広報誌「龍谷」2026 No.102

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Research, Unlimited

先端理工学部環境科学課程(2027年4月より環境サステナビリティ学部)
龍谷大学生物多様性科学研究センター長

山中 裕樹教授

ネイチャーポジティブ実現に向けて
環境DNAによる「ものさし」を開発

今後の社会・経済を導く生物の欠片

生物多様性の損失を食い止め、自然を回復軌道にのせるための世界目標「ネイチャーポジティブ」。2030年までの実現には、政策立案や企業の事業活動など、あらゆる場面で生態系を守り育てることが不可欠である。しかし、生物多様性への配慮や保全の進捗・成果を客観的に示す指標は、いまだ十分に整備されていない。地域ごとに異なる生物や生態系は一律の基準での評価が難しく、適切に評価し、その保全と社会・経済活動を両立させる仕組みの構築が広く求められている。

龍谷大学は2024年に「ネイチャーポジティブ宣言」を発出。ネイチャーポジティブに携わる人材育成、研究成果の社会実装を推進し、国や自治体、企業との協働事業にも取り組んでいる。その中核を担うとともに、全学的な旗艦研究「龍谷フラッグシップ研究プロジェクト」として2025年に始動したのが「環境DNA分析による生物多様性保全総合指数(以下BCCI※)開発プロジェクト」だ。龍谷大学生物多様性科学研究センター長の山中裕樹教授を研究代表者に、本学、公益財団法人東近江三方よし基金、株式会社滋賀銀行の三者が連携して推進している。

「地球温暖化に温室効果ガス排出量といった指標があるように、BCCIは誰もが評価・共有できる“自然のものさし”となります」と山中教授。この基盤となるのが環境DNA分析である。環境DNAとは、生物の皮膚片や粘液、排泄物などを通して水中や土壌に残されたDNAのこと。2009年に山中教授は源利文教授(神戸大学大学院人間発達環境学研究科)とともに、水中には生物由来のDNAがこぼれ落ちているのではと着目。河川や湖沼で採取した水から生物の種類を明らかにする革新的な手法を開発した。水をろ紙で濾してDNAを回収し、試薬を加えて分析できる状態に精製。次に新型コロナウイルスの検査で知られるようになったPCR法で特定のDNAを増幅させて検出する。例えば、アユのDNAを増やして陽性反応が出れば、採水地点にアユが生息していることが分かる。生き物を捕獲する必要がなく、結果が出るのも早い。「現地でおこなうのはコップ一杯の水を汲むだけ。私たち専門家が汲んでも、住民の方が汲んでも得られるサンプルは同じです」という利点を活かし、山中教授は市民参加型の「びわ湖100地点環境DNA調査」を実施している。BCCIにおいても広域の生物情報の継続調査が不可欠なので、山中教授の手法は大きな強みとなる。

環境先進県・滋賀からBCCIの成功事例を

市民が汲んだ水をはじめ環境DNAのサンプルには、生物に関わる膨大な情報が複雑に含まれている。「生の分析データでは何も伝わらないので、情報を取り出し、誰もが分かるものに“翻訳”するのが私たちの役割です」と山中教授。BCCIは生物の種類や数だけでなく、生物や生態系の状態、地域の生物多様性への影響なども検証でき、複数の情報を組み合わせた評価も可能だ。「希少種を守りたいのか、森や川の状態を知りたいのかなど目的に応じた情報を検出・分析し、指数で示せます。また、基準を定めてモニタリングを継続すれば、自然環境や生物多様性の変動を把握できます。もし指数がマイナスなら改善策や投資が必要ですが、これこそがBCCIの目的です。自然環境や生物多様性の保全には社会貢献活動の域を超えて、自治体の保全計画や企業経営の意思決定、金融機関の融資判断といった政策や事業そのものに組み込んで実行していかなければ、持続的な繁栄は不可能でしょう」と山中教授は提言する。

琵琶湖の水をサンプリングする山中教授

こうした社会実装を進めるためにも、BCCIを有効かつ長期的に活用していくことが重要だ。今回の三者連携も、その実現に向けた取組の一つである。その具体例が滋賀銀行の「びわ湖ブルー預金」だ。琵琶湖をはじめとする自然環境や生物・生態系の保全活動・研究に当該定期預金残高の一定割合を同行が寄附するスキーム。預金者にはBCCIを使って県内の自然環境や生物多様性の状態を報告していくという。「預金には想定の倍以上の申し込みがありました。滋賀県民は自然環境保全への意識が高いので、BCCIの社会実装が加速度的に進むと思います。この滋賀の成功事例を増やし、全国に広げていきたいです」

山中教授はBCCIと並行して、環境DNAを将来にわたって保管・活用するための基盤づくりの必要性を見据える。「環境DNAは冷凍保存できるので、後から別の生物の情報の抽出が可能です。環境DNAのサンプルは自然資本に関わる情報の貴重なタイムカプセルです。厳重な保管と活用の体制を築き、未来に繋いでいきたいと思っています」

※BCCI Biodiversity Conservation Composite Index


山中 裕樹

山中 裕樹

京都大学大学院理学研究科修了。博士(理学)。魚類生態学者。生物多様性科学研究センター長。2009年から龍谷大学での研究を開始。2020年龍谷大学先端理工学部准教授、2024年龍谷大学先端理工学部教授に着任。一般社団法人「環境DNA学会」設立メンバーの一人。 国土交通省「河川水辺の国勢調査」に環境DNA調査手法が採用。

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