より魅力的に、美しく見せるために いつも「それ以上」を求められる仕事です

振付師
宮本 賢二(みやもと けんじ)さん
2002年経済学部卒

1978年生まれ、兵庫県姫路市出身。元フィギュアスケート(アイスダンス)選手。10歳でフィギュアスケートを始める。すぐに頭角を現し、1995年、1997年に全日本ジュニア選手権で優勝。2001年、2002年に全日本フィギュアスケート選手権で2連覇を達成。2006年、競技生活を退きアイススケーターの振付師へ、現在に至る。スポーツ番組の解説者として、テレビでも活躍中。

転機は2006年にやってきた

以前から日本人アイススケーターの支持を集めてきた宮本賢二さんが、振付師としての才能を世界に知らしめたのは、2010年のバンクーバーオリンピックで、高橋大輔選手が演じたショートプログラム「eye」。高橋選手は大ケガからの復活をはかった注目のステージで、宮本さんが作った華麗なステップを披露。振付師・宮本さんも、にわかに脚光を浴びることになった。

振付師になる前、宮本さんはフィギュアスケートの選手だった。フィギュアスケートの魅力は、リンクに出たときの緊張感と高揚感。観客席の日の丸を見たら、「泣いてしまうくらい興奮しました」

龍谷大学でもアイススケート部に所属した。学生時代の思い出を聞くと、「鮮明に思い出すのは、先生や職員の皆さんに迷惑ばかりかけていたことです」とニヤリ。やんちゃな一面がのぞく。アイススケートと学業の両立を自分なりにがんばっていたが、つい気を緩めてしまうことがある。すると、親しくしてもらっていた職員に呼び出されては「アイススケートを続けたかったら、勉強もちゃんとしなさい」と叱られた。身内のように心配し、愛情を持って接してくれる人が周囲にいることが、くじけそうになる心を支えてくれた。

そんな宮本さんの転機は2006年にやってきた。熱い思いでトリノオリンピックをめざしたが出場はかなわず、競技生活に終止符を打つ。そして、選んだのが振付師だった。

経験なんか一年で吹っ飛んだ

日本では通常、プログラムの振り付けはコーチがおこなう。しかし、宮本さんはコーチではない。振り付けだけをおこなう、日本では数少ない専業の振付師だ。

振付師の仕事は、選手がいかに美しく、魅力的に見えるかを追求することであり、競技用の振り付けであれば、1点でも高い得点が取れるようにすることだ。だからと言って、自分の考えを押し付けたりはしない。その人の特徴、雰囲気などを考慮しながら、一緒に作り込んでいく。そして、「要望以上のものに仕上げていくのが僕の役割です」

美しくも個性的で大胆な宮本さんの振り付けは、トップスケーターの安藤美姫さんや荒川静香さんなどにも、絶大な支持を得ている。スケーターの魅力を見抜く洞察力、オリジナリティを生み出す感性、そしてイメージを形にしていく創造力は、芸術家の域に達していると言えるかもしれない。選手の持ち味と振り付けが合っているからこそ、審査員も観客も引きつけられる。それが宮本イズムの本領と言える。

しかし、創作のアイデアは、泉のように湧きあがってくるわけではない。「選手だった僕が振付師になったのですから、振り付けはたやすいと思われるかもしれません。でも、自分の経験なんか最初の一年で無くなってしまいました。一番難しいのは、アイデアをひねり出すこと。毎回、それが本当に大変です」。やわらかな表情が一瞬にして引き締まった。

そんな宮本さんに、振付師としての自信を与えてくれた人が高橋選手だった。「高橋選手とは、競技選手時代からの知り合いでした。その彼があるとき、僕が振り付けたほかの選手の演技を見て、話を持ちかけてくれました。バンクーバーオリンピックの2年前のことでした」

「eye」の振り付けはベースを宮本さんが作り、高橋選手とディスカッションしながら作り上げていったもの。「決戦のステージでの彼の演技は、振り付けをした僕でさえ鳥肌が立つほどの出来栄えでした。彼は美意識がものすごく高い。正面からだけでなく背中でも表現できるカッコイイ選手です」。高橋選手への感謝の気持ちを、宮本さんはこう表現した。

一心不乱に練習する姿が見たくて

宮本さんは振り付けのヒントをどこから得るのだろう。それを尋ねると、「水族館や動物園、美術館などへ出かけます」。いろいろな生物や動物の動きを観察したり、彫刻の美しいポーズを参考にしたり。周囲の動くもの、美しいものが発想を刺激するとか。また、「打ち上げ花火がシュルシュルッと上がってからいったん消え、パッと花開く。あのタイミングも素敵だなぁと感じます」。思わず「はぁっ?」と言ってしまいそうなユニークな目のつけどころが、いかにも宮本さんらしい。

振り付けの1サイクルは11月から翌年の9月まで。しかし、年末には早々と1年のスケジュールが埋まってしまう。振り付ける曲は年間で50曲以上。日本人選手だけでなく、海外からもオファーがあり、目の回る忙しさだ。つい最近も、トリノオリンピックで金メダル、バンクーバーオリンピックで銀メダルを獲得したロシアのエフゲニー・プルシェンコ選手の振り付けをしてきたばかり。世界トップクラスのスケーターから日本人振付師が抜擢されたのは、異例中の異例。宮本さんの実力は、まさに世界レベルなのだ。

振付師になって6年。宮本さんの今のやりがいは、「振り付けた選手が試合で良い結果を出してくれること」。そう言ったあと、少し考えてから、「それよりも、僕が振り付けた踊りを、汗をかきながら一心不乱に練習してくれる姿を見るのは、もっと感動的で、一番のやりがいです」と付け加えた。美の探求者の厳しくも温かい視線は、いつも選手とともにある。


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