龍谷 2008 No.66

教員NOW 薄膜トランジスタで人工網膜や人間の脳に近づくコンピュータ開発をめざす


木村 睦 理工学部電子情報学科教授
木村 睦(きむら むつみ)

1966年10月 静岡県生まれ
京都大学工学部物理工学科卒業
京都大学工学研究科物理工学専攻修士課程修了
松下電器産業株式会社、セイコーエプソン株式会社勤務
東京農工大学工学博士
2003年4月に専任講師として着任
2008年4月より龍谷大学理工学部電子情報学科教授現在に至る
研究分野は電子デバイス・電子機器・工学・電気電子工学
専門分野は薄膜トランジスタとフラットパネルディスプレイの研究開発
『薄膜トランジスタ』(共著)(薄膜材料デバイス研究会編)(コロナ社、2008年11月発刊予定)


薄膜トランジスタで
人工網膜や人間の脳に近づくコンピュータ開発をめざす


人体の能力にどこまで迫れるか。
薄膜トランジスタの特性を活かした研究が、木村睦教授の研究室で進められ
医療と結びつけた新規応用研究へのチャレンジが続いている。


薄膜トランジスタ
発想の原点は
「人が考えつかないことをやろう」


 木村研究室での研究テーマは「薄膜トランジスタの研究と応用」。そもそも薄膜トランジスタとは何か。液晶テレビや携帯電話のなかにある液晶の事で、その液晶を動かすために、一つ一つに電圧を掛ける役割をしている。それが薄膜トランジスタなのである。
 最近の高精細な携帯電話の画像には10万個もの画素が要求され、その10万個の画素に対して、1個ずつトランジスタが入っている。だから、「多くの人が通常生活のなかで、10万個くらいの薄膜トランジスタを持ち歩いているんですよ」。
 大手液晶メーカーは、薄膜トランジスタメーカーでもある。しかし、「メーカーがやっていることと同様の研究では面白くない」。そこで木村教授が考えたのが、薄膜トランジスタによる人工網膜の開発だ。人工網膜については、LSIでの研究がアメリカなど海外だけでなく国内のいくつかの大学など、世界で進められているが、薄膜トランジスタでの研究は、木村研究室が初めて。これに賛同する企業の協力も取りつけた。
 なぜ、薄膜トランジスタが人工網膜に適しているか。それには二つの理由がある。一つ目は、プラスチックなどの上に形成する薄膜であるため、眼球に沿ってカーブを描くことができる。曲がる基板だ。これはシリコン基板上につくられるLSIではできない。
 二つ目は、透明であること。人工網膜は、眼球の裏側に置かれる。レンズから入った光が、透明な基板を通して裏側のトランジスタへ到達し、それをトランジスタが感知して眼球の内側に出力する。こうして人は画像を見ることができるのだ。
 木村研究室では現在、網膜として単に光を感じるだけではなく、明るい・暗いという「階調」が確認できるか、モノの動きを「動画」として捉えられるか、「色」が感知できて、その違いを判断できるか、などを研究中。
 加えて、「薄膜トランジスタに、いかにして電気を送るか」も実験している。薄膜トランジスタは、電気を送ることではじめて動作する。薄膜トランジスタの機能の向上と併せて、電源も重要なのだ。その答えとしては、「メガネにコイルを入れ、人工網膜側にもコイルを入れてやれば、ワイヤレスで電気が送れるはず」と考えている。
 薄膜トランジスタによる人工網膜の研究は、多方面から大きな期待が寄せられている。自らの求めるものと、多くの人の想いに応えるために、木村教授はLSIの研究者をはじめ、人工網膜や人工内耳、人工心臓など人工臓器の研究者とも、学会、研究会を通して意見を交換し、教えを受けながら、一歩一歩、未知の領域を突き進んでいる。


学生時代の想いが医療分野に向かわせた

学生時代の想いが医療分野に向かわせた

学生時代の想いが医療分野に向かわせた
学生時代の想いが
医療分野に向かわせた


 なぜ、木村教授は人工網膜をテーマにしたのか。その問いに、「学生時代、友人達は人命を助ける医師をめざした。ところが私は血を見るのが大の苦手で、医学部への進学を断念。企業時代に薄膜トランジスタを研究し始めたとき、この研究も医学に役立つのではないだろうかと、ふと思ったのです」。
 木村研究室では、人工網膜のほかにも、薄膜トランジスタによる様々な応用研究がパラレルに進んでいる。例えば、ニューラルネットワーク。脳細胞が何度も同じことをくり返しながら記憶するメカニズムと同じような電子回路を、薄膜トランジスタを使ってつくり出そうというもの。元は同じ電子回路であるが、覚えさせる動作によって携帯電話の回路になったり、パソコンの回路になったりする。
 ニューラルネットワークの最も効果的な応用ケースは、ロボットの歩き方を制御する回路。「歩き方のパターンを学習し、記憶させていくんです」。 その延長上に、「医療にかかわる義足などへの応用も考えられる」とか。いうならば、人間の脳のような考え方ができるコンピュータの開発である。
  木村教授は、薄膜トランジスタの特性解析・シミュレータ開発とアプリケーション開発が専門分野。半導体、電気回路、液晶など、幅広い知識が必要とされる。「どれとどれをくっつけるとどうなるかを、常に考えています。各分野のスペシャリストというより、それらをどのように結び付け、応用していくか。そこで勝負しています」。
  テクノロジーの最先端を走る人は、人間味にあふれ、やさしい目と柔らかな表情をしていた。




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