龍谷 2008 No.65

教育再生会議が提言する学校教育の再生、中教審答申に見られる学習指導要領の改訂など、学校教育の現場で生じている問題を改善するために、政府の文教政策レベルで論議がなされ、これらの抜本的な見直しが図られようとしています。
そこで、龍谷大学出身で教育現場のトップとして活躍中の関目六左衛門校長・京都市立西京高等学校、井上省三校長・大阪市立鶴見商業高等学校、そして次年度から龍谷大学の付属校となる平安中学校・平安高等学校の安井大悟校長と、本学の若原道昭学長による座談会を開催。
実際に現場で生じている課題と、それぞれの学校で取り組まれている工夫や、特色ある教育カリキュラムについて語り合い、問題解決の糸口を探りました。
新時代に求められる教育力 中等教育のあり方と高等教育の関わりについて
新時代に求められる教育力 中等教育のあり方と高等教育の関わりについて

関目六左衛門(せきめろくざえもん) ●京都市立西京高等学校校長

関目六左衛門(せきめろくざえもん)

1974年、龍谷大学文学部史学科東洋史学専攻卒業。
同大学院文学研究科東洋史学専攻修士課程修了、
京都市立西京商業高校(現在の西京高等学校)勤務。
堀川高等学校を経て、教頭として再び同校へ戻り、2003年に校長に就任。

井上 省三(いのうえ しょうぞう) ●大阪市立鶴見商業高等学校校長

井上 省三(いのうえ  しょうぞう)

1979年、龍谷大学法学部法律学科卒業。
企業人として数々の成果をあげた後、大阪市の公募に挑戦。
2007年4月より校長に就任。

安井 大悟(やすい だいご) ●平安中学校・平安高等学校校長

安井 大悟(やすい  たいご)

立命館大学大学院文学研究科修士課程修了。
1970年4月から平安中学校・高等学校の教壇に立つ。
教頭を経て2001年9月に校長に就任。龍大の付属化に尽力した。

若原 道昭(わかはら どうしょう) ●龍谷大学学長

若原 道昭(わかはら どうしょう)

京都大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。
1982年、龍谷大学短期大学部講師に就任。
助教授を経て1992年から教授。短期大学部長や副学長を務める。
2007年4月から学長。専門は教育哲学。

各校における特色と現状の課題

若原 本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。今日、社会的にも注目されている教育現場が直面する課題と解決策などについて話し合いたいと思いますが、まず、各校の紹介と、現在の課題などについて、お話し願います。

関目 西京高等学校は1886(明治19)年の創立で、120年近く商業教育を行なってきた歴史ある学校ですが、私が教頭に就任したころは、ちょうど学校改革の嵐の中。しだいに卒業生の進路に責任が持てなくなっていました。というのは、当時の西京商業高校は商業高校でありながら、生徒の過半数が大学や短大、専門学校への進学を希望。従来の教育方針と現実がそぐわなくなってきていたのです。
そのため、2003年に校名を西京高等学校と改めると同時に、独自の専門学科としてエンタープライジング科を設置し、翌年からは附属中学校を併設。現在は、エンタープライズシップを貫く人材の育成に悪戦苦闘しているところです。

若原 エンタープライズシップというのはどういう精神なのでしょう。

関目 本校では「進取」「敢為」「独創」という3つの校訓をつくり、人生の目標をはっきりと定め、着実に努力していく人材育成をめざしました。そうすることで生徒の進路実現を大学進学によって保障していく。それが私たちの最大の使命であり、エンタープライズシップなのです。

若原 すなわち、志のある若者を世に送り出すということですね。
では、民間から昨年4月に大阪の鶴見商業高等学校の校長として招聘された井上先生にも、学校の紹介と課題などをお伺いします。

井上 最近では大阪の商業高校でも進学志向が高まり、大学と連携した7年連続の教育計画が進行しています。しかし、本校は卒業生の6割が就職を希望しているため、3年間で社会人を育てる学校として残っていかなければなりません。
その一方で、進学を希望する生徒が増加傾向にあるのも事実であり、その対策を考える必要があります。

若原 社会人を育成する商業高校として、産業界の激しい変化への対応が要求されていると思いますが。

井上 企業が求めているものと学校で教えているものには、若干の乖離があるように思えます。本校が力を入れているコミュニケーション力、プレゼンテーション力なども、まだ不十分なところがあります。進学をめざす生徒たちには、大学で学びを深め、より専門的な知識を得て本校に戻り、教鞭を執ってもらうというのが理想だと考えています。

若原 ありがとうございます。それでは安井先生、よろしくお願いします。

安井 私は龍谷大学出身ではありませんが、龍谷大学にとって初めての付属校の校長として深いつながりがございます。
平安中学校・平安高等学校は1876(明治9)年に創立した伝統ある学校であるとともに、浄土真宗本願寺派の宗門校であるため、もともと龍谷大学と深い関係を持って存続する学校でありました。さらに、建学の精神という点でも大きな共通する理念を持っています。
そういうつながりもあって、次年度から付属校としてスタートする運びとなりました。今後の連携の強化に期待しています。

