広報誌「龍谷」2026 No.102

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Feature Article

作家・翻訳家
李ᅠ琴峰

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龍谷大学学長
安藤 徹

多様性を結びなおす

日本文学界において、性的マイノリティの人たちの多様な生と、それを取り巻く社会の問題を鮮烈に描いてきた台湾出身の作家・李琴峰氏。龍谷大学が2026年3月に発出した「ダイバーシティ宣言」とも共鳴する諸作品の著者である李氏のお話を直接うかがいたいとの学長の熱望もあり、今回の対談が実現した。 2026年7月22日(水)に本学深草キャンパスで開催された対談の模様を紹介する。

安藤:李さんはデビュー作『独り舞』以来、様々な境界に立つ人々、特に性的マイノリティたちを描いてこられました。その際、繰り返しプライドパレードの場面を取り入れ、その歴史や意義にも触れていらっしゃいますね。

李:プライドパレードは1969年にニューヨークで性的マイノリティたちの起こした抵抗運動が起源です。当時、性的マイノリティに対して、警察の差別や嫌がらせが常態化していました。性的マイノリティの人々はひたすら耐え続けていましたが、ついに我慢の限界に達し、自分たちの人権と存在を主張し、社会に対して明確な意思を表明すべく立ち上がりました。これがデモやパレードとなって世界に広がり、今のプライドイベントになっています。存在を否定され、プライドを奪われ続けてきた性的マイノリティの人々が声を上げた歴史的意義は非常に大きく、私にとっても単なるイベントではありません。自らの存在を証明する場、多くの多様な性的マイノリティの人たちと繋がるコミュニティの場として重要な役割を果たしています。

安藤:龍谷大学も、LGBTQ+に関心のある学生たちの団体や有志が、東京や京都、大阪で開催されるプライドイベントにブース出展しています。私自身、今年6月の東京プライドに参加してみて、本当に多くの人が集う一大イベントなのだと実感しました。ただ、そうした盛大さの闇の部分と言いますか、近年は商業化や脱政治化の問題も指摘され、LGBTQ+支援をイメージ戦略に利用する「ピンクウォッシュ」との批判もあります。

李:規模の拡大は、社会的影響力を強める効果がある一方で、抗議や主張としての力が薄れてしまうという「光と影」の両面が出てくるのは致し方ないことだと思います。それでも性的マイノリティは声を上げ続けなければなりません。それは階段しかない建物が車椅子利用者にとって不便であるように、社会が依然としてマジョリティを前提に設計されているからです。

安藤:「社会の設計図」という視点は非常に重要です。既存の社会制度や価値観が誰かを排除することで成り立っているという事実から目を逸らしてはいけませんね。

李:おっしゃる通りです。現在の法律や制度、社会通念など、すべてが性的マイノリティを想定していません。そのため、私たちはこの世界に生まれた瞬間から、様々な障壁にぶつかり、あらゆることに生きづらさを覚えます。ここで重要なのは、この生きづらさは個人の問題ではなく、実は社会の側の問題だということです。この世の中を生きていくなかで、誰もが生老病死といった普遍的な苦しみを抱えます。しかし、性的マイノリティの苦しみはそれらとは質が異なります。本当の性別で生きられない、結婚できないといった苦しみは、制度の不備などによって社会や他者から一方的に強いられるものなのです。こういった個人の努力では解決できない構造的な偏り、歪みを社会全体で理解し、改善することが大切です。

安藤:李さんは、性的マイノリティの「生きづらさ」をめぐる多くの物語を紡ぎ、生と死のあり方を深く問う作品を発表してこられました。それは身を削るような、辛くて苦しい営為なのではないかとも推察します。李さんにとって、書き続ける原動力は一体何でしょうか。

李:私は文学や芸術はそもそもマイノリティのためのものだと思っています。歴史的にも、社会の中でいないことにされている人々が文学や芸術の世界の中で自分を表現し、存在を示してきました。この存在を可視化することが私の創作の原動力であり、使命だと思っています。

安藤:李さんの作品やご発言を通して、文学や歴史など「虚学」とも言われる人文学の存在意義と果たすべき役割の大きさについて、古典文学研究者の端くれなりに改めて考えさせられました。

李:実学が技術を発展させるものであるのに対し、虚学はその技術をどう使い、どのような方向へ世界を導くかという「価値の指針」を示す役割を担っていると思います。虚学の一つである歴史を学ぶことも、単に過去を振り返るためではなく、私たちが今どこに立っているのかという「現在地」を確認するために不可欠です。現在地を知ることで、この先の道にどのような景色が広がっているかを展望し、正しい意思決定ができると思います。

安藤:李さんの作品によって日本文学がアップデートされ、文学と現実社会との関係が結びなおされていくことを期待しています。

李:私は、私小説をはじめとする日本の小説には社会に対する眼差しが不足しているのではと感じています。とくに性的マイノリティについては、当事者に生きづらさを強いている社会の側の問題をもっと浮き彫りにし、訴える必要があると思います。また、同性愛なら同性愛、トランスジェンダーならトランスジェンダーと単一で描かれがちですが、実はこれらは複層的に重なり合っていることが多いです。インターセクショナリティ、日本語では「交差性」と訳されますが、例えば外国人であり、同性愛者でもある二重のマイノリティの苦悩や困難はより複雑です。私はこういった複数のマイノリティが重なり合う人たちをもっと丁寧に描きたいと思っています。

安藤:本学が多様性の推進に取り組む上で、交差性への理解を深めることは不可欠です。

李:多様性とは「認める・認めない」といった社会や他者からの許可の問題ではありません。生物多様性と同じく、本来の多様性とはマイノリティもマジョリティも関係なく、そもそも一人ひとりに備わっている性質です。私は「より多くの人がより多くの選択肢を持てる社会」こそが真の多様性社会、ダイバーシティであると考えます。属性や制度によって生き方が制限されることなく、誰もが自分の立ち位置や居場所を見つけられる、自分の生き方を自分で決められる選択肢があることが未来への可能性を開き、その未来が当事者の希望になります。

安藤:大学がそうした可能性を切り拓く場になればと思います。私たち龍谷大学は、すべての命が尊重され、それぞれの特徴を持ったままに光り輝ける社会、「みんなちがって、みんないい」で終わらずに多様な関係を存分に結べるような真のダイバーシティ社会の実現をめざして、今後も努力していきます。


李 琴峰

李 琴峰

日中二言語作家、翻訳家。台湾生まれ。2013年来日。2017年に初めて日本語で書いた小説『独り舞』にて第60回群像新人文学賞優秀作を受賞し、作家デビュー。2021年『ポラリスが降り注ぐ夜』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、『彼岸花が咲く島』で芥川賞など受賞多数。近著は世界各地のプライドパレードを巡った旅行記『虹はいまだ旅の途上』。

安藤 徹

安藤 徹

名古屋大学大学院文学研究科国文学専攻博士課程修了。専門は日本古典文学、特に『源氏物語』をはじめとする平安朝文学。著書に『源氏物語と物語社会』(森話社)など。2000年に龍谷大学文学部に着任。2017年より4年間文学部長を務める。その後、副学長・龍谷ミュージアム館長を経て、2025年4月に第20代学長に就任。

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