龍谷 2009 No.69

教員Now 悲しみを分かち合う「ミトラ」設立 大切な人を亡くした遺族に寄り添う

黒川 雅代子 龍谷大学短期大学部社会福祉科准教授
くろかわ  かよこ
黒川 雅代子

関西学院大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程満期退学
2008年4月より現職
専門分野は社会福祉学、主な担当科目は社会福祉援助技術
研究テーマは遺族支援のための実践モデル開発
主な論文は『救急医療における遺族支援のあり方』
『遺族のセルフヘルプ・グループの活動』など

少し前になるが、「千の風になって」という歌が流行った。
亡くなった人が、千の風になって家族や恋人、友人の周囲を吹きわたっている
という歌詞は、大切な人を失った人々の悲しみをどれくらい癒したのだろう。
 黒川雅代子准教授は、学者の立場から遺族支援を研究・実践することで、遺族に寄り添おうとしている。
心に深い傷を受けた人々が、少しでも癒されることを願いながら…。

救命センターの看護師から遺族ケアの道へ
心通わせる身近な人が亡くなるというのは非常につらい出来事であり、その人の人生で最もストレスフルで危機的な状況にあるといえる。
 黒川准教授が発起人となって設立された「ミトラ」は、遺族のための分かち合いの会。大切な人を亡くした人々を総合的にサポートすると同時に、サポート実践者の養成及び、遺族サポート研究をめざしている。
 龍谷大学が創立370周年記念事業として支援していることもあり、会の名称を仏教に縁の深いサンスクリット語で「友人」を意味する「ミトラ」にしたが、特定宗教にこだわらない。遺族が自由に集い、友人として語り合えれば、という想いを込めている。黒川准教授は、もともと救命救急センターの看護師をしていたという経歴を持つ。看護師時代、救命救急センターには次から次へと重症患者が運び込まれ、ひと晩で5人も6人も亡くなっていく。
 「それを見続けているうちに、人の生と死について、そして家族・遺族のケアについてもう一度しっかり勉強し、考えてみたい  と、大学で学ぶ決心をしたのです」。
 龍谷大学短期大学部の社会福祉科で2年学び、さらに編入で関西学院大学へ進んだ。その段階では、医療現場に役立つ知識や経験を積んだら、再び看護師に戻ろうと思っていた。しかし、遺族と関わるうちに、遺族ケアについてもっと学びたい、研究したいという想いが強くなり、いつしか学者の立場から遺族支援に携わる道を選択していた。
 黒川准教授が初めて遺族会の活動に参加したのは1994年のこと。知り合いの医師に声を掛けられ、神戸の遺族会「ひまわりの会」の設立から手伝うようになった。翌年1月には、あの悪夢のような阪神・淡路大震災があり、遺族会も被災。ようやく会を再開した時には、震災で家族を亡くした人々の悲しみに直面した。その後、大阪においても葬儀社主催の遺族会を手伝うようになっていく。

話したことを外に出さない悲しみを比べない
 遺族支援という考え方は欧米が先進的。その一方、日本はまだまだ未熟で、会の数も少数しかない。京都でも自死遺族に限定された遺族会はあったが、それ以外の会はなかった。そのため、「数年前から、誰もが参加できる遺族会を京都にも、という想いがありました」。そこで龍谷大学非常勤講師の打本未来氏らと「ミトラ」を立ち上げた。
 2008年10月、初めての講演会を開催し、翌月から月1回のペースで定例会を開いている。参加費用はお茶菓子の代金200円のみ。予約もいらない。これまでの参加延べ人数は120名を超え、1回に付き8名程度が訪れている。
 「ミトラ」の定例会ではグループになってお互いの気持ちを語り合うが、「ここで話した内容は外には出さない」というのがルール。安全が確保される場であってこそ、本音で話すことができる。
 また会を進行するうえで大事なことは、「人と悲しみを比べない」こと。配偶者を亡くした人が若くても年配者でも、闘病生活が長くても短くても、それぞれが大きな悲しみを抱えてここに来ている。その大きさや重さを比べても意味がない。
 大切な人を失うと、たいていの人の心と体に変化が起きる。夜眠れない、食事が取れない、笑えない、人前に出られない…。そして、自分はオカシクなってしまったと、孤独感でいっぱいになったりする。
 ところが、「ミトラ」には同じ立場の人がいる。それだけで、自分の反応が正常なものであると感じられ、気持ちがラクになるのだ。みんなに共感してもらうと心の重荷が軽くなるし、いろいろな人の話から勇気づけられることもある。同じ立場の人達で「悲しみを分かち合う」ことは、本来その人が持っていた「生きる力」を取り戻すことに大きく貢献する。

日本社会に適合する理論やシステムを求めて
では、龍谷大学が遺族会を支援する意義とは何なのであろうか。その質問に対して、黒川准教授は、「仏教を基盤に社会貢献をめざし、共生を掲げる龍谷大学の方向性と遺族会は一致します。ビハーラ活動をやっていることもあり、遺族支援事業に関わることは意義のあることです」。
 また、遺族会で黒川准教授が担う役割は、「会の司会進行だけ」と言い、「会に来られた方を癒すなんて到底できません。私はただ『安全な場を提供する人』に徹します」。参加者一人ひとりが自分で答えを見つけたり、あるいは必要なものを持って帰ったりしてもらいたい、とも。その発言からは、自分はあくまでも裏方であることを印象付ける意図が見える。それが黒川准教授の信念であり、姿勢なのだろう。
 そんな黒川准教授の姿勢からは、『遺族支援というのは、遺族会でなくても、その意志さえあれば誰もができる』ということが感じられた。例えば、昔ならではの付き合いや、伝統的仏事のなかで  。
 「遺族支援は特別なことではありません。ただ、悲しみに寄り添うこと。身近な人の死というのは誰もが避けられないことです。その時の心と体の変化をどう受け止め、寄り添うことができるのか。普段から考えておいてほしいことです」。
 日本では、遺族支援のための独自の理論やシステム構築などは、まだ動き出したばかり。その歩みを緩めることなく確かなものにするためには、研究を積み重ねていくことも必要である。
 現在、研究者や医療関係者達とで遺族支援のための研究に取り組んでいる。
 「縁あって大学に勤めるという機会をもらったので、遺族支援についての教育・研究・実践をライフワークにしたいと考えています」と語る。
 「遺族支援」というのは、ともすると暗く重いイメージが付きまとう。どこまで行っても終わりがないかもしれない。それでも、確実に新しい風が吹き始めていると感じた。


「ミトラ」では定例会に加え、
活動を知ってもらうための企画事業もおこなっている。
去る2月7日には、
「大切な人を亡くした人のための『喪失の癒しとアート』」を開催。
なかなか話せない喪失の想いを、絵を通じて語り合ってもらった。

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