−本日はお忙しいなか、寺�ｱ先生には東京から遠路お越しいただきまして、誠にありがとうございます。本学大宮学舎をご見学いただきましたがいかがでしたか。

寺�ｱ　龍谷大学は本年で創立370年を迎えられたと伺いました。学舎のたたずまいにも趣があります。大宮図書館では、貴重な資産である平家物語の写本まで拝見させていただき、長い歴史に裏打ちされた知識の集約がここにあると感心いたしました。立教大学のようなキリスト教系の大学の歴史は、長くても140年そこそこ。一方、仏教系の大学は、学寮、学林の流れから今日まで、営々と築かれた歴史があります。

若原　龍谷大学の歴史は1639寛永16）年に西本願寺に設けられた学寮に始まります。日本の私立大学で300年、400年の歴史を持っているのは仏教系です。明治になって廃仏毀釈とキリスト教系の学校の興隆のなかで、仏教系は危機意識を持ちました。そこで本願寺教団は欧米に視察団を送り、学寮の後身である学林を大教校と改称し、全国7カ所に中教校、29カ所に小教校を設置しました。そして近代的な教育の体制をいち早く整備し、1922（大正11）年に「大学令」による大学として認可されました。

寺�ｱ　歴史の古さや実績、規模などからみても、龍谷大学は仏教系大学の代表格であると思います。仏教系の大学に共通しているのは、設立当初は仏教の圏内における教育に始まり、次第に大学制度に準じた方向に変化していることです。キリスト教系の大学は最初から近代大学制度のなかで発達してきましたが、仏教系は大学になっても、宗門の後継者養成機関という位置づけが長く続き、大変革に取り組むようになったのは、戦後、高度経済成長の頃。僧侶養成機関から一般教育機関への改革には、キリスト教系よりも、苦しい変化を求められたことでしょう。

若原　おっしゃるとおりです。かつては、学生全員が当然として認識していた浄土真宗本願寺派の教義に基づいた建学の精神を、今まで対象としていなかった一般の学生に広めなくてはならなかった。本学のような仏教系大学が建学の精神を広く世間一般に理解できる形で掲げ、浸透をはかるようになったのは戦後になってからです。
　様々な学問領域の学部を次々と設け、総合大学をめざしていく意義とは何か。とりわけ、20年前に自然科学系の理工学部を作ったときには、それが大きな論点になりました。その頃から、本学の教育理念の基礎として、建学の精神を改めて強調するようになってきています。

−高度経済成長後、本学は大きく変化しました。しかしここ数年、あらゆる大学に一層の個性が問われるなど、さらに大きな転機が来ているように思います。

寺�ｱ　大学の個性化。それに応えるには、ただ建学の精神を掲げているだけでは不十分でしょう。その建学の精神に沿って、おこなうべきことがあります。ひとつには、言葉の問題です。例えば、「地域に育ち、国際に生きる」というように、自分の大学を特徴づける言葉を広く発信することです。
　もうひとつは、建学の精神をどう実体化するかです。その大学が歴史のなかでどういう選択をし、行動してきたか。その連鎖のうえに今があり、未来があります。

若原　本学のような仏教系大学は建学の精神が明確であり、それぞれが大きな特色個性を持っています。重要なのは、それをどう具現化してきたか。そしてこれから、どう実質化していくかです。

寺�ｱ　そこで困難なことは、ただ特色や個性を発揮するだけでなく、今の時代に応える方法を模索しなければいけないということです。時代の要請に応えながら、自分の大学にふさわしい方向を探るのは簡単なことではありません。

−1991年に立ち上げた龍谷エクステンションセンター（ＲＥＣ）は、建学の精神を実体化させたシンボル的なものであると思います。

若原　設立を検討した当時は、「エクステンション」は大学の事業として一般化されておらず、当時の文部省からも、それは大学の役割ではないという判断がなされ、支援を受けられない状況に陥りました。しかし、親鸞聖人の教えを受け継ぐ龍谷大学としては、社会貢献は当然のことであり、先駆的にやるべきであると判断しました。もちろん、「採算がとれないようなことをやるべきなのか」という議論もありましたが、最終的にＲＥＣを設けることになりました。それは、今振り返ると、「社会貢献は大学の使命だ」という、本学の歴史が培った目に見えない力が働いたと考えます。

