龍谷 2009 No.67

Hot Angle│黒澤デジタルアーカイブ

岡田 至弘(おかだ よしひろ)教授
龍谷大学古典籍デジタルアーカイブ研究センター長
龍谷大学理工学部 情報メディア学科教授

Hot Angle│黒澤デジタルアーカイブ

 

2009年5月27日から、ウェブサイトにて一般公開が始まった「黒澤デジタルアーカイブ」。 未公開の創作ノートやメモ、撮影時の写真、絵コンテや台本などの資料が閲覧できるとあって、現在でも1日1万から2万のアクセスが国内外からあるという。
とりわけ注目すべきは、ウェブサイトを見たという映画関係者が、資料提供を次々に申し出ている事。そういったつながりから、情報集約の拠点をめざせるか。岡田至弘龍谷大学古典籍デジタルアーカイブ研究センター長に、当センターの活動を含め、話を聞いた。


黒澤明│創作ノート

創作ノートから明らかになる
黒澤明の映画製作の意図


「キャメラは観客の心臓をねらはねばならぬ」
「無用な時間を徹底的に排除せよ」
「描いている対象に対して冷静であること」
 滑らかで、はっきりとした字だ。推敲しながら書き綴ったのだろうか、それとも、情熱のままにペンを走らせたのだろうか…。
 巨匠黒澤明監督生誕百年を来年に控えた2009年5月27日、監督が映画製作時に書き記した創作ノートなど初公開の資料がアーカイブ化され、「黒澤デジタルアーカイブ」として、ウェブサイトで公開されている。手がけたのは、龍谷大学古典籍デジタルアーカイブ研究センター。2005年から黒澤プロダクションと共同で事業がスタートし、撮影時の写真、台本、絵コンテ、創作ノートなど計2万7千点を上回る規模のアーカイブに成長している。
 特に注目されるのが、初公開の創作ノートだ。冒頭に紹介したような言葉が端々に書き記され、監督の作品に対する狙いや構想などを読み取ることができる。スライドショー形式にて、本のページをめくるような感覚で閲覧できるのも読みやすい。
 「監督が作品づくりで何を重要視して、何を伝えたかったか。台本や映像には残っていない、構想段階での意図が、創作ノートのなかに直筆で残っています。黒澤明の文字を読むことで様々な想像ができる」。
そう話すのは岡田至弘センター長だ。ウェブサイトがオープンして数か月が経つ今も注目度は高く、1日平均して1万から2万のアクセス数がある。
 「たとえば俳優の名前で検索をかけると、出演した関連作品が一挙に検出されるという、アーカイブならではの検索機能も充実しています。申請すればデータを借用できる資料もあって、データでのやり取りが簡単にできるので、出版社から借用の問い合わせが増えています」。
 問い合わせのなかには、映画関係者自ら「手持ちの資料もアーカイブに加えてほしい」など、資料提供を申し出てくるケースも少なくない。アーカイブ公開後に集まった資料は千ページを超えるという。
 「黒澤監督は生前、関係者の方々にご自身のノートやスケッチをプレゼントすることが多かったといいます。それにより、行方がわからなくなったものとか、すでに別の資料館に収められているものとか、資料が散逸してしまっている事実がある。なかには貴重な資料もありますから、データだけでも一か所に集められたらと考えています。当センターがその集約の拠点として役立てられると良いですね。エンドレスにこのプロジェクトは続くと思っています」と、岡田センター長は、アーカイブ化の発展に意気込む。

