教育最前線 政策学部

地域公共人材に求められる「話し合い」能力
重要なのは答えだけではなく、その過程

 地域社会を変え、これからの地域政策を担う「地域公共人材」の育成を教育目標に掲げる政策学部。立場が異なる他者と協働して合意形成をおこなうためには、議論や折衝だけではなく、互いの立場を尊重した「話し合い」の能力が必要不可欠だ。今年度より龍谷大学教育改革支援制度(通称「龍谷GP」)に採択され、全15回の演習を終えた「コミュニケーション・ワークショップ演習」の実践的な取り組みを紹介する。

論破ではなく、合意形成を

政策学部の2年生を対象に今年度からスタートした「コミュニケーション・ワークショップ演習」では、多様な立場の人の意見をつなぎながら解決策を導き出す「話し合い能力」の醸成を目的としている。

この演習を担当した村田和代教授は、「他者と協力して課題を達成していくための話し合いを運営する能力は、これからの地域社会で強く求められています」と話す。

「話し合いとは、対話を通して参加者間で様々な意見を交換しながら他者の共感や理解を引き出していくためのもの。いろいろな分野の人々が垣根を越えて連携するためには必要不可欠です」

政策学部が教育目標に掲げる地域公共人材とは、単に自治体や政治の現場で働く人だけを指す言葉ではない。企業や大学、NPO、地域住民なども含めた幅広い意味で地域社会に関係する全ての人々を意味する。

「立場や価値観の異なる人を論破するのではなく、共に話し合いの場を作り上げてお互いが納得できるような合意を形成することが大切です」と村田教授が話すように、ときには利害関係をも有する人々が協働する環境では、話し合いの枠組みから設計できる知識や経験が必要だ。

全15回でおこなわれたこの演習では、前半を「基礎編」、後半を「応用編」と位置づけて話し合いについての方法論を段階的に体験できるように設定されている。

まず前半では、クラスを四つのグループに分け、半分を「話し合いグループ」、残り半分を「観察グループ」として互いに異なる立場から話し合いに関わるようにした。

「テーマについて話し合いをするグループのそばで、観察グループはその様子を客観的な視点で分析し、気づいたことを『学習ポートフォリオ』に記録します。話し合いを終えると互いの役割を交代して同じことをおこない、その後は二つのグループが一緒になって2度の話し合いの内容について振り返るための時間を設けています。この『実施』『観察』『振り返り』の作業を経ることで、話し合いにおける必要条件や、合意形成にいたるまでの過程を体感するのです」

演習には3年生以上の学部生や大学院生が教育補助員として参加。話し合いをそばでも見守る彼らが「振り返り」の作業にファシリテーターとして加わることで、実施者と観察者が共に話し合いの経過を反芻することができる。

前半のテーマは「人の話を聞く上で大切なことを三つ挙げなさい」「良い話し合いとはどんな話し合いですか?」など、コミュニケーションをめぐる基本的なトピック。話し合いの前提となる条件設定がどのようなものかを体験しながら学ぶ仕組みだ。

「『まずは自己紹介をする』『司会者を決めることが大切』『時間管理が重要』。いずれも話し合いの基本中の基本ですが、それを実体験で学ぶことが何よりも大切。演習の前半は、話し合いの参加者として、あるいは観察者として、どのような振る舞いが対話の流れを変えるのかを身をもって感じてもらうための準備段階なのです」

学生が自分で考え、学ぶ機会

演習後半では、前半で得た話し合いの方法論を実践するための課題が用意されている。「あなたにとって働くことは?」というテーマでグループごとに約2分間のムービーを作成。この抽象的な課題を映像化する過程は、学生達にとって社会と自分とのつながりを実感する機会となり、政策学部では、この演習をキャリア教育の基礎としても位置づけている。

このテーマにおいて学生達に指示された目標は、「他者を感動、共感、あるいは納得させるような内容に仕上げなさい」というものだ。

「ビジュアルに凝ったものや、かっこいい編集をめざすのではなく、演習前半で学んだ話し合いのスキルを活かしてグループで協力し、『発信するための』作品となるよう伝えたんです」

「働くとは、どういうことなのか」。まずは学生それぞれが自身の意見をまとめ、それをグループで話し合い、一つの答えを導き出していく。あるグループは京都駅で道往く人へのインタビューをおこない、またあるグループは伝統産業で働く職人の生き様に迫った。

「街のおじいさん、おばあさんへのインタビューをしたグループもありましたね。この課題で重視したのは、結果よりも過程。問いを前に、まずは内省し、身近な人の意見を聞き、グループとして合意を得る。また、その成果物を多くの人に目にしてもらうことも重要なことです」

「生きがい」「笑顔」「感謝」「お金」。各グループがたどり着いた「働くこと」の答えは様々だった。

この演習では、政策学部の2年生全員が対象となるため、約25名を1クラスとして12クラスが並行して演習をおこなっている。担当教員は1クラスにつき一名。コミュニケーションを専門とする村田教授以外にも、政治、経済、経営、法学、環境、文学、仏教など様々な専門分野を持つ教員が同じテーマに取り組む。地域公共人材の育成に多角的に取り組む政策学部ならではの特色だ。

村田教授は、全15回の演習を終えて「この演習は学生が自分で考え、学ぶ機会。話し合いの方法論を探るなかで、一人ひとりが他人への思いやりの大切さに気づいてもらえたことが何よりの収穫」と振り返る。演習が始まる前に比べ、学生達が声を出して挨拶し合う姿がよく見られるようになり、学部全体の雰囲気もより明るくなったと言う。

演習前半での「良い話し合いとはどのようなものですか?」というテーマの答えは全クラスを通して「他人を尊重する」「主体的に参加する」「まずは話し合いの場を構築する」に集約することができる。話し合いにおける大前提とも言えるこれらの結論こそが、コミュニケーション・ワークショップ演習の最大の成果だと村田教授は言う。

「自分にとっての常識は他者にとっては異論になり得ます。まずはルールを共有して話し合いを始め、互いの個性や文化的背景を認めながら合意形成をしていくことが大切。話し合いのなかから学生達が、そのことに気づいてくれたのはうれしいことですね」


政策学部 村田 和代(むらた かずよ)教授
奈良女子大学大学院人間文化研究科博士課程単位取得。
ニュージーランド国立ヴィクトリア大学大学院言語学科 Ph.D.(言語学博士)取得。
専門は社会言語学。異文化コミュニケーション、職場談話、話し合い談話、特にポライトネス(言語の対人関係機能面)を中心に研究をおこなっている。