校長としての悩み、苦労

若原 最近は生徒の不登校、いじめ、ひきこもり、学級や学校崩壊などさまざまな問題が生じています。また、産業界をはじめとする、様々な分野からの教育に対する要求や国の政策への対応も考えなければなりません。校長としての悩みやご苦労がおありかと思います。

関目 近年、クローズアップされている不登校やうつなどの原因は一つではありませんが、概して、子どもたちは社会や家庭、学校の中で自分の将来展望が描けないという悩みを持っています。
その一方で、上海にある本校の提携校を視察に行くと、その学校の生徒たちは生き生きとしており、彼らは成績を向上させていくために自分がどれだけ努力しているかといったことを、自信満々に話してくれます。ところが本校の生徒たちはそれができない。育った国も背景も異なりますが、そこで強く感じたのは、上海の生徒たちは国の将来に不安を抱くことなく、夢を持って努力している、ということです。
本校の生徒たちも、それぞれに夢を抱いているはずですが、それをうまく体現していくことや、人に伝えることが出来ていない。これらは、高校生活のわずか3年間で達成できるものではありませんが、個々の生徒達が主体的に自らの未来に展望を持ち、その夢を実現するために自分を鍛えあげていくことができるように、そのために教育をおこない、努力するのが私の課題であり、本校の使命の一つとなっています。

若原 企業からおいでになった井上先生は、企業と学校のギャップ、商業高校ゆえの問題などをお感じではありませんか。

井上 印象的だったのは、学校は先生方のボランティア精神で成り立っているということです。企業では成果主義が当たり前であり、自らの活動成果に応じた給与を得るために働きます。ところが学校では、例えば課外活動の顧問が週末にサークル指導を行なってもも、補習授業を行なっても、それに応じた給与が支払われることはありません。これらに関わる先生方もそれを求めてはおりません。これは企業文化にはない性質のものであり、非営利の公共教育機関であるがゆえの特徴です。
また、商業高校は、その性質上、授業の多くを実学的な商業系の科目が占めていますが、最近は大学への進学を志す子どもたちが増えてきました。しかしながら、大学への入学試験は、一般的には国語や英語などであり、商業科の科目はありません。そのため、大学への進学や接続教育の部分に問題を有しています。一般入学試験では不利となるため、商業資格検定やプレゼンテーション能力、マーケティング能力、そして時事問題(小論文)など商業高校の強みを有効に活かしながら、推薦入試などを利用して大学に進学しています。

若原 この春から龍谷大学の付属校として新しく出発されますが、校長として悩みやご苦労がおありでしょうね。

安井 校長という立場の悩みよりも、むしろ別の問題を危惧しています。それは、学校、あるいは教育界を取り巻く周りの大人たちの振る舞いについてです。
最近の子どもたちは、自分たちでいろんな経験を積んで学んでいくという成長のプロセスを歩む前に、あまりにも早い段階から大人たちの論理を押し付けられています。子どもたちの起こす事件や事故をマスコミが扇動的に報道する姿勢にも問題があります。これらは、学校を支える社会そのものが競争社会となり、教育を商品化し、地域全体で子どもたちを育てていくという古き良き慣行が失われた証であり、大人の責任でもあるのです。

若原 現代の日本社会は、学校を支えるべき社会そのものが競争社会となり、教育に対する寛容さが失なわれました。子どもたちを競争させ、すぐに評価したがるのは好ましくありません。

井上 生徒そのものは昔からほとんど変わりありません。むしろ、問題は無責任な立場にある外部の大人たちの声が大きく取り上げられ、実際に子どもたちと接している私たち教育者の声が取り上げられていないことだと思います。

知識基盤社会を支える人材育成とは

若原 中教審の答申では「21世紀の社会は知識基盤社会である」といわれ、その基盤を支えるための教育が初等教育から高等教育まで求められています。その他にも、政府の様々な動きとして、人間力や社会人基礎力の育成を通じて、経済のグローバル化に伴う産業の国際競争力向上を図っていくことが求められています。
自分の頭で考え、主体的に問題を処理していく人間。豊かな教養と広い視野を持ちながら高い専門性、倫理性、公共性を持ち、社会に積極的に貢献し、その改善に力を発揮できる能動的な人間の養成が求められています。
大学は、その牽引車にならなければなりませんが、その前段階の教育においても、知識基盤社会を支え、国際的リーダーシップをとれる人材の育成が求められています。

安井 平安高等学校の龍谷大学付属校化は、知識基盤社会を支える人間の育成に応えていくための取り組みであるといえます。その目的は三つあります。一点目はリメディアル教育をなくすこと、二点目は建学の精神の継承、そして三点目は生きることの意味を中高大の10年間で追究していくことにあります。
一つ目のリメディアル教育をなくすことについていえば、付属校化によってお互いがどのような教育をおこなっているのか、どのような学習が望ましいのかといった点を高大両者の立場から理解することができ、偏りのない幅広い教育とスムーズな連携が可能となります。龍谷大学へ進学した学生に対して、大学のレベルで求められる教育をもう一度教える必要がありません。

