龍谷大学は、独自の歴史と伝統を活かして、33年前から「矯正・保護課程」を設け、刑務所・少年院・少年鑑別所などで働く矯正職員、罪を犯したり非行に走ってしまった人達が社会復帰できるよう支援する保護観察官等の専門職や、ボランティアとして働く人達を養成してきました。 また、「矯正・保護研究センター」においては、日本における唯一の刑事政策に特化した大学付設の研究所として、理論研究をより一層進めるとともに、その成果を実務の場へ提供。「理論と実務の架橋」を目標に活動をおこなってきました。 こうして長年にわたって積み上げた「教育」と「研究」を有機的にリンクし、「社会貢献」をめざして創設されたのが、「矯正・保護総合センター」(以下、総合センター)です。 罪を犯した人間は、刑務所や少年院などの施設に入れられ、決められた期間を過ごします。そこでは矯正職員や保護観察官、あるいはボランティアの保護司、教誨師などが社会復帰の手助けをします。それらはとても重要な仕事です。 しかし、その一方で、罪を犯した人間が施設を出てからのアフターケア、サポートが極めて希薄であるという現実がありました。私のように長年にわたって社会福祉に携わってきた者には、福祉の視点からのアプローチが必要ではないかという想いが募りました。 このような想いは社会的にも高まりをみせ、昨年、長崎に「地域生活定着支援センター」が設置されました。その後、この活動は全国に広がりつつあります。また、今年4月から全国の刑務所に社会福祉士が置かれるようになるなど、法務省の枠を超え、厚生労働省も主体的に加わった取り組みがようやく始まりました。 本学も総合センターの設立によって、法学部の刑事政策の範疇だけでなく、文学部、そして昨年4月に開設された実践真宗学研究科(大学院)など、福祉や社会学を含めた学際のなかで、総合的に受刑者の問題に取り組んでいます。大学としてさらに社会貢献に乗り出す態勢ができあがったといえます。
総合センターでは学内はもちろん、学外においても個人、団体、組織とネットワークを形成し、矯正・保護の新しい体系づくりをおこなうとともに、社会に発信していきたいと考えています。 私が関わっている研究「共生(ソーシャル・インクルージョン)プロジェクト」には、弁護士もダルク(薬物依存症リハビリ施設)の代表者も参加され、社会復帰のための支援方法開発に取り組んでいます。また、様々なノウハウを持っている福祉関連の組織とも、ネットワーク化していく予定です。 現代は競争社会で、勝者はいい目を見ますが、そうでない人はつらい目に遭います。そんなときこそ周囲の助けが必要なのに、今の世の中はそういうつながりがごそっと抜けています。 失業、貧困、差別などが広がる格差社会のなかで、はからずも罪を犯し、矯正施設に入れられる人も数多くいます。そういう人達のために、ため込んだ気持ちをきちんと聴き取るとともに、出所後のケアとして就労支援をしていくことが必要なのです。 本当の更生とは「自分の心、存在を丸ごと受け入れてくれる」、そう思える人を持つということ。そして「自分の存在を大切に思えるようになる」ことです。「悪いことはするな」と上から押さえつけて、「わかりました」と言わせても、本当の更生にはなりません。 だからこそ、矯正・保護は刑事政策とともに、福祉の問題でもあり、市民全体の問題でもあるのです。昨年に施行された市民による裁判員制度が定着しつつある現在、刑罰を与えることと同時に、出所した人に対する市民によるアフターケア、リハビリテーションへの参加も課題です。 人は人との関わりからパワーをつけていきます。今までずっと自分を否定してきた人達が、社会でホッとできる場所、温かいつながりを持ち、役割を発揮できるような仕事を得る。そういう道筋を提供していきたいと考えています。 このような課題に取り組めるのは、伝統を持つ龍谷大学だからできることであり、しなければならないことです。親鸞聖人の『歎異抄(第十三条)』に「わがこころのよくてころさぬにはあらず」とあるように、心が良いから罪を犯さないのではありません。 さまざまな巡り合わせが複雑に働いて罪が生じます。はからずも罪を犯した人とのつながりの回復を大切にしながら、全ての人とともに生きる社会を実現したいものです。私も微力ながら、精一杯これにあたります。