寺�ｱ　それはすごいことですね。立教大学でも、学生達の扱い方に、大学の心の部分を感じるときがあります。一人ひとりの学生を、存在として大事にするという意識です。選択制度を重んじ、学部の壁を低くするなど、なんでもないシステムのなかに、受け継がれてきた心が息づいている。
　そういう心は、学生達のなかにも浸透しているように思います。私のゼミで、ある学生が「子どもには一人ひとり取り柄がある。それを認めていくのが親の役割であり、個々の個性を認めていかないと学歴偏重主義は直らない」と発言した。大方の学生は異論がなかったが、ある学生が「取り柄があることを前提とするのではなく、取り柄のない者達こそ認めていくことが教育の本質である」と反論した。その学生はボランティアで重度障がい者の問題に携わっていたのです。これは、現代的な教育に密接に関わる問題提起でした。人というのは、存在していること自体が大事なんだと。

若原　「取り柄があるとか、有能であるとか、役に立つとか、そういう人間になれない私はどうなるのか」という視点は、浄土真宗の教えに通ずるものがあるように思います。

寺�ｱ　「建学の精神」と構える前に、歴史が育んだ心が生きている、何かの拍子に出てくる。それが大学の個性であり、面白く、興味深いことです。

若原　ゆるぎない建学の理念を持ち続けていれば、その都度大学が選び取った判断の軌跡が、おのずと建学の理念に繋がるのでしょうね。

−学士課程教育の構築がクローズアップされている今日、ここまで語られた建学の精神など大学のベースとなる心の部分を、教育プログラムにどう活かしていくべきなのでしょうか。

若原　寺�ｱ先生が立教大学の学生達におこなっておられる「自校教育」も、学生にとって重要な心の教育のように思います。本学でもキャリア教育の一環として、インターンシッププログラムの事前研修において自校教育を取り入れています。学生が龍谷大学生として社会に出る際、自分の言葉で自身が属する大学を語れるよう、講義をおこなっています。

寺�ｱ　自校教育は偶然思いついて始めたのですが、予想以上に学生の反応がよかったんです。自校教育をおこなうときの論点はいくつかありますが、まず目標を何にするかです。例えば「愛校心を育てたい」とかね。すると、「校歌を知らない学生やスポーツクラブの試合に応援に行かない学生はけしからん」などということになる。
　けれど私の考える自校教育とは、認識の問題であると捉えています。そこで立教で私は「立教大学の歴史」と「立教大学と戦争」の2部構成で、だれが大学を創設し、何をしたのか。あるいは、どんな誤りをしてきたか。こういったことを教えています。自身の大学を知ることによって、自然と愛校心が芽生えてくるものなのです。そして、立教大学生であることに安心する。

−本学にも「本当は別の大学に行きたかったのに、なぜこの大学にいるんだろう」、そんな疑問を持っている学生達がいます。偏差値による序列によって、学生達は傷ついている。社会がそういう人間を作ってきた。しかし、人間としての価値は、偏差値教育でははかれないのです。

若原　学生達には龍谷大学に興味を持ち、アイデンティティを確立し、誇りを持ちつつ自己実現を果たしてもらいたい。自校教育は客観的に自分を知るための強力な手掛かりになります。
　本学がキャリア教育の一環として取り組むインターンシッププログラムの事前研修では、はじめに私が学生達に本学の歴史と建学の精神を紹介し、メッセージを送ります。その後、同プログラムにおける学習を通じて学生達はたくましく成長していきます。

