龍谷 2009 No.69


CLOSE UP 青春クローズアップ
第11回坊っちゃん文学賞 大賞作品『なれない』 
村崎えん(ペンネーム)
「ku:nel(クウネル)」3月号 (マガジンハウス)に掲載中
第11回坊っちゃん文学賞 大賞受賞
    漠然とした将来への不安を綴る
村長 紗季さんむらなが さ き
村長 紗季さん
社会学部4年生
滋賀県立米原高等学校出身

 執筆のきっかけは就職活動のストレスだった。3年生の春から本腰を入れて就職活動に臨んだが、なかなか思うようにいかない。また、入学当初から希望していた出版社や新聞社への就職に動き出すにはすでに遅く、志望業界から考え直す必要があったことも焦りを募らせた。
 「『将来は文章を書く仕事がしたい』とずっと思っていましたが、それまで何も準備はしていなかった。結局、自分の将来について本気で考えていなかったんですね。情けないような、悲しいような、そんな気持ちでした」。
 手当たり次第試験を受け、失敗した面接は30社を超えた。息抜きだった友人との時間も徐々に減り、村長さんは一人自室にこもって、漠然とした将来への不安に思い悩む日々が続いた。
 「『自分が本当にしたいことってなんだろう?』、『私はこの先どうしていけばいいのかな』。毎日そんなことばかりを考えていました。そんな心の中のモヤモヤを文章にして書きはじめたんです。私にとって、自分の気持ちを整理するためには書くことが一番手っ取り早かったんですよ」。
 書き始めた当初は小説にするつもりなど無かった。しかし、就職活動に駆け回る日々のなかで感じたことを思いつくままに綴るうち、ストレスのはけ口だった文章は次第に物語へと生まれ変わっていった。
 それまで趣味や授業で、実際に身の周りで起きたことを文章にした経験はあったが、フィクションを書いたのは初めてのこと。約1ヵ月で書き上げたという400字詰め原稿用紙83枚の作品を、誰にも読ませることなく「第11回坊っちゃん文学賞」へ応募した。
 「主人公は私そのもの。だから、恥ずかしくて小説を書いたことすら誰にも言いませんでした。本名ではなく『村崎えん』というペンネームで応募したのもそのためです。自分でも読み返すことができず、推敲もせずに応募したぐらいですから」。
 応募直前に慌てて付けたというタイトルは、『なれない』。悩み抜いた就職活動を通じてたどり着いた想いを込めた。
 「漠然と何かになりたくて一生懸命、就職活動をしていたけど、終わってみれば私は私のまま。結局、何者にもなれなかったということですね」。

   いつか家族へ感謝を物語に
厳しい社会情勢のなか、同世代の友人達との交流のなかで必死に将来を模索する『なれない』の主人公を、「第11回坊っちゃん文学賞」審査員の一人、小説家の高橋源一郎氏は「現代の坊っちゃん」と評した。
 執筆と並行して就職活動を続けていた村長さんは、外食産業を手がける企業からの内定を得た。執筆活動については「これからもマイペースで続けていければ」と話す。
 「まずは春から始まる仕事に慣れることが第一。今後は自分の楽しみの一つとして書くことを続けていければいいですね」。
 村長さんが、いつか書いてみたいテーマは「家族」。
 「家族への感謝の気持ちって照れくさくて言葉では伝えられないじゃないですか。たぶん、これからも言えそうにないので、いつか物語にして自分の家族に読んでもらえたらいいなって思っています」。

 就職活動への焦りが
 「現代の坊っちゃん」を生み出した

就職活動に悩む自分自身をモデルに、小説『なれない』を執筆した村長紗季さん。卒業を控えた大学生なら誰もが抱える将来への不安や焦りをストレートに表現したこの作品は高い評価を受け、昨年、愛媛県松山市が主催する「第11回坊っちゃん文学賞」で1,138点の応募作品のなかから大賞に選出された。「小説を書いたのは初めて」という村長さんにとって、執筆は自分自身と向き合う大切な作業でもあった。
 

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