龍谷 2009 No.67

龍谷大学第6回青春俳句大賞入賞作品の発表です!

第6回を迎えた龍谷大学の青春俳句大賞。
今回も全国各地から延べ36,525人、71,075句もの力作が寄せられました。
厳正なる選考をおこなった結果、見事に入賞を果たした作品をここに発表します。

プールからでてきた耳が尖ってる

【評・山田 弘子】
 プールの水から出てきた人物の瞬間の印象を捉えた。「耳が尖って」いると感じたのは、濡れた五体が引き締まり、耳が尖っているように感じ取ったのだ。感覚的で個性的な写生。


鳥雲に入り黒板の消し忘れ

【評・大峯 あきら】
 3月、渡り鳥が北へ帰っていく頃は曇りがちの日が多いので、「鳥雲に入る」とも言う。黒板に授業の折の文字が消し忘れたままになっている。鳥帰る頃の放課後の哀愁である。



名月の射しこんでいる楽譜かな

【評・山田 弘子】
 ベートーベンの「ムーンライト・ソナタ」を連想させる一句。窓から差し込む蒼白い月光が、ピアノの譜面台に開かれた楽譜を浮かび上がらせている。静寂の中に音楽が聞こえてきそう。



icada songs the requiem for the victims Nagasaki summer

【評・ウルフ・スティーブン】
 この句は長崎のあの悲劇を繊細でかつ効果的に捉え、と同時にそこで亡くなった方々への鎮魂塔であるかのようだ。行き先を見失った人間とテクノロジーの暴走によるあの破壊と、おそらくはそのような惨事さえも越えて行く自然の永続性との、苦くも優しい両側面を描いている。



中学生部門優秀賞

絵日記のやうに干したる水着かな

【評・寺井 谷子】
 水着を干した作者は、ふいに小さい時に書いた絵日記を思い出したのであろう。
 真っ青な夏の空、まだ水を滴らせている水着。幼なかった頃の夏の思い出が鮮やかに蘇る。


よく眠る術後の妹夏の雨

【評・茨木 和生】
 妹は手術をした。手術後の妹は安心してよく眠っている。経過が順調なのだろう。夏の雨という季題もいきているし、妹に向ける作者の目もあたたか。


教科書のインクのにおい春の風

【評・大峯あきら】
 ま新しい教科書を手にとったら、印刷の匂いがした。春風吹く新学期のこの感じは誰にも経験があるだろう。それを正直に述べた句である。



高校生部門優秀賞

黒南風や孤島のごとく象眠る

【評・有馬 朗人】
 梅雨空を黒い雨雲が覆っている。湿った南風が吹く中で、象が眠っている。その姿は孤島のように見えるのであった。黒南風と孤島の連想が新鮮である。


晩夏のサアカス人体を放り投ぐ

【評・寺井 谷子】
 多分空中ブランコであろう。「サアカス」の表記、「人体を放り投ぐ」という把握が、危険だからこそのサーカスの興奮、その「非日常」を伝える。「晩夏」が物悲しく一句を包んでいる。


シャム猫になりかけている子猫かな

【評・山田 弘子】
 タイ原産のシャム猫は眼が青く毛は短い。生まれたてはみなそれほど変りはないが、成長とともにシャム猫へと変貌していく過程を、「なりかけている」と表現した。野性的で気位高いシャム猫の本性を覗かせ始めたのだろう。



短大・大学生部門優秀賞

金魚にもある溜息のやうのもの

【評・有馬朗人】
 夏の暑い日、少しだるいような午後、金魚を見ていると、金魚まで溜息のような泡を吹き上げたのである。若者の倦怠感がよく描けている。


葬送か隊商か蟻蛇行せり

【評・大峯あきら】
 炎天下の地上をえんえんと行く蟻の列を見たときのこの直感は生き生きと正確である。プロペラ機に乗って、隊商や葬送を見おろしたら、蟻の列に見えることだろう。


国捨てし人の墓なり山桜

【評・茨木 和生】
 幕末期、志を持って脱藩したものの、志半ばで刺客に暗殺された人の墓であろう。山桜はその人を思い遺って植えられたもの。一句の中で、山桜は季題として重い。




英語部門優秀賞

Graduation ceremony My pen is out of ink

【評・ウルフ スティーブン】
 とうとう卒業という日、何かをやりきったという安堵のため息もつきながら、嬉しさと淋しさが入り交じる。少しばかりの不安を抱えながらも、これからの新しい出発にワクワクする挑戦の気持ちが生まれてくる。インクの切れたペンは人生の1ページの終結と新しいページの始まりを示唆する。


The sound of the waves having drowned out the sound of fireworks

【評・ウルフ スティーブン】
 海の波にある自然の力が、人間の作る花火に対して優位に存在することを語る句。力強く荘巌なる海の満ち干は、夏の夜に輝く花火の美しさをもってしても比較になるものではない。


Fallen leaves turned red are dancing with the wind

【評・ウルフ スティーブン】
 美しい秋の一場面を描きながら、自然界では常に移ろいが進んでいる事を捉えている。
 秋の色は今のこのときに輝き、その赤は間もなく褐色となり枯れ行くことは明らかである。この句は俳句一つの役割、流転の世界のある一時を捉えるという役割を担う。




選考委員特別賞

高跳びのバーの向こうに見る若葉

【評】高跳びをするため、一生懸命に走って行き、バーに向って跳躍した。その瞬間バーの向こうに美しく輝く若葉の光が目に入った。若い人のエネルギーが感じられる新鮮な句である。


