龍谷 2010 No.70


「見えない」を「見える」に。 教員Now
藤田 和弘

理工学部 情報メディア学科 准教授

ふじた かずひろ

藤田 和弘

●最終学歴・学位
京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科修士課程修了
学術博士
同大学工芸学部助教授と情報科学センター助教授を経て、
2004年10月より龍谷大学理工学部情報メディア学科准教授に着任、現職

●専門分野
画像処理工学、特に劣化画像復元及び画像の鮮明化
コンピュータ法工学、特にComputer Foresic,Computer Security Incident Response
教育メディア科学、特にICTを利用した教育

●主な論文
「焦点ずれ劣化JPEG画像の鮮明化」門野浩二(滋賀県警科捜研)共同研究
「近紫外LED光源を用いた独立成分分析による繊維汚れの画像鮮明化」
桶谷新也(京都府中小企業技術センター)共同研究

●主な受賞歴

1988年 3月 ソニーコンピュータサイエンス研究所設立記念
「21世紀のコンピュータ:夢を現実に」懸賞論文佳作入選
1993年 4月 電気関係学会関西支部連合大会奨励賞
2002年 3月 滋賀県警察本部長感謝状
2006年 4月 映像情報メディア学会 関西支部 感謝状

 

 ぼやけた画像をくっきり復元する画像処理が専門の、藤田和弘准教授。研究当初は研究一筋で、どう社会に役立てるか想像もしなかったというが、滋賀県警科学捜査研究所(科捜研)との出会いをきっかけとし、現在は警察の科学捜査や民間企業など多方面に研究協力を惜しまない。研究室から実社会へと活躍の場を広げ、「社会貢献するのが私の役目」と語る、藤田准教授の志の変化や研究内容について話を聞いた。
 
運動劣化画像の復元処理
運動劣化画像の復元処理
部分的に流れた画像
自動車部分の
水平の運動劣化
途中処理結果
劣化領域が白くなっている
流れ領域の抽出結果
劣化領域が抽出できている
復元画像
自動車のナンバーが
読めるように
 
月のクレーターの細部が画像処理によって 鮮明になっていた、ローゼンフェルト博士の著書
 科捜研との出会いをきっかけに
 井の中の蛙 大海を知る
月のクレーターの細部が 画像処理によって鮮明になっていた、 ローゼンフェルト博士の著書
 藤田准教授が画像処理の世界に飛び込んだのは大学院生の時。コンピュータ技術者をめざしていた頃に、デジタル画像処理の第一人者、ローゼンフェルト博士の著書で、それまでぼんやりとしか写っていなかった月のクレーターの細部が、画像処理によって鮮明になっていたのに衝撃を受けてからだ。
当時は研究室にこもりコツコツ研究を進める毎日だったが、数年たったある日、滋賀県警科学捜査研究所の稲垣昭生研究員が、防犯ビデオの画像を鮮明化したいので相談に乗ってくれないかと、研究室を訪ねてきた。「あなたの技術が初動捜査の犯人特定の手がかりとなる。協力してほしい」との稲垣さんの熱意が伝わった。
藤田准教授は、稲垣研究員に協力することで、自身の研究が社会に役立つことを実感した。見えないものが見える。かつてクレーター画像から受けた衝撃を、社会に還元できることに手ごたえを感じたのだ。科捜研との出会いがなければ、研究室にこもり、誰かの論文を読み、自分も次のテーマを考えて論文を書く。そのサイクルを繰り返すような、井の中の蛙だったかもしれない。
現在は、警視庁をはじめ全国の警察から画像処理の依頼がある。滋賀県の科捜研とは共同研究という形もとり、科捜研研究員と共同で論文を発表したり、定期的に勉強会をおこなったりして画像処理技術向上に努めている。そういった日頃の協力が高く評価され、滋賀県警察本部長より感謝状が贈られた。
 
計算式の並ぶノート
計算式の並ぶノート
 数学を用いてあらゆる劣化画像に対応
 大学の研究での画像復元は、研究画像をシミュレーションで劣化をさせて、それを復元するというパターンがほとんど。藤田准教授の研究が特異なのは、実際に撮影された最初から不鮮明な画像を復元しているという点だ。
 研究室内で想定する劣化画像より、実社会に溢れている画像は想像以上に複雑だ。防犯ビデオのような質の悪い画像やピンボケしたもの、車など速度の速い物体が流れるように写ってしまうものなど、様々なケースがある。さらに、デジタル画像の記録方式で主流となっているJPEG画像では、圧縮の際に情報量が落ちるため、モザイクのようなブロック状のノイズが入るといった劣化が加わる。
 藤田准教授はそういった劣化を鮮明化するために、実践の場で使えるソフトウェアを開発した。特徴は、数学的なモデルを使っているという点だ。画像処理の用語で「エッジ」と呼ばれる、被写体と背景など写真に映り込んだ様々な物体と物体との境界を、白と黒の濃淡で表し、劣化している箇所が白くなるような関数をまず考える。さらに関数から方程式を導き出し、それを解くためのプログラムを作り、ソフトウェアを完成させるのだ。
 方程式を出すために、黙々とノートに計算する。それをプログラミングして、パソコンで実験。上手くいかなければ、方程式に戻って修正し、再びパソコンで実験ということを、ひたすら続ける。大変ではあるがノート、鉛筆、パソコンがあればどこででもできるのがこの研究の良いところである。
 劣化として抽出された部分には、画像復元が施される。劣化は、画素が円になったり線になったりして、歪んでしまうことが原因で起こる。その歪みの程度を数学に基づいて推定し、復元する作業もソフトウェア化に成功した。
 実社会に氾濫する画像を、数学に裏付けられた処理からよりシャープにする。その道のりは長く、ノートにはぎっしりと計算式が並び、青字や赤字で修正がいくつも加えられ、試行錯誤の跡が垣間見えた。
 
立ち止まらない 
ここで満足はしない

 実験、修正の結晶とも言える画像処理技術だが、まだまだ現状には満足していない。もっと鮮やかに、誰が見ても納得してもらえるようなレベルになるまで突き進みたい。
 今後、特に力を入れていきたいのは、車両のナンバープレート画像の鮮明化。また、警察関係だけでなく民間企業にも積極的に技術支援をおこなっており、京都府中小企業技術センターとの共同研究では、肉眼では見えない着物のシミや汚れを画像処理で鮮明化することに成功した。
 民間企業と協力することを、学者の身分で営利に加担しているのではないかと批判されることもあるが、社会の役に立たない研究は、研究じゃないと思っている。実用化できるような研究で声を掛けてもらえるなら、様々な分野でサポートしていきたい。
 基本的には出歩くのが嫌い、研究室にこもっているのが好き、でも面白いものがあれば共同研究する。分野を問わず、社会に役立つものを研究のやりがいにする。学術的な興味とちょっとした正義感をあわせ持つ、その姿勢には限りない可能性が秘められている。


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