寺�ｱ　自分の大学はどんな大学か、同類の大学のなかでもどこに力を入れているか。それを学生達に伝えていくことが重要だと思います。自分の立ち位置を理解したら、それまで受動的であった学生であっても、驚くほど真面目に自分のことを考え行動するようになります。
　私は今を生きる学生達のための教養教育として自校教育を発展させる必要があると考えています。学生達のアイデンティティの共有の場にしていくのです。

−では話をもう一歩進め、今社会に求められる学士課程教育についてお話を伺わせてください。

寺�ｱ　社会から求められる「学士課程教育」を追求すれば、大学のあり方を全面的に考え直すことも必要になります。立教大学でも10年前に、専門教育を担当する先生方が教養教育に参画する方法を議論した結果、「専門性に立つ新しい教養人の育成」を4年間の目標にすることに決めました。そして、「教養ある専門人の育成」は大学院教育が担うことに決めたのです。
　ここで大事なのは「新しい」という部分の中身です。それが大学の個性、特色となります。そこで、立教大学では「環境」「生命」「人権」「宇宙」の4つの柱を設け、これらをベースにしたカリキュラムを教養教育に盛り込んでいくことを、新しい教養人を育成するための枠組みとしました。今でも、その目標は消えていません。

若原　龍谷大学も同じく長期計画の中で「一定の専門性を有する教養人の育成」を掲げてきました。そこで、大学と大学院の関連や、専門教育と教養教育の関連を課題としてきました。学士課程教育におけるカリキュラムに、どう落とし込んでいくかが課題となっています。そして、学士課程教育を通じて、「どのような力を獲得できるのか」、具体的な教育目標を定めることが必要であると思っています。

寺�ｱ　同感です。到達目標、能力目標を定めていく必要があります。学士課程教育の構築を図る上では、目標の設定が不可欠です。「建学の精神」を浸透させるだけでなく、「何ができるか」「どこまでできるか」、グローバルな水準における学士力の担保が求められています。

若原　昨年12月に中央教育審議会が提出した答申でも、学位授与、カリキュラム編成、入学者受け入れのそれぞれの方針を明確にすることが求められています。現状でも教員個々のシラバスのなかに、講義ごとの具体的な教育到達目標が示されていますが、要求されているのは、大学全体としての教育目標、教育計画ということなのでしょう。

寺�ｱ　教員個々の目標というのはすぐに立てられます。理想的に言うと、それらを学科、学部、大学全体として集約していくことが望まれます。

−学部在学中の4年間における学士課程教育のなかで、専門教育やキャリア教育をどうするか。教養教育をどうするか。これらをうまくリンクさせて全体の構造をどのように構築していくか。私達は、その答えを出さなければなりません。

寺�ｱ　それらを実効性の伴う形で連携させられるかが、大学の力量として問われるでしょう。大学教育で真の教養人の養成を果たすためには、専門分野の枠を超えた幅広い知識と教養、総合的な判断力と優れた人間性を養うことが重要になります。一般教養は専門教育と対立するものではありません。
　専門分野の枠にとらわれずに、課題解決能力を伸ばす教育をおこなうことが必要ですね。

若原　一時期に比べると教養教育の大切さが見直されてきています。しかし、学生自身だけでなく、保護者の中には実学・資格志向の方も少なからずいらっしゃいます。就職という出口の保証への要求が強いのも事実です。
　しかし「何が実学か」、その本質を見極めなければなりません。企業をリサーチすると、専門的な知識があるに越したことはないものの、それらは就職後でも十分身に付くものであり、あくまで採用の基準は「課題を認識し、分析し、解決策を見つける力を持っているか否かである」という答えが返ってきます。「就職＝資格」ではなく、重要なのは「ものを考え、課題解決を実践する力」や「汎用性のある基礎的な能力」です。実学志向と教養教育とは必ずしも矛盾するものではありません。単純な二者択一で結論を急ぐのはよくないと考えられます。

寺�ｱ　文部科学省が小学生を対象におこなったＰＩＳＡ（ＯＥＣＤ生徒の学習到達度調査）で、あまりに点数が低い分野を調査してみたら、国語の先生が考えている読解力の理解と、求められる読解力が違っていた。めざすのは教科の枠を超え、考え、統合し、解決する力だった。