学校は楽しいところ桜咲く

【評】「学校は楽しいところ」という、断定した表現がよい。それを受けた季題を含んだ「桜咲く」という表現もよい。なによりも句がいきいきとしていて明るい。


南風や撫でてローマの石畳

【評】ヨーロッパの町はどこでも、古い石畳が印象的だが、ことにローマはそうである。千年の南風が吹き渡る石畳を手で撫でてみる。とうとう念願のローマに来たという感じである。


昭和の日短髪にして貰ふなり

【評】4月29日は、2007年に「昭和の日」と制定された。激動の日々を経た長い昭和の日。「戦争」の悲惨という歴史が、「短髪」にした自身の顔に重なったものか。記憶される歴史…。


かなかなや幼馴染が母となる

【評】蜩(ひぐらし)の別称かなかなは、秋を告げる蝉である。幼馴染の女友達がもう母になるという風の噂。ちょっぴり淋しく複雑な心境が「や」の切字に語られている。母となる幼友達がかなかなの声ほど遠く感じられる。


Squeaking my chair said“You put on weight.”

【評】英語川柳的な句。美容と健康に気遣いながら、つい気になる体重。気付かぬふりをしたり、ダイエットを決意してみたり。馴染んだ自分の椅子は、さりげない声でさらりと現実を告げてくれる。



団体優秀賞


団体優秀賞

【中学生部門】
京都府 京都市立梅津中学校
東京都 薬師中学校
大阪府 高槻中学校
埼玉県 さいたま市立大原中学校
愛知県 岩倉市立南部中学校

【高校生部門】
大阪府 大阪府立金岡高等学校
埼玉県 埼玉県立上尾南高等学校




選考委員総評

選考委員総評

有馬朗人氏
有馬朗人

元文部大臣。
日本科学技術振興財団会長。
俳誌「天為」主宰。


 中学生、高校生、短大・大学生とそれぞれの年齢にふさわしい優れた作品があって、選句することが楽しかった。
 一つ気になったことは、中・高生の中に技術的になり過ぎている作品群があったことである。中・高生の世代では素直で、新鮮な俳句を作ることが望ましい。グループで切磋琢磨することも大いに良いことであるが、あまりに狙い過ぎることは、逆にその良さを殺してしまうのである。




茨木和生
茨木和生

俳人協会理事。
大阪俳句史研究会理事。
俳誌「運河」主宰。


 予選を担当したものとして、今回、中学生部門では国語科の先生の指導が大事だと特に思った。多くの作品応募があるのに一句もとることのできない学校が何校かあった。俳句は五・七・五、十七音の定型詩ということは理解しているものの、そんな学校の生徒の句は「十三の彼女は僕の宝物」、「朝昼晩ラーメンばかり食べていた」、「部活はね勉強よりも楽しいよ」といったものが多かった。「俳句は句題を大事にする詩」という指導をしてほしいと思った。



寺井谷子
寺井谷子

現代俳句協会副会長。
俳誌「自鳴鐘」主宰。


 第六回の作品が届いて何より嬉しかったのは、第五回で触れた作品の成長が、滞ることなく持続している感触を得たことであった。
 中学、高校生部門で、その傾向は強く感じられる。大学生部門になると、まだいささかのムラがある。精神的発達というのは、高校生の年齢が一番激しいのかなどと考えてもみる。何にしても「今」「今の自分」というものを率直に書いた作品を願っている。



ウルフ・スティーブン
ウルフ・スティーブン

龍谷大学国際文化学部教授。
俳句研究、翻訳を行なう。


 龍谷大学青春俳句大賞に応募される俳句の数は毎年かなりの量で増え続け、その質もまた劇的に向上しつつあります。英語俳句のジャンルが、訴える力と影響力のある詩形として世界に受け入れられるにつれ、また日本人の英語のレベルが向上するにつれ、質の高い俳句が急激に増えてきました。今年もまた選考に参加でき、俳句に素直に表現された日本の若者の考えや思いに出会えたことを嬉しく思います。入賞者をお祝いするとともに、心から湧き出る思いを共有すべく応募して下さった方々に感謝します。



大峯あきら
寺井谷子

大阪大学名誉教授。哲学者。
同人誌「晨」代表


 「いさおしは多い。だが、人はこの地上に詩人として住むのである。」
 これは十九世紀の初めに出た詩人ヘルグリンの言葉です。「詩人として」ということは、詩人を職業としてという意味ではなくて、無限なもののはたらきを感じて、それに言葉で応えるために、という意味です。
 社会生活での人間の仕事はみな意識的であり計画的ですが、詩だけはそういうことを忘れたときに生まれるのです。本当によい俳句は、作ろうと思って出来るものではありません。無心こそよい俳句の唯一の源泉です。今回選んだ俳句からも、そのことを改めて実感しました。



山田弘子
山田弘子

日本伝統俳句協会理事。
俳誌「円虹」主宰。


 六回を重ねてきたこの青春俳句大賞も着実な成果を感じさせるものでした。若者の俳句熱も色々な形で定着してきた昨今ですが、競うということが優先し、テクニックに重点が置かれすぎるのは一考ものです。あくまでも自分の目、心を大切にして、しっかりと物を見、自分のことばを磨いてほしいと思います。上位入賞作品はさすがに表現、発想ともに完成度が高かったと思います。短い詩型ですので、主観に偏りすぎると独りよがりになりがちです。とにかく継続することが第一です。



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