龍谷 2010 No.70


教員Now
カルロス・マリア・レイナルース 互いに理解しあえる協力関係へ 国際労働移動から日本とフィリピンの将来を見つめる
 
国際文化学部 准教授
カルロス・マリア・レイナルース
 
●最終学歴・学位
神戸大学大学院経済学研究科経済学博士博士号
2001年5月 神戸大学大学院国際協力研究科 助教授
2003年4月 龍谷大学国際文化学部 准教授に着任、現職
●専門分野
国際労働移動、アジア経済、開発経済学
研究テーマは国際労働移動における経済的分析について
「送り出し国から見た国際労働移動の要因と効果」
「高齢社会日本における看護介護分野での外国人労働者の役割」
「2カ国間経済連携協定のなかの国際労働移動」など
 
 今年3月、インドネシア人2名とフィリピン人1名の看護師候補者が国家試験に合格し、日本の看護師として正式にスタートを切った。これは、2008年に締結した2カ国間経済連携協定(EPA)による両国からの看護師の受け入れ開始以来初めてのこと。わずか1%と低い外国人受験者の合格率に加え、医療現場での仕事には外国人ならではの問題が数多くある。労働移動問題を専門に研究する国際文化学部のカルロス准教授は送り出し国と受け入れ国の双方を見つめることで、両国がともに幸せになる方法を模索している。
 
マニラアフラジア会議
互いの文化をも理解した
協力関係へ
マニラアフラジア会議  
 日本人にはあまり馴染みがないことだが、就労先を求めて祖国を離れることは、世界特にアジア諸国ではめずらしいことではない。国際文化学部のカルロス准教授はこの国際労働移動をテーマに研究をおこない、移住や出稼ぎで働く人々の状況を調査し続けている。  カルロス准教授が生まれ育ったフィリピンは世界有数の労働者送出国。アメリカをはじめヨーロッパ、中東、東アジアなど世界中に介護医療分野を中心とした100万人近い労働者を送り出し、彼らがフィリピンに残る家族へと送金する金額は国民総所得の1割に上るとも言われている。  「フィリピンでは外貨獲得のため、国民の出稼ぎを国が推奨しています。近年、看護師や介護士などの医療福祉従事者も増えてきています。日本でも2008年にフィリピンとの間で経済連携協定が締結されてから、本格的に看護・介護福祉分野の労働者受け入れがスタートしましたが、いまだ両国には解決すべき問題が山積しているのが現状です」  国策として余剰労働力を積極的に国外へ送り出したいフィリピンと、少子高齢化のため医療福祉従事者の不足に悩まされている日本。一見、うまく利害関係が一致しているように思えるが、カルロス准教授は両国それぞれが抱える問題は根深いと話す。  「フィリピンから日本への労働者の移動は、外貨獲得と母国で残した家族の収入の増加というメリットはありますが、いまだにそれが十分に活かされていない状況です。また、これまで出稼ぎや移民を推奨し続けてきたため、フィリピン国内では慢性的な看護師不足が起きていると言われています。これらは、いわゆる『送り出し問題』と呼ばれ、フィリピンでは社会問題にまで発展していますが、いまだ解決の糸口すら見つかっていません」  受け入れ側となる日本にも問題はある。フィリピンで看護師や介護福祉士の資格を取得した労働者は、来日後、医療機関での研修を経て日本の国家試験に合格しないと帰国しなければならないこととなっている。試験に合格することは難しいと批判されるが、それ以前の問題も深刻だ。つまり、彼らが医療福祉現場へと出ていく時に、「言葉と異文化の(不)理解」が原因で、日本人の同僚や利用者、患者との摩擦が起きている。  「研修や試験勉強で『言語』としての日本語は習得できますが、日本語特有の曖昧なコミュニケーションまでは理解しづらい。日本文化に直結したこの感覚は、日本での生活や日本人とのふれあいを重ねることでしか身につけることができないものです。来日してせっかく難解な試験を通過しても、現場に出て働き出した途端にこの問題に悩み帰国するケースもあります。受け入れ先となる日本には、海外からの人材を単に労働力として捉えるのではなく、お互いの(両国の)文化を十分に考慮するような環境整備が必要だと考えています」
 
日本での就労を希望する 介護士学校の生徒たち 幼い頃に芽生えた
日本への関心
日本での就労を希望する
介護士学校の 生徒たち
 
 カルロス准教授が日本を身近に感じるようになったのは、幼い頃に体験した日本人とのふれあいがきっかけだった。
 「私の祖父母は日本人に対して親近感を持っており、フィリピンを訪れる研究者や留学生、外交官など様々な立場の日本人をホームステイ先として受け入れていたのです」
 マルコス政権下の1960〜70年代、まだ反日感情が根強かった当時のフィリピンにおいて、日本人との交流はめずらしいことだった。
 「我が家に滞在する日本人の方に学校の宿題を教えてもらったり、日本の話を聞かせてもらったりしているうちに、日本への関心が芽生えていたのだと思います。大学時代には、自然と日本への留学を考えるようになっていました」
 1987年に国費留学生として来日したカルロス准教授は神戸大学で経済学を専攻。博士課程修了までに約3年間の帰国をはさみ、国際労働問題や労働経済学といった、現在の研究テーマの基礎となる分野を学んだ。
 「経済学的視点から労働問題を学ぶうちに、より包括的なアプローチから労働のあり方を捉えてみたいと思うようになったのです。なかでも、フィリピンという国が抱える労働移動問題は最も関心のあるテーマでした。幸い、私は日本とフィリピンの両方を知り、どちらも客観的に見ようとしてきました。自分なりに両国における労働移動についての問題点を指摘し、解決策を考えることができるのではないかと思ったのです」
 
『人間の安全保障問題』 労働移動における問題の一つ
 「労働移動に関わる諸問題は、最終的には全て人権問題にもつながっていると言えます。日本の医療が充実する一方で、フィリピンでは看護師不足が起きる可能性があり、また日本国内でも、フィリピン人看護師が存分にその能力を発揮できない状況が起こることが予想できます。異なる文化を持つ国同士が互いに協力しあおうとしたとき、そこに関わる『人間の安全保障の課題』があります。これを解決することで、日本とフィリピン両国にメリットのある協力関係が築けるのではないかと思うのです」
 カルロス准教授は今後の研究テーマとして、労働者の「多段階的移動」にも注目しているという。
 「フィリピンでは移住先としてアメリカが最も人気がありますが、アメリカ移住には厳しい制限があるので、それまでのステッピングストーン(踏み台)として、比較的働きやすい国で実績をつくることが近年主流となっています。最終目的地をめざし、世界中を転々として働く人達にとって日本はどのような位置づけなのか、彼らはなぜ日本への定住を望まないのか。それを検証することで、日本とフィリピン、それぞれの将来が見えてくると思うんですよ」

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