ryukokuTALK

メールマガジン登録

挑戦~from.Ryukoku~ vol.79 村松 直哉さん

Introduction

龍谷大学は1639年(寛永16年)西本願寺が設立した学寮を起源とする大学である、ということは有名です。文学部には、真宗学科、仏教学科など、仏教について深く学ぶことができる学科があります。今回は仏教学科を卒業後、住職になることを目指す村松直哉さん(文学部2018年3月卒業)にお話を伺いました。

まず初めにお坊さんを志された経緯についてお聞きしたいと思います。村松さんのご実家は静岡県にある真乗寺という400年以上続くお寺ということですが、幼少期の頃から将来はお坊さんになりたいと思われていたのでしょうか?

そうですね。子供の頃から施餓鬼(せがき)や棚経(たなぎょう)など寺坊の行事に参加していて、実家が寺ということもあり、自分も将来僧侶になるものだと思っていました。
他の仕事を一瞬考えたことも正直なところあるのですが、根本的に考えがぶれることはなかったです。寺は個人の所有物ではないため、長男である自分が住職にならないと実家がなくなってしまうのが悲しいということもありますね。来春に掛塔(かとう)(修行道場に入ること)しますが、今はそれに向けて心身共に整えています。

住職になるべく来春から修行に入られるということですが、今の気持ちを教えてください。

期間としては三年以上なので、その間に車や携帯などがどんどん進化して環境が変わること、道場に入ることで情報が遮断されることに対しての不安はあります。しかし、そのことよりも僕は三年間自己と向き合える機会があることに感謝しています。今僕がすべきことは心身を整えることであり、前向きに物事と向き合っていく準備をしていきたいです。このことは因果応報という言葉にも当てはまると思います。この言葉は人によって捉え方は異なりますが、僕は“今の出来事が次に繋がる”、“今やっていることが次に繋がる”と捉えています。三年間自己を見つめ続け、その先にある“何か”を少しでも見つけたいと思っています。

大学時代の活動で印象的な出来事があれば教えてください。

最も印象的なことはサークル活動です。一回生後期の頃、友人が在籍していたことをきっかけに心理学研究会に所属し、三回生では副幹事長を務めていました。サークル内での活動や人間関係を通して、僕は少し組織体制に違和感を感じるようになりました。

違和感とは何だったのでしょうか?

龍谷大学の歴史のあるサークルの特色として、良く言えば伝統的なのですが、悪く言えば古き慣習から構築された独自の運営体制によって、一部の強い権力を持った人やその流れが、そこに対応できない人を冷遇する事象がありました。それを見た僕はサークルの流れを変えたいと強く思いました。僕の呼びかけに応えてくれる後輩もおり、大変なこともありましたが、今ではサークルの雰囲気は以前と比べかなり良くなったと思っています。誰かが理不尽に苦しまない楽しいサークルであってほしい。後輩から先輩ではなく、先輩から後輩に自主的に繋いでいく流れを作りたかったのです。僕は、自サークルの後輩や他のサークルに入っている方にも同じように悩んでいる人がいるのであれば救いたい、そう強く思いました。

その思いを村松さんはどのように伝えていったのですか?

目に見えるものとして「サークル活動で悩んでいるあなたへ!」というポスターを作成しました。これは学内に貼っていただいており、少しでも多くの方々の支えになってほしいと思っています。悩んだり、苦しんだりしている人は視野が狭くなってしまいます。このポスターをみて、あなたは一人じゃないということに気づいて欲しいです。

大学でのサークル活動の経験は今の村松さんにどのような影響を与えていますか?

最初は僕自身自己中心的な思考がほとんどだったのですが、当時の経験を経て、自分のことはもちろんですが、もっと人のことを考えられるようになりたい。そして多くの人を救いたいと思うようなりました。自分のできる幅をより多く広げていきたいと今は考えています。

サークル活動をはじめ、悩みを抱えている在学生の方へメッセージをお願いします。

僕は理想の未来に向かって半歩進めることができました。そこから後輩や周囲の人たちがさらに半歩進めてくれたおかげでそれは大きな一歩となりました。自分だけが立ち向かうには大きすぎる相手かもしれませんが、一人一人が自分の確固たる意志を持って行動すれば、やがて大きな結果を生むと思います。自分に無理のない範囲内で、少しずつ現状の改善を目指してみてください。応援しています。

村松さんの今後の目標をお聞かせください。

僧侶になるということは社会に出ることと捉えられますが、修行に入るということは俗世を捨てにいくことだと考えています。この相反する意味について深く思考し、自分の在り方について知っていきたいです。修行に入らないと本当に分からない世界なので、今は前向きに物事を捉え、心身を整えるとしか言えません。僕の祖父は80歳を過ぎても住職をしているので、僕もやれるだけやりたいと思っています。自分が理想とする自分を目指します。

最後にこの記事を読む全ての人へ一言お願いします。

僕は「何かが悪い、誰かが悪い」と言いたいのではなく、これまでにこのインタビューを受けてこられた方々も、今自分に取材してくれている広報スタッフの方も、そして自分自身も龍谷大学という学びの場に縁ある一つの集団の大切な一部だと思います。伝統や歴史は無益なものという認識ではなく、現代に合わせて進化し続ける規範という認識で改善を目指してほしいです。ですが、伝統や歴史にはこれまでに作り上げられてきた流れというものが存在するので急な改革は難しいと思います。だからこそ、僕たちにはその流れを適正に繋いでいく行為、和と輪を繋いでいく行為が必要だと思います。

【取材・記事】
肥田 真男 (経営学部3年生)

このページのトップへ戻る