ウェブサイトから世界をつなぐ
将来は世界各国で
黒澤アーカイブの共有を


 様々な資料の集約拠点として当センターが進めるアーカイブ化の事業は、黒澤デジタルアーカイブ以前から、着実に成果を上げてきた試みでもある。寫字台文庫といった古典籍、長尾文庫などの社会科学関連の貴重資料、大谷文庫をはじめとする大谷探検隊の将来品など、龍谷大学が有する世界的な文化遺産についてもデジタルアーカイブ化がすすみ、これまで積極的にウェブサイトで一般公開してきた。現在は資料の科学分析へと進んでおり、重要文化財の李柏文書の分析で、研究は一段落を迎えるという。
 「科学分析では、高解像度で古典籍を撮影し、紙の材質を判定する事が主体。これまでに楮、ガンピ、苧麻といった様々な繊維が当時使われていた事が判明しています。分析が進めば、これらの文化財をさらに、百年後、二百年後へと保存していくためのヒントが見つかるかもしれない。修復する際にもそういった情報は役立ちますから、文化財修復技術者や、京都国立博物館と共同で研究を進めています」。
当センターの事業は、世界との連携でさらに広がりを見せている。大英図書館からスタートしたIDP(国際敦煌プロジェクト)では、龍谷大学が日本の拠点として参画。イギリス、フランス、中国、ロシア、ドイツなど6カ国が共同して、各国が所有する古文書や遺物をそれぞれ同じ条件でデータベース化。情報共有を図り、ウェブサイトでの公開を始めている。
 「IDPのウェブサイトでは、探したい資料のキーワードに打ち込めば、6カ国全ての西域資料の情報が一斉に検索に引っかかり、閲覧できるようになっています。西域資料自体は貴重な国の財産なので一か所に集めることはできませんが、データなら集めることができる。情報の共有化で、世界各地に散逸していた古文書の断片と断片が一致し、一枚につながるといったことも実際に起こっています。8月末の時点で日本は1万7千点、ロシアは1万4千点、イギリスはもっと進んでいて10万点以上のアーカイブ化へと発展しています」。
 岡田センター長は将来、黒澤デジタルアーカイブも日本語だけでなく、英語・中国語を含む多言語対応でのデジタルアーカイブをめざしたいとする。
 「黒澤プロダクションとも『やるからには最後までやる』という事で意見が一致しています。日本だけでなく、世界でも広く公開していきたい」。
 かつて映画解説者の淀川長治氏が、黒澤作品についてこう語っていた。
「ヒューマニズム。どの場合でも人間をよく描いてること。人間を描きたいから、ただの映画じゃなくて、そこに人間がいる。それを描いている」。
 圧倒的な表現力で、徹底的に人間を描いた黒澤作品。その人間活劇は、日本のみならず、世界中を虜にした。これからも時代を超えて愛されていくであろう作品に、さらに黒澤デジタルアーカイブが加われば、様々な人々にとって大きな財産になるのではないか。今後も、その動向に注目していきたい。


映画「乱」の台本   映画「羅生門」のセット

映画『乱』の台本
ウラ表紙に「いろいろ書込みがあり、紛失すると大変困ります。拾ったら是非、お届け下さい 黒澤」と書いてある台本もある。

 

映画『羅生門』のセット
撮影では、大雨の迫力を出すために、水のなかに墨汁を入れて灰色の水を降らせた。

「李柏文書」画像分析の様子

「李柏文書」画像分析の様子。1000倍から5000倍まで拡大できる、超高分解能デジタル顕微鏡を使って、紙の繊維を見極め、材質を特定していく。


●IDP(国際敦煌プロジェクト)とは?

20世紀初頭の探検家や考古学者達によって発掘され、世界各地に散逸してしまったシルクロード時代の彫刻、壁画、写本などを、世界各国が共同でデジタルアーカイブ化し、データの共有を図る事を目的に、1994年に設立。かつて4万点にのぼる紙や絹の写本、絵画、印刷された古文書が発見されたものの、後に分散し資料の閲覧が困難となっていた中国西域の敦煌の名を取って、「国際敦煌プロジェクト(IDP)」の名がついた。
本部はロンドンの大英図書館。センターが中国、ロシア、ドイツにあり、日本は龍谷大学がセンターとしての機能を担う。
1998年からウェブサイトが公開。写本やその他の資料の高品質画像、目録、内容情報に自由にアクセスできるようになっている。
IDPウェブサイト→http://idp.afc.ryukoku.ac.jp/




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