広報誌「龍谷」2026 No.101

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Research, Unlimited

政策学部
大石 尚子教授

探し求めていた自然共生と実証実験の拠点として
古民家と田畑を再生

衣食の自給自足と地域移住を体験可能

染織作家として活動していた経験から食の地産地消を軸としたスロー・フードになぞらえた、衣を種から育てて作る「スロー・クローズ」を提唱する政策学部の大石尚子教授。持続可能な農業や地域再生の実践的な研究に取り組む中で、理想郷のような拠点を手に入れた。京都府綾部市の古民家と田畑である。大石教授はここを「あやべリビングラボ」と命名した。

食と農を通じたソーシャル・イノベーションには自然と人間の結び直し、とくに若い世代の関わりが必要として、大石ゼミの学生は有機農業者をはじめ地域と連携したフィールドワークに取り組む。その一つが京都府亀岡市での有機野菜や有機米の栽培。放置竹林の竹を炭にし、土づくりに使ってCO2削減の取り組みもおこなった。もう一つは京都市の北部・大原での有機野菜の栽培。染織作家時代の拠点だったことから綿花や藍を育てて衣を作ることも進めている。これらの取り組みの一方、より主体的に活動できる場を長年探していた大石教授。約2年前、ゼミの卒業生の繋がりからこの古民家との運命の出合いを果たした。

「あやべリビングラボ」での活動は大石ゼミの全学生が参加。母屋と離れ、作業場、蔵のリノベーションからスタートし、広大な田畑と裏山の整備に汗を流した。「地元の手打ち蕎麦屋の店主の勧めもあり、短期で収穫できるそばの栽培に挑戦しました。作業場に、籾を選別する『唐箕(とうみ)』という木製機具が残されていたので、蕎麦の選別に活用することができました」と大石教授。畑では亀岡・大原での経験を活かした野菜などの有機栽培も開始。土づくりには裏山で伐採した竹を活用した竹チップや竹炭、落ち葉などを活用。「綿花と藍は、酷暑と鹿の食害で思ったような収穫に至りませんでした」と深刻化する環境課題の現実に直面したが、次に繋がる実証データと経験を積む貴重な機会になったという。次年度以降は蕎麦や野菜、綿花、藍に加え、果物やナッツなどの有機栽培にも挑む。「持続可能な農業や地域再生の実現には、生産者の収益確保や地域への経済的循環の仕組みの構築も重要です。そのために亀岡・大原のプロジェクトでは野菜などの販売をおこなっています。綾部でも農作物の販売と、将来的には母屋にカフェを作るなどして収益化に繋げたいので、様々な農作物を安定して自給自足できるよう、有機農業に取り組んでいきます」

全学的なラボへの進化もめざしていく

京都府綾部市は少子高齢化や中山間地域の人口流出・減少の課題解決を図るために移住促進をいち早く実施。官民が連携した空き家斡旋など、先駆的な施策によって移住者が増加し、新たなコミュニティやネットワークが形成されている。「移住者や農業をはじめ地域産業に関わる若い担い手は、持続可能な取り組みや衣食住のソーシャル・イノベーションの軸になります」と大石教授。一方で地域の課題は一朝一夕に解決することが難しく、農業などの家業の承継や住まいの相続だけでなく、祭りをはじめ地域に受け継がれてきた伝統行事の開催にも苦慮する地区も少なくないという。「こういった状況に鑑みると、農産物の販売などを通じて綾部の魅力を外に向けて発信していくだけでなく、地域の内側にも関わり貢献していく、綾部のハブのような存在になっていくことも私たちの重要な役割です。例えば、お祭りの櫓(やぐら)の設営や露店の運営などは、学生が持つ活力や行動力を活かせる場面でもあるので、きっと力になれると思います」と大石教授はラボと学生の意義を語る。現在、ラボでは地域住民との交流やラボへの理解を深めていく機会として、裏山での屋外コンサート・イベントの準備が進行中。また、大石教授が愛用する手動の糸紡ぎ機と織機を使っての布作りや藍染めのワークショップも開催する。

広報誌「龍谷」2026 No.101

屋外コンサート・イベントの開催に向けて裏山を造成中

さらに大石教授はラボの全学的な活用も構想している。「地域の課題解決には様々な分野の知見が欠かせません。そのため、他学部と連携した実証実験も考えています。また私のゼミには、海外青年協力隊での農業支援の経験から『有機農業に携わりたい』と考える卒業生や、学生時代にフィールドワークとコーヒーに関する研究に打ち込んだことをきっかけに『地域の課題解決も図れるカフェを経営したい』と志す卒業生がいます。こうした卒業後の夢を実現する場としても、起業やソーシャル・イノベーションに繋がる場としても発展していくことが理想です」。運命の出合いが研究と学生、地域、そして本学にも好循環をもたらしていく。


大石 尚子

大石 尚子

大阪外国語大学イタリア語学科卒業。同志社大学大学院ソーシャル・イノベーション研究コース博士後期課程修了。専門はソーシャル・イノベーション、農村地域開発、食農政策。染織作家活動と並行してイタリアに渡りアパレル商社勤務。帰国後、同志社大大学院総合政策科学研究科に進み、2011年同博士課程修了。2010年より龍谷大学 地域公共人材・政策開発リサーチセンター(LORC)にて活動。2015年龍谷大学政策学部に着任。

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