龍谷 2010 No.70


RYUKOKU アカデミックEye
 
国際社会文化研究所 研究プロジェクト
 
長命 洋佑さん

ちょうめい ようすけ
長命 洋佑さん

龍谷大学大学院経済学研究科修了 修士(経済学)、
博士(農学)・京都大学2007年、
龍谷大学非常勤講師。

●研究プロジェクトメンバー

河村能夫(龍谷大学経済学部・教授、専門分野:地域社会経済開発論、農業経済学、農村社会学)
呉金虎(内蒙古財経学院・副教授、専門分野:地域社会開発、農業経済学)
肖  威(関西国際大学人間科学部・教授、専門分野:国際経営論)
李復屏(龍谷大学社会学部・准教授、専門分野:地域開発)
金  湛(南九州短期大学・准教授、専門分野:経済学、農村開発)
薩茹拉(龍谷大学大学院経済学研究科・博士課程(産業関連地域経済開発論)
長命洋佑(龍谷大学大学院経済学研究科・ 修士:経済学、農学)

 
 近年、目覚ましい経済発展を遂げた中国。しかし、その急激な成功の代償として地域社会に様々な歪みをもたらしている。中国国境の北沿いに位置する中国内モンゴル自治区(以下、内モンゴル)はその歪みが顕著にあらわれた地域の一つ。国際社会文化研究所の研究プロジェクトが取り組む(研究代表者 河村能夫教授)では現在、内モンゴルが直面する現状を多面的に調査し、社会学・経済学・農学(含む畜産学)・環境学などの分野が相互に連携しながら、諸問題の解決を探るという、極めてユニークな手法での研究がおこなわれている。本プロジェクトのもう一つのユニークな点は、参加研究者6名全員が龍谷大学大学院での修士・博士課程の修了者で構成されていることである。農業経済学の分野でこの研究プロジェクトに携わる長命洋佑さんに活動の内容を伺った。

 

多面的な研究が
問題解決の糸口に

 「まず驚いたのは都市部の経済発展ですね。それまで私はモンゴルと言えば、どこまでも広がる草原に放牧されたヒツジやヤギ、それにゲルで生活する人々、と一般的なイメージしか持っていませんでしたから」
 一昨年、初めて内モンゴルを訪れたときの印象を長命さんはそのように話す。内モンゴルは現在、中国国内のなかでも一、二を争うほど急速に経済成長を遂げている地域。高層ビルが建ち並び、訪れるたびに街並みが変化する都市の活気に、長命さんは圧倒されたという。
 「しかし、その発展の陰で農村部を中心として様々な問題が顕在化していました。特に都市部との所得格差や、家畜の過放牧による環境破壊などが深刻です。これらは単独分野の研究だけでは解決できません。社会学、経済学など、それぞれの専門家による多面的な分析が必要となると思うのです」
 歴史的な転換期を迎え、社会全体が大きく変化する内モンゴル。本研究プロジェクトでは、現在の内モンゴルを取り巻く諸問題が地域社会の人々の生活にどのような影響を及ぼすのかを調査し、研究結果を総合して多角的に分析する。これまでに内モンゴルについておこなわれてきた研究事業の多くが、限定された研究領域のみであったことを考えれば、この複合的な視点での取り組みは異例のことだ。
 内モンゴルの主要産業は畜産や農業。長命さんが専門とする畜産学や農業経済学の領域は、近代化の影響がもっとも大きくあらわれた分野でもある。
 「現在、深刻なのは畜産農家間の所得格差。乳牛の飼育技術が高い大規模農家に需要が集中する一方で、設備投資をおこなうことができない小規模農家は廃業が相次いでいます。また、生乳の流通に外資系の乳業会社が参入したことも小規模農家の経営を難しくした一因です。言葉の壁があるモンゴル族にとっては都市部への出稼ぎも容易ではなく、農村地域の貧困層は年々拡大しています」
 また、これまで中国政府は環境問題解決のため「退耕還林」※(注1)政策の一つとして、農村部から都市近郊部への生態移民※(注2)を推奨してきたがこれも多くの問題を生み出した。
 「移民後、酪農生産に失敗した人々は、帰郷してふたたび農業や畜産業を営むことが困難です。戻る場所も、仕事をも失った人々をどのように支えるのか。これは、現在の内モンゴルの抱えている諸問題が、政治、経済、環境、産業が複雑に絡み合っていることを象徴していると思います」

 
訪れるたびに変容する内モンゴルの街並み 訪れるたびに変容する内モンゴルの街並み
 
継続的な研究活動をめざす
 

同族間の結びつきが強い内モンゴルにおいて外国人研究者が現地人の信頼を得るのは並大抵のことではない。長命さんをはじめ各研究メンバーはこれまで定期的に内モンゴルへと足を運び実態調査を重ねてきた。また、現地の内蒙古財経学院との共同研究である強みを活かし、フィールドワークやシンポジウムをおこなうことで内モンゴルに暮らす人々の生の声を集める機会としている。
 2009年に研究会として発足したこのプロジェクトは、2010年、2011年の実態調査を経て研究を終える。研究期間の後半では、各分野の調査・分析結果をまとめた叢書を刊行して、現地での研究成果報告などもおこなう予定だ。
 「今回の研究プロジェクトは2年間で終了しますが、各メンバーの研究や調査は今後も個別に続けていく予定です。研究タイトルに『持続的』とある以上は、河村先生も指摘しているように私達の研究活動も継続的なものにしなくてはいけませんから」
 調査研究における信条は?との質問に、「現場主義です」と答える長命さん。書籍や資料から得た情報ではなく、自分自身で見聞きしたことを大切にして今後も研究活動を継続したいと話す。
 「今、内モンゴルで起きている様々な問題は、これから経済成長を遂げるほかの発展途上国にも起きうることばかりです。今後、世界中のどの地域社会においても有効な解決策への指針を見つけ出すことが、このプロジェクトの大きな課題です。そのためにはなるべく多く現地を歩き、数年、数十年をかけて答えを探し続けることが大切だと思うのです」

 

※(注1)
退耕還林 農地での耕作を禁止し、植林をおこなうことで森林面積を増やす政策。牧草地の場合は「退耕還草」。
※(注2)
生態移民 生態系保護のため、住民が都市近郊など比較的環境条件のよい地域へ移住すること。そこでは主に酪農生産による貧困削減が推奨されている。

 
内モンゴルの研究者との共同シンポジウム 生態移民村の様子 移民村で飼養されている乳牛(ホルスタイン種)
内モンゴルの研究者との共同シンポジウム 生態移民村の様子 移民村で飼養されている乳牛(ホルスタイン種)

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