龍谷 2010 No.70


専門家に聞く6 谷垣 岳人 今回のテーマは「生物多様性とは何か」2010年国際生物多様性年に我々ができること
 
法学部 講師
たにがき たけと
谷垣 岳人

●最終学歴・学位 京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学
●専門分野 生態学  研究テーマは種分化・生物多様性・里山生態系など
●主な著書・論文など The Role of Cuticular Hydrocarbons in Mating and Conspecific Recognition in the Closely Related Longicorn Beetles Pidonia grallatrix and P. takechii ほか
谷垣 岳人
 
  2010年は国際生物多様性年であり、10月には名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されます。人間が多様な動植物と共生し、豊かな自然環境を次世代へと受け継いでいくためにはどのようなことが必要なのかを伺いました。
 
人が手を入れることで、 豊かになる自然だってある
 
オオタカ:里山の猛禽類
オオタカ:里山の猛禽類
○そもそも、「生物多様性」とはどのような概念なのでしょうか。

 生物多様性とは、「遺伝子、種、生態系の豊かさを示す尺度」のことです。生物多様性は人類の生存基盤であり、生物多様性が高いほど、生態系のバランスが保たれ、人は多くの恵みを受けることができます。
 日本の里山を例にとってみると、開発によって住宅地となったり、薪炭利用や間伐などの人間による管理がおこなわれなくなることで、生態系に変化が起きて絶滅寸前の種がいる一方で、爆発的に増加する種がいるといったアンバランスな状況が起きています。このようなことは何も森林だけに限ったことではなく、河川や湿原、海など地球上のあらゆる場所で起きているのです。
 
○近年、環境問題との関連で「持続可能な社会」という言葉をよく聞きますが、
どういった概念なのでしょうか。


 自然資源は、いわば地球の貯金です。持続可能な社会づくりとは、簡単に言うとこの貯金の利子だけで成立していく社会のこと。現在はその貯金を切り崩して文明を維持している状態なのです。環境倫理学には「世代間倫理」という概念があります。これは、現在だけではなく、未来の世代にも生物多様性からの恵みを受け継ごうという考え方です。食生活を支える農業や漁業のみならず、医薬品や繊維など、現代生活において生物多様性から享受している恵みはとても多いんです。
 気づいたときには貯金がゼロになっている、などということにならないように現在の貯金状況をしっかりと調べて、どの分野が貯金を切り崩しているのかを調査し、対策を講じましょう、というのが生物多様性の本質であり、持続可能な社会づくりをめざす出発点なのです。
 
 
○世界中で起きている生態系の変化には、どのような理由があるのでしょうか。
アカシジミ:里山を代表するチョウ
アカシジミ:
里山を代表するチョウ
 生物多様性は生物同士の共生や自然環境との相互関係など、とても微妙なバランスで成り立っています。例えば、ある森林に植物を食べる昆虫がいて、その昆虫を食べるクモ、そしてクモを食べる鳥がいるとします。そして、その生態系の近隣にある田畑で人間が過剰に農薬を使用すると昆虫やクモが減り、時に農薬抵抗性の昆虫が増えるが、最後は鳥が減るといったことになり、一度減少した種を元どおりにすることは困難です。生物多様性は複雑な因果関係を持ち、人間の行動がどういった結果を招くかを予測することすら難しいのです。
 地球上で名前の付いている生物はおよそ160万種。そして、まだ人間が発見していない生物は数千万種に上るとも言われています。特定の動植物の絶滅や減少によってその地域の生態系が大きく崩れてしまう種を、生物学では「キーストーン種」と呼びますが、私達人間は、現在発見されている160万種についてもそのキーストーン種を特定することができていません。南米やアフリカの熱帯雨林などには、まだ未発見の種が多く存在していますが、経済活動を優先するあまりすごいスピードで伐採が進められているのが現状です。
 多様な種の役割や機能が未だ解明されていないからこそ、できるだけ幅広い自然環境を保護するために生物多様性について世界中で考える必要があるのです。
 
消費は投票行動
里山
 
○今年、10月に名古屋で開催されるCOP10で注目すべき課題はありますか。

 今回のCOP10では、日本は議長国として強いリーダーシップを発揮することが求められています。具体的な提案として、日本の里山でかつて持続可能であった暮らしをモデルとして、今後の社会づくりに活かそうという「SATOYAMAイニシアティブ」を策定し、世界各国に発信する予定です。里山では切り株から再生するクヌギやコナラのような木を伐採し、薪として燃料にしていました。例えば、10年で成長する木を10区画ごとに順に植樹・伐採することで、毎年持続的に燃料をまかなうといった知恵がありました。また、植林では、間伐をおこなうことで、森に光が入り、草が生え、その草を餌とする生物が集まって豊かな生態系の維持にもつながっていました。人が手を入れることで、生き物が豊かになる。そんな自然のあり方だってあるんです。
 もちろん、現代において木が石油などに取って代わる燃料になることは不可能ですが、里山にはこれからの持続可能な社会を考えるうえで、参考にすべきヒントがたくさんあるのです。今回のCOP10では、日本の里山から得た先人の知恵を、いかに現代社会に置き換えた提案にできるかが注目されます。
 龍谷大学でも、瀬田キャンパスに隣接する「龍谷の森」をフィールドワークの場として生物多様性の保全や生態系調査、また、法学や環境倫理学や民俗学などの視点からも、人間と自然との共生をテーマに研究活動をおこなっています。たった50年ほど前までは、日本中で里山がちゃんと機能していました。その時代を知っている世代の方々がお元気なうちに、たくさんの知恵や経験を聞かせていただければと思っています。
 
○日常生活のなかで私達ができることはありますか。

 私は消費するという行為を投票行動だと考えているんです。「その商品は持続可能な方法で生産されたものか」、「企業の理念や経営スタイルは生物多様性を尊重しているか」などをしっかりと見極めて消費することで、間接的に生物多様性を守ることにつながります。普段の生活では、どうしても価格の安いものに目が向きがちですが、そうした消費者一人ひとりの行動によって、これからの世界は大きく変わっていくと思います。
谷垣 岳人

←トップページへ戻る