龍谷 2010 No.70


いのちの無常を知り、奢ることなく現実を深くみる。人知を超えた災害を目前に、私達の進むべき方向とは。
松岡久美子さん
まつおか くみこ     
松岡 久美子 さん
龍谷ミュージアム 講師(学芸員)
 
 「仏教をわかりやすく、興味深く体感する空間」をめざして、今年4月に開館した龍谷ミュージアム。現在、開催されている開館記念展「釈尊と親鸞」では、約1年間の会期を6期に分けて展示品を入れ替え、仏教の誕生からその広がり、日本への伝来を多面的に紹介する。10月から始まる後期展では「宗教空間の荘厳」をテーマに、アジア各地から出土した石仏、寺外初公開となる絵画や彫刻の数々など、多彩な展示で仏教の奥深さを伝える。
 
仏教の総合博物館として取り組む「親鸞展」
 親鸞聖人750回大遠忌を期に、多くの博物館で「親鸞展」が開催されることとなった今年。開館記念展「釈尊と親鸞」を企画したメンバーの一人、学芸員の松岡久美子さんは「なによりも龍谷ミュージアムらしい独自性を大切にした」と話す。
 「各所で同じテーマの企画展が予定されるなか、今年開館したばかりの龍谷ミュージアムは後発。そこで、私達は仏教の総合博物館として、ほかの博物館には無い『龍谷ミュージアムらしい親鸞展』をしようじゃないか、と考えたんです」
 「龍谷ミュージアムらしさ」、それは国内の仏教だけではなく、インドでの仏教誕生からアジア全域への伝播を念頭において活動するという特色にある。
 第1部の「釈尊」では、仏教の誕生とアジアの広がりをテーマとして、アジアの仏教遺跡から発掘された石製レリーフなどを多く展示する。千年を超える時間のなかで朽ち、破損した様子とともに紹介して仏教2500年の歴史を伝えている。
 第2部「親鸞」では、日本の仏教をテーマとし、後期展からは国宝や重要文化財などの展示もおこなわれるようになる。後期以降、大きく入れ替わるこれら展示品の見どころについて松岡さんは「これまで真宗美術としては取り上げられることの少なかった展示品の数々に注目です」と話す。
 浄土真宗にまつわる絵画や造形は室町時代、本願寺第8世蓮如上人の頃に現在につながる形式が定まった。例えば現在、私達が教科書や資料から学ぶ親鸞聖人の肖像といえば、口元を引き締めた表情で坐し、手に念珠を持って首に帽子を巻いた姿が一般的だが、これも長い真宗美術の歴史が生んだ表現の一部に過ぎないという。
 「室町時代以前には親鸞聖人の弟子達を中心に、真宗美術の表現方法が盛んに試行錯誤された時期がありました。第4期では『真宗美術のひろがり』と題して、これまであまり知られていなかった親鸞聖人の肖像画や絵伝も数多く展示する予定です。なかには、かつて研究者の間でも『これは本当に親鸞聖人か?』と考えられていたほど現在の親鸞聖人のイメージとは異なる肖像もあるんですよ」当時の人々が思い描く親鸞聖人のお顔を想像しながら見るのも面白いかもしれない。
 また、1年間の会期を通して約180点の出品が予定されている、龍谷大学所蔵品の数々も見どころの一つだ。なかでも初の一般公開となる「和朝高僧先徳連坐像」(第4期)は、多くの高僧に続いて尼僧達が描かれた珍しいもの。龍谷ミュージアムができたことによって、これまで大宮図書館が蓄積してきた仏教に関わる資料や、本学の研究成果をより多くの人々が目にすることができるようになる。
 
龍谷ミュージアム 復元されたベゼクリク石窟回廊壁画。壁画の各所に音声ガイド
端末をかざすと解説が流れる工夫が凝らされている。
 
知識がなくても楽しめる
まずは感じてみて

 龍谷ミュージアム館内に入った来館者をまず驚かせるのが、その展示方法だ。いくつかの展示物がガラスケースのなかではなく、手を伸ばせば届くほどの距離にそのままで置かれている。
 「数百年、あるいは千年以上にわたって様々な人との関係を取り結んできた尊像そのものが持つ力は凄い。来館者の方々には詳しい知識や思想はさておき、まずは様々な展示品と一対一で向き合って対話してもらいたいと考えたんです」
 例えば、木彫仏に残されたノミの痕跡や、冊子の手擦れの跡。時には炎に炙られたような炭化痕によって過去に火災に遭ったと知れることもある。それらは文字情報だけからは見えてこない、人々との生々しい関わりを想像させる。実物と向き合うことを通じて、時代を超えた同じ「人」としての共感を楽しんでみてほしい。
 また、松岡さんが「『龍谷大学の博物館』ならではの工夫も楽しんで」と話すのは、ミュージアムの随所に散りばめられた展観手法の数々だ。
 2階展示室に色鮮やかに復元されたベゼクリク石窟第15号窟の回廊壁画では、L字型に配置された9面の壁画の各所に音声ガイド端末をかざすと解説が流れる工夫が凝らされている。来館者に、端末をかざす場所を探しながら能動的に学ぶ楽しみを知ってほしいと考え出されたアイデアだ。
 「音声ガイド端末は本学理工学部岡田教授とNECエンジニアリングシステムによる共同開発、読みあげにはアナウンサー志望の学生が関わってくれました。そのほか、お経を聴く音声展示で経典を各地の言語で読みあげたのはタイやチベット出身の先生方です。展示作品の解説パネルや、ミュージアムシアターでの上映作品にも龍谷大学の学術研究の成果が大いに発揮されています」
 これまで龍谷大学が蓄積してきた叡智を結集して「仏教の面白さ」を体感する空間をつくりあげた龍谷ミュージアム。京都駅からのアクセスも良く、近隣寺院を巡る導入としては最適の立地でもある。一般に、難解なイメージを持たれることが多い仏教の、新たな側面を発見しに訪ねてみてはどうだろうか。

 

龍谷ミュージアム

 

「釈尊と親鸞」展


《展示構成》
第1部 「釈尊(アジア)
・第1章 釈尊の生涯と足跡
・第2章 釈尊の教えとその継承
・第3章 大乗仏教とガンダーラ・西域
・第4章 浄土教の成立と展開


第2部 「親鸞(日本)
・はじめに 親鸞のすがた
・第1章 仏教伝来と浄土教のひろがり
・第2章 親鸞の生涯と教え
・第3章 教団の発展と真宗美術
・第4章 受け継がれる親鸞の教え


これからの展示予定


【後期のテーマ】宗教空間の荘厳
第1部「釈尊
・釈尊の本生譚と誓願図、仏教石窟の壁画
第2部「親鸞
・第4期 10月8日〜11月27日 真宗美術のひろがり
・第5期 12月10日〜1月22日 絵伝
・第6期 2012年2月4日〜3月25日 本願寺の変遷

初の一般公開となる
「和朝高僧先徳連坐像」(第4期)

 
 

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