若原 しかしながら、他方では大学全入といわれる時代、勉強をしない子どもが増えていると聞きます。その矛盾はお感じになりませんか。

井上 商業高校は勉強しないのではないかと思われがちですが、生徒たちは熱心にやっています。けれども、総じて感じるのは、国語力の低下です。数学であっても問題を解き明かす能力が必要です。これらの能力をどのように育成していくかが課題となっています。
もう一つ挙げるなら、中学校で学んだことが、どう高校で役に立っているか。大学でどう反映されるのか、社会に出てからどう役立つのか。そういう学びの連続性が実感できれば、さらに学ぶことへの意欲が向上すると思うのですが、現状はそうなっていない。

若原 おっしゃるように、国語力の強化は重要です。レポートが書けない、話し言葉でしか文章が書けない、これらを解決するには、大学入学直前の教育だけでは不十分だと思います。
また、学びに連続性を持たせることも重要です。そのためには、高校も大学も、お互いが歩み寄る必要がある。そういう時代が来ていると実感しています。


高大連携、大学教育への期待

若原 「高大連携」という言葉は、一般的には大学が学生を確保するための方策という意味に理解されがちです。しかしながら、高大連携には中等教育から高等教育への連続性の中で、優れた人材を育てていくという本質があります。それぞれのお立場から、高大連携への要望や、大学教育への期待などをお話しいただきたい。などを討議してきました。まさに接続教育を研究してきたといえ、その成果は自慢できると自負しています。

井上 高校と大学の連携が有機的なものとして確立できれば、その大学をめざすには、こういう考え方が必要であり、この学部で学ぶためには、
こんなことを知っておく必要があると、予め理解し、そのための取り組みができるようになります。高等学校側からも大学に対して、カリキュラムの要望をすることができます。  中等教育段階で学んだ知識を途切れさせないためにも、私たちは連携について積極的な議論をしていく必要があります。実際に本校では同様の考え方で企業との連携を進めています。

若原 龍谷大学では、平安高等学校を含めて、浄土真宗本願寺派の宗門高校が全国に27校あり、また、指定校も五百数十校あります。これらの間で相互に連携を図りながら、交流を深めていきたいと考えています。

安井 平安高等学校は高大連携のモデルケースといえるでしょう。付属化するまでに十数年の歳月をかけて、私たちは高大連携のあり方を模索してきました。龍谷大学の教員と平安高等学校の教員が教科ごとに少人数のワーキンググループを作り、高等学校における学習が大学のどの研究につながっていくのか、大学が求めている学力はどういう学習法をとれば満たされるかなどを討議してきました。まさに接続教育を研究してきたといえ、その成果は期待できると自負しています。

関目 西京高等学校は半数が内部からの進学生であり、あとの半数が外部から入試を受けて入ってきた生徒です。すると、当然のようにエンタープライジング科創設の精神が全員に同等に浸透しにくいというジレンマが起こります。途中から加わった半数の生徒を、本校の流れの中にどのように組み込んでいくか。これが問われています。
また、高大連携に関しては、かなり難しい問題を有しています。たとえば、私立大学の入試は3教科3科目であるケースが多い。ところが、国公立大学は、大学入試に5教科から6教科が必要となり、私立大学をめざす生徒と国公立大学とでは、その学習方法やカリキュラムは変わらざるを得ない。そして生徒の多くが、たくさんの教科を消化しきれないという問題もあります。
求められる学生像は、国公立大学も私立大学も本質的には同じであると考えます。しかしながら、高大一貫教育を行なう付属校や系列校とは異なり、一般の高等学校の場合、大学への接続教育や入試対策などに問題を有しているのが現状です。

若原 すべての高等学校と等しく連携を図っていくことは現実的には難しい。しかし、龍谷大学としては、協力の意向を示す高等学校に対して、平安高等学校との連携をモデルに、実績や地域性を考慮しながら、広く連携を図っていきたいと考えています。

井上 本校の場合、25単位が商業に関する専門教科なので、普通科の高等学校に所属する生徒と比較すると、大学入試そのものに厳しいものがあります。生徒たちが将来の目標をもち、これを実現するために大学に進学したいと思っていても、大学の入学試験は、その多くが国語や英語を中心とする画一的な学力考査に依存しており、その関門を通り抜けることができない。そういう現実があることを、大学は理解していただきたい。

若原 学びへの意欲が高い生徒は、私たちも積極的に受け入れていきたい。むしろ、大学側で問題となっているのは、その意欲が高くない学生たちをどのように伸ばしていくのかといった点です。
私立大学は、それぞれが独自の建学の精神に基づいた教育を展開しています。個々の学生たちの個性を尊重しながら、豊かな人間性と高い倫理性を涵養し、その上で、幅広い教養と深い専門性を培い、世界に通用する若者を輩出していくことが、重要な使命でもあります。このことが、知識基盤社会を支える21世紀型市民を養成することに繋がると考えています。

若原 本日は、中等教育の現状と課題をお伺いして、高等教育機関として大学が担うべき責任の重さを痛感いたしました。これからもそれぞれの立場から相互に協力し合い、よりよい人材の育成に努めたいと考えます。ありがとうございました。


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