをも予測しながら、それに立ち向かう若い力が備わっていると信じる思いを語っている。(ウルフ・スティーブン)


【評】自然の中にいる喜び。けれども学生/教師である事への自負や責任感。
鳴くうぐいす鴬の声でリズミカルに表現している。学生/教師として素直に生きる作者の、小さなジレンマが感じられる。(ウルフ・スティーブン)


【評】薄明かりの中に枝垂れて咲く桜の命。繊細さ、儚さ、そして移ろいゆく儚さゆえの息をのむような美しさ。流れるように自然な言葉の選択により、印象的な写実美を生み出している。(ウルフ・スティーブン)



Grasping a cell phone
Waiting for someone’s call
Looking up the rainy sky
山形県 長岡 亮さん 国立鶴岡工業高等専門学校3年

A sunflower
next to me
higher
滋賀県 永井 沙希さん 野洲市立野洲北中学校3年

Hottest night
lie on tatami
and wait for fall
滋賀県 七村 拓野さん 野洲市立野洲北中学校3年

Synchronized movements
a couple of dragonflies
go slowly down the stream
京都府 島田 一子さん

Living alone
It has hopes and fears
like riding a corkscrew
京都府 十川 加奈子さん 龍谷大学文学部1年

The sweet fragrance
comes drifting in the air.
It reminds me of him
京都府 谷崎 きりこさん 龍谷大学文学部1年

The rainy concert
just began
under my umbrella
京都府 永尾 美樹さん 龍谷大学文学部1年

The retirement pension
a long-awaited day
ripens divorce
鳥取県 安養寺 響さん 鳥取市立桜ヶ丘中学校3年




○有馬朗人選


【評】青年釈迦が城を出て修行に旅立つときの姿であろう。その白い馬も美しい。季語の夕涼も適切である。一幅の日本画のような感じがある。

○茨木和生選


【評】「かんばたき」は、お盆の「迎へ火」「送り火」で、信州や東北地方では、白樺やだけかんばの樹脂を焚いて、ご先祖さまを家に導く。きっと松野君がかんばたきをしたのだ。

○ウルフ・スティーブン選


【評】牛には、のんびり川面に糸を垂れる釣り人がどう映るのか。普段の視点をまったく逆に入れ替えた心のゆとりと大局観の面白さが、牧歌的風景と相まって微笑ましくもある句。

○大峯あきら選


【評】黄色い臘細工のように光って蘭香を放つ臘梅の花は、どこか異国的な感じがある。波斯の大壷を配してそれを造形した美意識は信用できる。「寒月やつひに帰らぬ遣唐使」という同じ作者の句も力作である。

○寺井谷子選


【評】暑い昼間の居間か。テレビに映し出されているのは、遠く離れた地の「豪雨」のニュース。世界のニュースを瞬時に目にする現代の感覚が、「冷素麺」 によりリアリティを持つ。

○山田弘子選


【評】大学を卒業し、社会人となった人たちがフレッシュな装いで颯爽と若葉の街を闊歩している。新生活への希望に満ちた若者の表情と瑞々しい若葉の光が響き合っている。





○中学生部門

福島県 いわき市立植田東中学校

埼玉県 星野学園中学校

東京都 中央区立銀座中学校

愛知県 小郡市立三国中学校

福岡県 名古屋市立菊井中学校


○高校生部門

山形県 国立鶴岡工業高等専門学校

大阪府 大阪府立吹田東高等学校

広島県 広島県立尾道北高等学校





有馬朗人
有馬朗人

元文部大臣。科学技術館館長。
武蔵学園長。物理学者。
俳誌「天為」主宰。


 毎年学生諸君の俳句を見るのが楽しみである。一年ごとであるからその間にそれほど大きく変わらないと思うのであるが、どんどん力が伸びている若い人々の一年であり、また新入生があり、一方卒業していく人もいるので、やはりその年その年の作品に変化があって面白い。今年は高校生、特に大学生が活躍していたように思う。大学生となればもう文芸活動では社会人と区別する必要がないと思う。若い俳人として一般俳人に伍して活躍してほしい。



茨木和生
茨木和生

俳人協会理事。
大阪俳句史研究会代表理事。
俳誌「運河」主宰。


 投句数はこれまでの最高を記録し、予選通過した中学生、高校生の作品は質的にもこれまでになく高いものであった。しかし、予選の段階で落とした作品には、教科書に出ている作品をそのまま使ったり、「何よりも大事なものは思いやり」、「友情は中学生の宝物」、「いつまでも大事にしよう友情は」といった標語のようなものが多かった。これらをどう克服するかが課題だと思う。大学生部門の作品の充実は、目を見張るものがあった。



ウルフ・スティーブン
ウルフ・スティーブン

龍谷大学国際文化学部教授。
芭蕉らの俳句の翻訳を手掛ける。


 中学、高校、大学生など、それぞれの時点での感受性を、直感的な、あるいは選び抜いた言葉に載せるプロセスを共にたどるのはとても興味深い。人生の日々に、喜び、心配、ストレス、興奮など色々な感情が、鋭い「俳句の目」の判断によって切り取られる。日本の若者の心の窓を見ているようだ。素直さと、技巧に走らない一途さを、特に若者の句に評価したい。日本語であれ、英語であれ、何かを感じた心の声を言葉に載せる事を楽しんでもらいたい。



大峯あきら
寺井谷子

元龍谷大学文学部教授。
大阪大学名誉教授。哲学者。
同人誌「晨」代表。


 印象的に言うが、今年は大学生諸君に力作が多かったようだ。ポエジィの質という点では、専門俳人たちに決して劣らない。それどころか、永年俳句を作っている大人たちに喪われやすい大事なものが、若い諸君たちの作に、純粋に鋭く出ていたとさえ言える。それは一言でいうと、社会の方へ向く水平的な心ではなく、宇宙へ向う垂直的な心。今日の日本人にいちばん欠けているものである。



寺井谷子
寺井谷子

現代俳句協会副会長。
俳誌「自鳴鐘」副主宰。


 回を重ねるごとに、力のこもった作品が多くなったという感じを抱く。選にあたっていて、この充実感を得るということが、何よりうれしいことである。生徒の意識と共に、学校や学生の指導にあたっておられる先生方の努力も忘れてはならないことであろう。上手な句よりも、「今」しか書けない一句を、と願っている。年月の過ぎる速さを思う時、輝く「今」を書き留めた一句は、参加した学生一人一人の貴重な宝となろう。



山田弘子
山田弘子

日本伝統俳句協会理事。
俳誌「円虹」主宰。


 この俳句大賞も今年で四回目を迎え、名実ともに大きな存在感を感じさせるようになった。応募数だけでなく質的にも飛躍的に成長してきたことを実感しながら選考にあたった。表現の多様化と季題の働きの生かし方も優れ、選考に戸惑うほどで、選句をすることがとても楽しく感じられた。中にはなんとなく以前見たことがあったような気のする作品もあった。自分の五感を大切にして、自分の句を作るということが上達の第一歩である。



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