−教育する側は、本当に社会が求めているものをしっかりと見定めないといけません。

寺�ｱ　知の構造・学問の創造ということに対して、最近、新しいニーズが生まれています。以前は学問が先にあって、それを学び深めていくために学部教育が展開されていました。ところが最近は、社会的な課題に対して、それを解決することを目的として、学部が設置される。いうなれば、帰納法的な学問展開が大学教育において、見られるようになりました。リハビリテーション学部とか、環境創造学部等、社会的課題に対応した学部の設置です。

若原　興味深いご指摘だと思います。知識はボーダーレスであり、国際化・学際化が急速に進んでいますから、旧来の学問領域を基にしたパラダイムにとらわれない柔軟な発想がますます重要になっています。

寺�ｱ　ある大学で環境学部を創ったとき、環境問題をやるには法律や経済の基礎知識が必要であるため、法律学や経済学に関する専門分野から教員を集めました。ところが、お互いの認識が共有化されていなかったため、学部としての方向性を見失いそうになってしまった。そこで、教育の目的や目標をひとつにするために、シラバスの相互点検と改善提案をおこないました。お互いのシラバスを確認し合い、疑問をぶつけ合いながら、納得のいくまで討議する。シラバスの相互点検は、教員同士が理解し合う上でも有意義な方法なのです。その結果、全体のベクトルが合い、教学改革につながりました。

若原　さぞかし大変な取り組みであったと思われますが、このような取り組みこそが教学改革の基本ですね。

−教員として、新たに取り組みたい学問分野をオープンにディスカッションすること。それが大学教育を発展させていく基本的姿勢です。自ら学問の壁をつくり、他の教員に関わらさせないことがあれば、それこそ問題です。

若原　重要なのは、個々の教員がお互いに評価できるような環境が作れるかどうかです。社会からの多様な要請に対して柔軟に対応できる人間を育てよう。パラダイムの転換に対応できる人間を育てよう。そう言っている大学自身が柔軟性を持たなければなりません。

寺�ｱ　龍谷大学も付属校や関係校があるようですが、立教大学では中高大連携して、カリキュラムの見直しを始めています。ほかの大学でも、同じような教育連携がおこなわれており、すべての教育カリキュラムが問われ始めています。大学のカリキュラムも初等教育から続く一貫教育の中におけるカリキュラムの一部。そういう位置づけを認識しておかなければならない時代になっています。

若原　本学では、2008年4月に龍谷大学付属平安中学校・高等学校が誕生しました。これまで平安高校と本学とは、1995年に「教育連携推進に関する覚書」を締結し、まずは育成すべき人間像の共有化をおこない、教育の連続性の実現に努め、綿密なカリキュラムの点検を重ねてきました。多大なエネルギーを必要とする作業でしたが、付属校化を果たした今、その他の関係校とも、このような教育連携システムを取り入れていければと考えています。

寺�ｱ　学士課程教育の構築をはじめとする大学改革の目線は、常に学生に主眼を置くべきだと考えます。何のために改革をやっているか。それは学生のため、学生の利害のため、と言ってかまわない。その点でこれまでに至らなかったところは改め、改革に真摯に取り組むことが大事です。
　また、大学教育は、さらに生涯教育の一環だということを自覚しておかなければなりません。多様な世代を対象とした教育を展開していくことが、今後の大学教育に求められています。

若原　本学では建学の精神を具現化するものとして、「平等」「自立」「内省」「感謝」「平和」という5項目を掲げています。大学改革や学士課程教育のあり方を考えるときにも、単なる知識の豊かさではなく、こころの豊かさを実現していくことが本学の教育の基礎となると考えます。
　時代の変化やニーズを見据えながら、それでも流行に流されることのない独自の学士課程教育を構築し、しっかりとした人間教育をおこなってまいりたいと思います。

−本日は、貴重なご意見をありがとうございました。